#1516 『藤井郷子オーケストラベルリン / Ninety-Nine Years』
Text by Akira Saito 齊藤聡
Libra Records 211-047
Satoko Fujii Orchestra Berlin:
Matthias Schubert, Gebhard Ullmann (ts)
Paulina Owczarek (bs)
Richard Koch, Lina Allemano, Natsuki Tamura (tp)
Matthias Müller (tb)
Jan Roder (b)
Michael Griener, Peter Orins (ds)
All music composed by Satoko Fujii (BMI)
Recorded at zentri-fuge, Berlin on April 2, 2017.
Mixed on October 25, 2017.
Mastered at Systems Two, New York City, New York on November 30, 2017.
1. Unexpected Incident
2. Ninety-Nine Years
3. On The Way
4. Oops!
5. Follow The Idea
はじめに耳に飛び込んでくる音はパーカッションである。さまざまな響きの試行であり、割れた音が積み重ねられるうちに惹きこまれてしまう。やがて、この「Unexpected Incident」ではマティアス・シューベルトが登場し、トロンボーンのマティアス・ミュラーを相手にしつつ、ひしゃげたようでもあり、また野生生物のようでもあり、周波数や音色の逸脱自体を前面に押し出すテナーを吹く。
このシューベルトについて、藤井郷子は痺れるテナーだと言った。藤井はシューベルトとピアノの奇才サイモン・ナバトフとの共演を面白いと評しているのだが、その共演の変化を辿ると、1994年のカルテット演奏『Blue and Grey Suite』(Enja)から2012年のデュオ『Descriptions』(Leo Records)までの間に、シューベルトが深みのある独特極まりない肉声を獲得したのだということがわかる。その個性は、オーケストラベルリンの前作『一期一会』(Libra Records、2014年)においても聴きとることができる。シューベルトと同じカッセルに住む三味線奏者のヨシュア・ヴァイツェルは、かれのことをカッセルNo. 1のテナーだと誇っている。筆者も、ベルリンにおいてその演奏を観る機会があり、少なからず驚かされた。もっと日本でも知られてよい存在である。
「Unexpected Incident」に戻ろう。ヤン・ローダーのベースが力強く入り、ミュラーがそのままサウンドを牽引していくうちに、そのサウンドは分厚いものとなり、随時テーマに回帰する。もうひとりのテナー、ゲプハルト・ウルマンもシューベルトに負けてはいない。最後にはかれの叫びで締めくくられる。
タイトル曲「Ninety-Nine Years」は、99歳でこの世を去った田村夏樹のお母さんに捧げられた作品であるという。つんのめり、残響を過激に増幅させながら歩むローダーのベースソロから始まり、その後さまざまな登場人物が現れ、物語を振り返り諄々と語るような展開を見せる。そしてクライマックスの語りはウルマンの泡立ち濁ったテナーが担う。
「On the Way」でもはじまりは抜きつ抜かれつのパーカッションの巧妙さに耳を奪われるのだが、分厚いアンサンブルの合間に、いつの間にか、底知れないユーモラスさを持つ田村夏樹のトランペットに夢中になっていることに気が付く。このむず痒くなるようなユーモア精神は、「Oops!」にも引き継がれる。最初の語り手はまたしてもシューベルトの太くのたうつテナーであり、それはちょっとした音楽ドラマへと発展する。ここでのシューベルトの跳躍するラインには、エリック・ドルフィーを思わせるところがある。また、混沌の中で粘るミュラーのトロンボーンも面白い。
さて、締めくくりの曲だからといって、「Follow the Idea」が予定通りの着陸態勢に入ることはない。各人が自分自身の持つ声を各々発する雑踏のようなサウンドがあり、そのまま、余韻を残して幕が引かれる。
本盤は、全体を通じて、野生と構成との共存が見事である。野生とはメンバーそれぞれの個性であり、その結果として、オーケストラベルリンのサウンドからはヨーロッパ的なものを感じ取ることができる(同様にオーケストラニューヨークにはNYの音が、オーケストラ東京には東京の音が詰まっている)。個々のメンバーを想定して作曲したというデューク・エリントンのエピソードを引くまでもなく、どこを切っても唯一無二の音がする、際立って「個性」的なオーケストラサウンドである。
(文中敬称略)