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Jazz and Far Beyond

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CD/DVD DisksNo. 244

#1541『Mahobin / Live at Big Apple in Kobe』

Text and photos by Akira Saito 齊藤聡

LIBRA Records 204-050

Lotte Anker (sax)
Natsuki Tamura 田村夏樹 (tp)
Satoko Fujii 藤井郷子 (p)
Ikue Mori モリイクエ (electronics)

1. Rainbow Elephant
2. Yellow Sky

All music composed by Lotte Anker (KODA), Natsuki Tamura (BMI), Satoko Fujii (BMI) and Ikue Mori (BMI)
Recorded at Big Apple, Kobe on February 23, 2018 by Tetsumasa Kondo
Mixed on April 11 and 18, 2018 by Tetsumasa Kondo
Mastered at Masterdisk, NY on May 7 by Scott Hull.
Executive Director by Natsuki Tamura
Design by Masako Tanaka
Art Work by Ichiji Tamura
Artist photo by Mitsuru Itani

 

この2018年に還暦を迎える藤井郷子が、「Satoko Fujii kanreki Project 2018」として、毎月1枚のCDリリースを続けている。本盤は、ピアノソロ、Kaze、オーケストラベルリン、Kira Kira、ジャンニ・ミンモ/ジョー・フォンダとのトリオ、This is It!、ジョー・フォンダとのデュオに続く8枚目である。

メンバーは、藤井のピアノの他に、田村夏樹(トランペット)、ロッテ・アンカー(サックス)、モリイクエ(エレクトロニクス)という顔ぶれだ。自分自身を確立している4人であるから、各々が藤井のサウンドに色を付けているという見方もできる。

ロッテ・アンカーのサックスは誰にも似ていない。泡立つようでもあり、生命の源が吹きだすようでもあり、その濁った音と生のヴァイブレーションとが聴く者を驚かせる。勿論、それは迫力をこれ見よがしに使うプレイではない。アンカーの声として発せられているのである。

田村夏樹のトランペットは、対照的に、振れ幅がとても広い。壁を貫くような鋭い音色を放つこともあれば、とてもユーモラスな演奏を行うこともある。つねに飄々としていて、彼がサウンドを揺り動かし、また、風穴を開けて換気を行う役割を担うことが多いように思える。

そしてモリイクエ。彼女のライヴ演奏を目の当たりにすると誰もが魅了されるに違いない。そのエレクトロニクス・サウンドには殺伐としたり無機的であったりすることがなく、無数の生命がざわざわと蠢いている。まるでファンタジーの世界に紛れ込んだようにも感じられ、会場全体に活き活きと満ちるサウンドは、宇宙的でもあり、また、チャーミングでもある。

彼らが、本盤の中心たる42分超の曲「Rainbow Elephant」を全員で創出する。幹となるのは藤井のピアノである。

最初にモリが星々を満天にばら撒く。その下で物語を話しはじめるように、アンカーがサックスを吹く。彼女の周りにはモリの創りだす光が天使のようにまとわりついて明滅し、田村が振る玩具が擾乱を引き起こし、並行して、藤井のピアノにより、寄せては返す大波が現れる。9分が過ぎようとした頃、世界が静まりかえり、田村のトランペットが何かの予兆として空に響き渡る。プリペアドピアノとエレクトロニクスとがその不安さをさらにかき立ててゆき、やがて、語り手が藤井のピアノに移行する。エレクトロニクスに分厚く包まれたそれは荘厳な雰囲気を身にまとってもいる。18分を過ぎた頃には、再び大波が向こうへ引いてゆき、語り手としてアンカーが舞台に立つ。低音を大胆に放ちながらのソロ、それはやはりモリの魔術によって色を変え続けることになる。そして気が付くと、ピアノとトランペットの波がまた足元を濡らしている。サウンドに身をゆだねる者は、4人の音から、天変地異の劇場を幻視することだろう。

そのような中でも、26分頃には、藤井のピアノが新たな物語の幕を開き、低音から高音まで、またプリペアドによるチェンバロのような音も駆使しながら、サウンドを再支配する。これに次第に拮抗してゆく力はやはりモリのエレクトロニクスなのだが、背後での息遣いによって、田村のトランペットもまた主役たる存在感を示す。

やがてモリのドローンの中で全員が沈静し、サウンドを抑制へと導く。40分を過ぎ、ピアノが美しい繰り返しの旋律を奏で、長い起伏に富んだ物語が終息へと向かう。

あまりにも個性的な音楽家の演奏が、見事な手腕により作曲作品として噛み合って、優れた舞台を観た後のような印象が残る。そして、あらためて演奏される7分間は、奇妙に美しいエピローグとして響く。

(文中敬称略)

齊藤聡

齊藤 聡(さいとうあきら) 著書に『新しい排出権』、『齋藤徹の芸術 コントラバスが描く運動体』、共著に『温室効果ガス削減と排出量取引』、『これでいいのか福島原発事故報道』、『阿部薫2020 僕の前に誰もいなかった』、『AA 五十年後のアルバート・アイラー』(細田成嗣編著)、『開かれた音楽のアンソロジー〜フリージャズ&フリーミュージック 1981~2000』、『高木元輝~フリージャズサックスのパイオニア』など。『JazzTokyo』、『ele-king』、『Voyage』、『New York City Jazz Records』、『Jazz Right Now』、『Taiwan Beats』、『オフショア』、『Jaz.in』、『ミュージック・マガジン』などに寄稿。ブログ http://blog.goo.ne.jp/sightsong

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