#1539 『Dystil』
Text by Akira Saito 齊藤聡
Clean Feed CF486CD
Bryan Qu (as, objects)
Quincy Mayes (p, objects)
Mark Ballyk (perc, voice, objects)
1. Imaginary Film
2. One in the Age of None
3. Ink Pots
4. Obligatory Post-Neverdom
5. 2017s Containers
6. Dreamingmatrices
7. Hollowed Hope
8. Surge Toward Untruths
9. Afterward’s Horizon (If It Ever Comes)
10. Exhale_Softseq
11. Warm Grey Meadow
All compositions by Dystil
Recorded at Dystillation Studios during June and July 2017 by Dystil
Mixed by Bryan Qu
Additional mixing by Quincy Mayes and Mark Ballyk
Mastered by Dave Darlington
Produced by Dystil
Executive production by Pedro Costa for Trem Azul
Design by Travassos
Cover photo by 王亭
『Dystil』は、アルバム名でもあり、また、ブライアン・キュー(アルトサックス)、クインシー・メイズ(ピアノ)、マーク・バリク(パーカッション、ヴォイス)によるユニット名でもある。3人の誰にとっても初のリーダー作である。
彼らは皆20代前半のカナダ人(キューは中国生まれだが2歳のときにカナダに移住)。しかし、本盤は、若手トリオがこれまでライヴで研鑽を積んできた成果を形にしたものとは違う。彼らは、以前には共演したこともなかった。だからといって、1、2回のリハーサルを行ったうえでギグの延長として本番に挑むという、ニューヨーク流のやり方でもない。彼らは、自分たちのサウンドを妥協せず創り上げる目標に向かって、3か月もの共同生活を敢行している。それゆえに、蒸留(distillation)という言葉のイメージが沸き、ユニット名に変えられた。慣習にとらわれない独自のアートの方法論というべきだろうか。そして、このプロセスが、緊張感と鮮烈さを残したままで三者が多様な形態で結合するサウンドにつながっている。
ブライアン・キューは、長い伝統を受け継ぐジャズも堂々とこなす才能である。筆者は2015年にニューヨークで彼のプレイを観たことがある。それはマット・ウィルソン(ドラムス)が若手を起用したバンドであり、アプローチを工夫しながらもテナーのブロウが自信に満ちていて、とても印象的だった。ところが、翌2016年に吹き込まれたドレ・ホチェヴァー(ドラムス)の作品『Transcendental Within the Sphere of Indivisible Remainder』においては、その個性は保ちつつもノイズ/アヴァン的なサウンドの中で水を得た魚のようなプレイをみせており、いい意味で予想を裏切られるものだった。さらに本盤では、まったく過去の呪縛にとらわれることなく、確信をもって広範な音色を提示している。
ひょっとすると、本人(あるいはこの3人)にとっては、ジャズやフリー/アヴァンギャルドといった原理主義的なカテゴリー越境の意識も希薄なのかもしれず、そのスタンスが極めて現代的に思える。
クインシー・メイズとマーク・バリクの発する鮮やかな音にもまた驚かされる。キューのサックスが多彩であってもサウンド全体と連続的に連結するものであるのに対し、メイズとバリクの音はより分散的であり、個々の音要素はサウンド全体の流れに従属しない。それによる大小の隙間の存在が大きな自由度を生んでいる。
靄の中から何者かの姿が見えてくる冒頭曲に続き、「One in the Age of None」において3人のエンジンが回転し始める。一転し、「Ink Pots」ではプリペアドピアノに呼応してバリクがドラムスの音を集中して選んでゆくありさまが印象的だ。続く2曲では、撥音、倍音、重音とキューの野心的なサックス表現が、メイズのきらめくようなピアノと地響きするバリクのバスドラムの中で光っている。「dreaminginmatrices」は、三者が抑制する意思が却って視えないものを感じさせる、見事な表現である。別の世界への短い入口を経て、「Surge toward Untruths」において、バリクの力強い複合リズムの中で、別の時間が流れているかのように、メイズが音を選んでは鍵盤を通じて発し続ける(「Ink Pots」とは逆だ)。ふたたび豊かな抑制の時間が訪れる2曲を経て、最後を締めくくる「Warm Grey Meadow」はエフェクトがかけられたバリクのヴォイスが、さらに、サウンドが想像させる世界の脱中心化を促進している。
本盤に収められた曲は2-3分程度と短いものばかりだ。そのひとつひとつが夢、あるいは映画の忘れがたい断片を想起させるように聴こえる。彼らにとって、本盤は「想像上の映画」なのだという。夢の世界を彷徨うようでありながら、音要素の数々は奇妙にリアルに迫るサウンドである。そのギャップが、音楽を開かれたものにしているのではないか。
(文中敬称略)