#1531 パトリック・シロイシの近作3枚『Nakata / Bokanovsky’s Process』、『Patrick Shiroishi / Tulean Dispatch』、『Fujioka, Shiroishi, Casanova / Kage Cometa』
パトリック・シロイシはロサンゼルス在住の日系アメリカ人である。父親は在米日系四世(両親は戦時中に日系人強制収容所に入っていたという)、母親は大牟田市の出身。影響を受けた音楽家として彼が挙げる名前は、ジョン・コルトレーン、オーネット・コールマン、セシル・テイラー、ジミー・ライオンズ、阿部薫、ニーナ・シモン、坂田明、マーティン・クーヘン、エヴァン・パーカー、ダリウス・ジョーンズ、またジャズにとどまらず、マグマ、Yowie、エイフェックス・ツイン、リトル・ウィメン、ユー・エス・メイプルなど幅広い。しかし、彼が創り出すサウンドに誰かの直接的な影を見出すことは難しい。本稿では、彼の近作を3枚紹介したい。
『Nakata / Bokanovsky’s Process』(Jacknife Records & Tapes、2015年)
Paco Casanova (Rhodes, effects)
Patrick Shiroishi (as, bs, ss)
パコ・カサノヴァの弾くローズには透明性があり、サイケデリックでもあり、ときにガラスのようでもある。その残響を活かしたサウンドに対して、シロイシのバリトンサックスは鼓膜をびりびりと震わせ、アルトサックスは切り裂くようにも静かにも攻める。サックス表現の振幅が幅広いことは、6曲目の「someday this pain will be useful to you」におけるソプラノサックスを聴くと実感できる。カサノヴァがミニマルなプレイで教会のような響きを創り出す中で、シロイシが放つ様々な倍音にも、また邦楽を思わせる音の逸脱にも注目すべきものがある。最後には、「俺はどうなるんだ」といった叫びによって、聴き手の足場を失わしめる。
『Patrick Shiroishi / Tulean Dispatch』(Mondoj、2017年)
Patrick Shiroishi (as, bs, prepared p)
シロイシのソロ作品であり、彼の作り出す音世界を堪能できる。そのひとつは残響であり、マルチフォニック、怖ろしいほど凶暴な咆哮、それとは対極にある静かな航行、小さな息遣いといったサックスの表現が響きに包まれ、サウンドの雰囲気が次第に移り変わってゆく。それは、聴く者を、内省やさまざまな風景の幻視に誘い込む力を持っている。そして、余韻を残したまま終わる。
『Fujioka, Shiroishi, Casanova / Kage Cometa』(FMR Records、2018年)
Paco Casanova (key)
Dyran Fujioka (ds)
Patrick Shiroishi (as, ss)
じわじわとアンビエントな音世界を作りはじめるカサノヴァのキーボード。そこにシロイシのサックスとディラン・フジオカのシンバルが色を付ける。音の振幅は次第に大きくなり、サックスの大きなうねりが主流となってゆく。13分を過ぎたころに、シロイシのソプラノサックスが滑るように入ってきて、まるでキーボードのように聴こえる。25分頃には、アルトサックスとドラムスの活きた破裂音が並走する。30分頃にはキーボードが世界をカラフルに覆い尽くす。そしてシロイシは、物語を諄々と語るようにアルトを吹く。38分間のドラマである。
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このように、シロイシは響きというものに並々ならぬこだわりを持り、サウンドの中心に据えている。彼の最初のソロ録音は教会における演奏であり、その後もギターペダルやエレクトロニクスの効果を模索している。『Tulean Dispatch』においては、何と、ピアノのダンパーペダルを押し下げたままにして、ピアノの内部に置いたマイクによって響きを捕捉している。
日本におけるシロイシの知名度はまだ低いが、驚くべき個性を持ち、響きを追究してやまないユニークなサックス奏者である。次作『Descension』もまた、エフェクトペダルを活かしたものになるようだ。期待して待ちたい。
(文中敬称略)