#1542 『Rova Saxophone Quartet / In Transverse Time』
Text by 剛田武 Takeshi Goda
Les Disques Victo – VICTO cd 131
Rova Saxophone Quartet:
Bruce Ackley – soprano sax
Steve Adams – alto and sopranino sax
Larry Ochs – tenor sax
Jon Raskin – baritone sax
1. Oxygen (Ackley)
The Dark Forest Suite: (Adams)
2. Introduction
3. Song 1
4. Song 2
5. Song 3
6. Song 4
7. Coda
8. A Leap of Faith in Transverse Time (Raskin)
9. The Time Being (Raskin)
10. Hidden in Ochre (Ochs)
New works by Ackley, Adams, Raskin and Ochs, all composed in Rova’s fourth decade.
“Hidden in Ochre”, “Oxygen” and “A Leap of Faith in Transverse Time” were recorded, edited and mixed by Philip Perkins. Recording assistant: Ethan Chuck. They were recorded on September 25, 2017 at the Mills College Art Museum. Special thanks to Dr. Stephanie Hanor, Director, and Jayna Swartzman-Brosky, Program Director at the museum.
“The Dark Forest Suite” and “The Time Being” were recorded at Guerrilla Recording by Myles Boisen on October 6 and November 3, 2017. They were mixed on December 8, 2017 by Myles Boisen.
All cuts were mastered by Myles Boisen at the Headless Buddha Mastering Lab on December 22, 2017.
40年×365.25日×24時間×4人=1,402,560時間の積層を横断するサックス四重奏団の現在地。
ジャズ・ファンにはワールド・サクソフォン・カルテット(以下WSQ)と並び称されるサックス四重奏団、ロヴァ・サクソフォン・カルテット(以下ROVA)。セントルイスのブラック・アーティスト・グループ(BAG)から70年代ニューヨーク・ロフト・シーンに至るブラック・パワーの復権を標榜したWSQとは対照的に、1977年秋に西海岸サンフランシスコに住む白人ミュージシャンが結成したROVAは、ビバップ、スイング、フリージャズだけではなく、ロック/クラシック/現代音楽/エスニックといった雑多な音楽性を混合したサウンドの冒険を追求してきた。特にレコード・デビューの為にメンバーのひとりラリー・オクスが、ギタリストのヘンリー・カイザーと共に1978年に設立したMetalaguageレーベルは、当時の音楽業界のシステムの中では実現できない新たな表現の場を自らの手で創り出そうとする意志の表れだった。ニューヨークのESP、ドイツのFMP、オランダのICP、イギリスのIncus等の前衛ジャズ/即興レーベルの伝統を継承するとともに、当時怒れる若者を中心に勃興したパンク/NO WAVEのD.I.Y精神に通じる行動でもあった。「無いものは自分で創り出すしかない」という自主精神は、現在のレント・ロムスのEdgetone Recordsにも受け継がれている。新連載『ウェストコースト・アンダーグラウンド通信』でロムスが書いているように、今年デビュー40周年を迎えたROVAは、常にサンフランシスコのローカル・シーンの活性化に尽力してきた。1986年に設立した非営利組織Rova:Artsでは、サンフランシスコで年2回の音楽フェスティバルを開催する他に、地元のミュージシャンのコンサート・ツアーやコラボレーションの支援を行っている。
そんなウェストコースト・アンダーグラウンドの立役者ROVAの40周年記念アルバムが『In Transverse Time(横断時間の中で)』と名付けられた本作。ヴィジュアルを含み他ジャンルのアーティストとのコラボレーションの多いROVAにとっては、2012年の『A Short History』以来6年ぶりのメンバー4人だけによる録音作品である。全員が作曲し、それぞれのコンセプトに基づいてアレンジされた楽曲が収録されている。
M1「Oxygen(酸素)」はヘンリー・カイザーとバリー・ガイに影響を受けて2016年に作曲された。ライナーによると<意志の表現主義的側面が、意図された楽興構造のバランスを凌駕することなく、音楽演奏に没入すること>を目指したという。静謐で統合性のある演奏は、近現代の室内楽の典雅な雰囲気があり、居住まいを正される思いがする。
M2-7「The Dark Forest Suite(暗い森組曲)」は、グルジア(現ジョージア)共和国の伝統的ポリフォニー音楽、バジアーニ合唱団にインスパイアされた6楽章の組曲。中低音部を強調した重厚な主題に導かれた旋律は、1983年と1989年の2回のソビエト・ツアーにより、冷戦前後の社会の変化を体験した心象を反映しているように思える。各楽章で聴かれる短いソロ演奏の温かみのある音色が郷愁を喚起する。
M8「A Leap of Faith in Transverse Time(横断時間の中の信仰の飛躍)」は自伝的な要素のある作品。40年に亘りROVAとして活動することで、作品や方向性への新たな洞察力が培われ、音楽を続ける喜びと原動力を育んできた。それを証明するように4人のロングトーンが交錯し、敬虔な祈りに似たハーモニーを形作る。深い信頼がなければ成し得ない綱渡りのようなアンビエント・サウンドである。
M9「The Time Being(時間の問題)」は一転して躍動感のあるバリトンの17拍子のリフでスタートし、アルトの艶のあるソロが跳躍しソプラノとテナーがカウンター・メロディを奏でる。バイオニックなアンサブルに、四本の木管がひとつの生命体となり呼吸し鼓動するのを感じる。
M10「Hidden in Ochre(黄土に隠されて)」は、2016年にサンフランシスコのダンス・カンパニーinkBoatとのコラボレーションの為に制作された。シンイチ・アイオヴァ=コガが1998年に立ち上げたinkBoatは、Physical Theater(身体劇場)として肉体を使った表現の可能性を追求し、ダンス/舞踏/映像/音楽など世界中の様々なアーティストとコラボしている。この24分強の長尺ナンバーでのROVAの演奏は、コンポジションとインプロヴィゼーションの境界を曖昧にし、メロディ、ハーモニー、アンサンブル、テクニックを縦横無尽に駆使し、一瞬たりとも飽きさせることがない。波乱万丈な場面展開にもかかわらず、全編を通して感じられる冷徹な視点は、実験音楽集団としての四十年の経験が培ったものだろう。
ジャケットに立ち並ぶ時計は、それぞれが固有の時間を刻んでいる。たとえ表示される時刻は同じでも、個々が今この瞬間に至るまでの動機・行動・経験の積み重ねは多種多様である。別個の時間軸を横断し、その繋がりをサウンドとして表出することが、意識的な音楽アンサンブルの使命であり宿命である。敢えて完全即興を封印して作曲にフォーカスし、ストイックな感性を凝縮させた本作は、5つ目のディケイドへ向けたROVAの所信表明といえるだろう。彼らの進化する「横断時間」を日本でも経験してみたいものだ。(2018年7月28日記)