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CD/DVD Disks特集『クリス・ピッツィオコス』No. 232

#1432『Nate Wooley / Knknighgh (Minimal Poetry for Aram Saroyan)』

Reviewed by 剛田武 Takeshi Goda

Clean Feed CF434CD $ 13.90

Nate Wooley trumpet
Chris Pitsiokos alto saxophone
Brandon Lopez bass
Dré Hočevar drums

1. Knknighgh 3
2. Knknighgh 4
3. Knknighgh 6
4. Knknighgh 7
5. Knknighgh 8

All compositions by Nate Wooley 2016, fourwordseamusic (BMI)

Recorded October 29th, 2016 at Oktaven Studios, Mt. Vernon, NY by Ryan Streber
Mixed and Mastered by Ryan Streber
Produced by Nate Wooley
Executive production by Pedro Costa for Trem Azul
Design by Travassos

フリージャズの伝統をアップデートするハードコア・ジャズ新時代の企み。

NYハードコア・ジャズ界の実力派トランぺッター、ネイト・ウーリーの新カルテット:クリス・ピッツィオコス(as)、ブランドン・ロペス(b)、ドレ・ホッチェヴァー(ds)の初アルバムの登場である。ウーリーの超人的なトランペット技巧によるソロ作品や最近のピッツィオコスの新時代フリー・ファンク作品に慣れた耳には、再生スイッチを押すと飛出してくるあまりにオーソドックスなフリージャズに一瞬戸惑うに違いない。間違って60年代前衛ジャズの未発表CDをかけてしまったのかと。そう、確かにピアノレスの二管カルテットはドン・チェリー、チャーリー・ヘイデン、ビリー・ヒギンズを擁する『ジャズ来るべきもの』時代のオーネット・コールマン・カルテットと同じ編成である。音域が近いトランペットとアルト・サックスの二重奏は、金管と木管の鳴り方の違いを際立たせ、まだ若かったジャズが過去の轍を飛び越えて、後人の道を切り拓く意欲に満ちた時代の空気感を共有し、こじんまりとしたスタジオで一発録音された温かみのある音質の臨場感は、5,60年代のモダンジャズ全盛期の香りを色濃く放っている。

しかしウーリーによれば<古典的なフリージャズ・カルテットの伝統のラジカルなニュー・テイク>である本作は、バック・トゥ・ルーツ的な回顧趣味とは無縁である。物哀しいテーマとシンプルなコード進行を軸に展開される生々しいインプロヴィゼーションは、各自が培ってきた豊潤な音楽要素を封印したストイックなアコースティック・ジャズに聴こえるが、随所に散りばめられたピッツィオコスのトレードマークの痙攣吃逆トーンやウーリーの物音アンブシャーが、ビート感の欠如を装ったウッドベースと気紛れに打ち鳴らされるドラムセットと同期/非同期を繰り返し、聴き手は今が何時代で、聴いているのが過去現在未来いずれの演奏であるか確証が持てないエニグマに陥り、現世を生きる自らの存在の耐えられない軽さを忘れてしまう。それは演奏者にとっても同様で、ここで展開される四足不均衡の匍匐前進、または動脈硬化を解凍する不整脈の律動は、無垢な時代のジャズメンの若気の至りを取り戻そうとする21世紀のスキッツォイド・メンの試行錯誤の証であろう。往時のオーネットであれば「君たちいいね、ふぉっふぉっふぉ」と闊達な笑顔でアーティスト・ハウスに迎え入れたことだろう。

アルバム・タイトル『Knknighgh』は「ナイフ」と発音し、サブタイトルにあるように詩人のアラム・サロイヤンに捧げられた作品。サロイヤンは、パンク詩人のリチャード・ヘルが「一言詩の達人」と賞賛する詩のミニマリストで、ギネスブックに認定された世界一短い詩=四つ足のある“m”で知られる。ウーリーはしかしサロイヤンの文学性よりも、彼の詩のリズミックな感覚と繰り返しによる変容、そして個性的な音響性に惹かれたという。四つ足の“m”こそ、ハードコア・ジャズの未来を担うネイト・ウーリー・カルテットの四人の関係性の図式化に他ならない。

(2017年7月31日記 剛田武)

 

参考:アラム・サロイヤン「四足の“m” (four-legged “m”)」

Fireflies – one letter and one word poems

 

剛田武

剛田 武 Takeshi Goda 1962年千葉県船橋市生まれ。東京大学文学部卒。サラリーマンの傍ら「地下ブロガー」として活動する。著書『地下音楽への招待』(ロフトブックス)。ブログ「A Challenge To Fate」、DJイベント「盤魔殿」主宰、即興アンビエントユニット「MOGRE MOGRU」&フリージャズバンド「Cannonball Explosion Ensemble」メンバー。

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