#1302 『Ayumi Tanaka Trio / Memento』
text by 細田成嗣 Narushi Hosoda
AMP Music & Records AT006
Ayumi Tanaka(Piano)
Christian Meaas Svendsen(Bass)
Per Oddvar Johansen (Drums)
- When We Were There
- Opened Eyes
- Tokoyo
- Flowers In The Dust
- Cymbals
- Red Thoughts
- Kiirohige
Recorded: January 2015
Studio: Studio in Norwegian Academy of Music, Oslo
Engineer: Devid Aleksander Sjølie
Cover Art: Bertil Hansson
Cover Design: Anders Thorén
ノルウェーを揺さぶる「日本的」ピアノ・トリオ
北欧の音楽の美しさと自然さに魅了されたことをひとつのきっかけとして、日本からノルウェーのオスロへと拠点を移して活動しているピアニストの田中鮎美が、同世代のベーシストであるクリスティアン・メオス・スヴェンセンと、近年はヘルゲ・リエンのもとでも活躍するベテラン・ドラマーのペール・オッドヴァール・ヨハンセンを率いた、ピアノ・トリオ編成による彼女の最初のリーダー・アルバムがリリースされた。ノルウェーの国立音楽大学において、〈ECM Records〉から発表された諸作でも知られるミーシャ・アルペリンに師事する田中は、狭義のジャズにとどまることなく自身の感性の赴くままにあらゆる音楽を貪欲に吸収し、しかしそれらをあくまで異国の地で活動する日本人ミュージシャンとしての独自性のもとに提示していく。それは「何でもいいから、君にとって特別なものを」というアルペリンの教えに強く影響を受けた実践でもあるのだろう。ノルウェー音楽に特有の耽美な響きをまといながらも、それらを「日本的感性」とともに表現していく彼女の音楽は、卓越した演奏技術や作曲センスが輝く本盤においても、その特異なありようを随所に聴き取らせてくれる。
ノルウェーのグループであるアトミックに通じるノリの良さをみせる四曲めの<Flowers in the dust>や、唯一のスヴェンセンの作曲によるやさしさに満ちた七曲めの<Kiirohige>も秀逸だが、やはり田中鮎美の特異性がもっとも色濃く反映されているといえるのは、祭囃子のリズムが一瞬だけ顔をみせるところから始まる三曲めの<Tokoyo>であろう。龍笛を思わせるウッド・ベースのアルコ奏法と鞨鼓を模したと思しきドラミングが織り成す幽玄な響きは、まるで雅楽のようでありながらも、日本の伝統音楽に一番近い位置にいるはずの田中があくまでピアノを用いた西洋的なサウンドに留まることによって、純邦楽とは似て非なる奇妙なオマージュとなっている。「日本的感性」を前面に打ち出すのであれば、ふつう、率先して日本人が日本的な演奏を押し出してきそうなものであるが、ここではむしろ非‐日本人である二人がある種の異国趣味的な想像力のもとに試みた演奏をまとめ上げることによって、逆説的に「日本らしい」ものとして表されている。それは日本人にしか為し得ないジャズの演奏とはどのようなものなのかという同様の問いを前にして、伝統的文化を直結させることで事足れりとするような答え方よりも、より深いところで「日本的」と言い得るものではないだろうか。
あらためて言うまでもなく、わたしたちが日本的として考える感性の大部分は、明治時代の西洋文化の導入と敗戦によるアメリカ文化の強要という二度の断絶を経たうえで、遡行的に形成された幻想でしかない。たとえばアニメ画と浮世絵を単線的に結び付けるときには忘却されてしまうようなこの断絶を思い起こしてみるならば、日本の伝統音楽というものもまた、ノルウェーの音楽と同様に異国の文化としてわたしたちの眼前に現れてくるはずだ。だがそれはわたしたちにとって他の文化と等しく隔絶してあるということを意味するわけではない。そのような異国の文化としての「日本的感性」を、自身の表現に取り入れようとする動機、この動機は正しく、日本に生まれ、海外に移住することでその出自が問われるような場にいることから湧き上がってきたものであるといえるからだ。あくまで「日本的感性」の外部にある眼差しを保ち続けながら、それらを日本人であるがゆえの必然性から音楽行為の中へと取り込み、さらにそのうえでどうしても滲み出てくる日本的感性なるものをも湛えた彼女の音楽が、これからの北欧の音楽界にどのような変容を齎すのか、本盤はそうした期待も強く抱かせるような作品である。
田中鮎美、クリスティアン・メオス・スヴェンセン、ペール・オッドヴァール・ヨハンセン