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CD/DVD DisksNo. 247

#1569 『ザ・リアル・グループ・シングス・ウィズ・キックス&スティックス・ビッグバンド』

text by Masahiko Yuh 悠 雅彦

Spice of Life   SOL  RG -0016

1.ファシネイティング・リズム
2.キャント・バイ・ミー・ラヴ
3.フレンドシップ
4.エンブレイサブル・ユー
5.バッド
6.オーディナリー・ピープル
7.ビッグ・バッド・ワールド

The Real Group;
エマ・ニルスドッター(ソプラノ)
リーサ・エステルグレーン(アルト)
アンダーシュ・エーデンロット(テナー)
モーテン・ヴィンサー(バリトン)
ヤニス・ストラディンズ(バス)

Kicks & Strikes Big Band
Recorded at Bauer Studios Ludwigsburg by Adrian von Ripka ~2017年10月

The Real Group
Recorded at Studio in Stockholm by Anders Edenroth, Morten Vinther & Carell Brunnberg 2018
Mix and Mastering, 2018 at Bauer Studio by Adrian von Ripka


 幕開けの「ファシネイティング・リズム」にノックアウトされた。いや、圧倒された余波で思わず ”ブラボー” と叫ばずにはいられないほどの感動の波に襲われた。コーラスのみならずヴォーカルとなると日本以外では前回がいつだったか思い出せないくらいに圧倒された1作がザ・リアル・グループのこの新作だった。大野えりのライヴの新作といい、今年のヴォーカルのベストを狙うにふさわしい秀作が立て続けに現れたことはある意味で珍事かもしれないが、ヴォーカル愛好家の私にとっては嬉しい限り。そういえばトニー・ベネットがダイアナ・クラールと歌った話題作もあったが、何せ92歳の彼に多くを望むのは酷。かのフランク・シナトラでさえ一目置いていた全盛期のベネットが90を超えて今もなお元気に歌っているというこの一事だけでも驚異的であり、彼こそはポピュラー・ヴォーカルの大御所として讃えられるべき偉大な存在というべきだろう。

 ザ・リアル・グループに戻ろう。グループは1984年に結成されたので、来年は結成35周年を迎えることになる。私の執筆者仲間の友人のひとりに黒田恭一という男がいた。歳がほぼ同じということもあって音楽執筆者協議会(現ミュージック・ペンクラブ)で顔を合わせると、よく話に花を咲かせた。彼はオペラが専門で、こちらはジャズ。だが、意外にウマが合った。その彼が病気で亡くなった(2009年5月)と聞いたときの衝撃。その瞬間、脳裏に走ったのがオペラの名歌手たちではなく、ザ・リアル・グループのアカペラだった。それほど彼はこのアカペラ・コーラスを高く買っていた。もし彼が元気でザ・リアル・グループのこの新作を聴いたら、アカペラではないが間違いなく大絶賛しただろう。本作はドイツのビッグバンド、キックス&スティックス・ビッグバンドをバックに、新たなメンバーが加わった5人で吹き込んだまさに会心の1作だが、シュトゥットガルトに近いルートヴィヒスブルクのバウアー・スタジオで吹き込んだことから類推して、ザ・リアル・グループはドイツ音楽文化の中心地であるヘッセン州(州都ヴィースバーデン、フランクフルト、ダルムシュタットなど)の音楽界、とりわけジュニアバンドの創業者および育成者としてヘッセン文化賞を受賞しているヴォルフガング・ディーフェンバックらとの交流が並ではなかったことを忍ばせる。何でもディーフェンバックが主宰するジュニアバンドには小学校の五、六年生から参加できるという。そうした豊かな音楽的土壌のもとで培ったからこそ、キックス&ステイックスのような優れた演奏力を誇るヤング・ビッグバンドが誕生したのだろう。そうした音楽的土壌から生まれたキックス&スティックス・ヴォイセスというコーラス・アンサンブルの存在も、ザ・リアル・グループにとってはみずからの力を鼓舞するうってつけの要素だったのではないだろうか。

 とにかく、こんなに溌剌としたザ・リアル・グループのコーラスに触れたのは、少なくとも私には久しぶりだった。ジョージ・ガーシュウィンが1924年にミュージカルの挿入曲として書いた①「魅惑のリズム」は、兄のアイラ・ガーシュウィンの陽気な詩とあいまってエラ・フィッツジェラルドやサラ・ヴォーンやメル・トーメらの快唱を生んできた1曲。ザ・リアル・グループは珍しくヴァースから入って(このヴァースを何故誰も歌わないのか不思議なほど魅力的)、目まぐるしく跳躍しながらあの快感ほとばしるスウィングを羽ばたかせるかのようなコーラスを颯爽と歌い上げていく。冒頭からこんな素晴らしいチームワークで軽快に唱和するコーラスを聴いていると、ひょっとしてボロが出たらどうするだろうとかえって心配になるくらいに、完璧といってもいい洗練された高度なコーラス芸を示して見せた。お次はビートルズだが、これがまた①に劣らぬ快唱。この5人組は音楽的な素養を積み、かつ高度なテクニックをさり気なく披露しながら、むづかしい転調でも驚くほど自在にこなして聴くものを、時に唖然とさせる。かの黒田恭一がこの①や②を聴いたら、どんな言葉を発して褒め称えただろうか。こんな完成度の高いコーラスをいったん知ってしまうと、むしろ後が怖いくらい。本音で言えば、この2曲でこの1作の評価は決まりだ。本当に不思議なくらいコーラスの魅力を存分に発揮したザ・リアル・グループの快唱。この①と②がすべてを物語る。この2曲だけで勝負すれば、さすがのマンハッタン・トランスファーも降参するかも。

 むろん①と②が突出してはいるが、③以下も申し分ない。③などは①、②に劣らない。とりわけ転調のスリルを自在に操った唱法に関しては特筆に値する。前半はコーラスとしてのスリルでいえば前2曲に劣るが、転調の美学を誇示したかのような後半は素晴らしい。④のヴァースでは通常通りバラードと思わせて、中盤以降はスリリングな4ビートで聴くものを心地よく裏切って押しまくる料理の仕方などはまさにイキというしかない。最高に輝いている。男性陣をフィーチュアした「バッド」、同じく男性ヴォーカルを軸にして展開する「オーディナリー・ピープル」もむろん悪くはないが、それまでの天下一品を聴いてしまうとやや格落ちの感は否めない。最後の「ビッグ・バッド・ワールド」では口笛で始まり、女性コーラスへと軌道に乗ったところで特有のウキウキ感が浮かび上がると、ザ・リアル・グループならではのコーラス流儀が聴くものを飽きさせない。このポップ感が味付けとしては結構面白い。終わり方が何やら唐突な印象を与えるが、むしろ本作の意外性に富む面白さや優れた彼らのコーラス技法を象徴しているようでもある。何はともあれ、ドイツの優れた若いビッグバンドと共演した本作はまさに、現代屈指のコーラス・グループに飛躍したザ・リアル・グループの、メンバーを新たに整えた直後の新作であり、さらなる飛躍を確信させる素晴らしい新作だ。(2018年10月23日記)

悠雅彦

悠 雅彦:1937年、神奈川県生まれ。早大文学部卒。ジャズ・シンガーを経てジャズ評論家に。現在、洗足学園音大講師。朝日新聞などに寄稿する他、「トーキン・ナップ・ジャズ」(ミュージックバード)のDJを務める。共著「ジャズCDの名鑑」(文春新書)、「モダン・ジャズの群像」「ぼくのジャズ・アメリカ」(共に音楽の友社)他。

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