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CD/DVD DisksNo. 257

#1627 『Yoko Miwa Trio / Keep Talkin’』
『三輪洋子トリオ/キープ・トーキン】

text by Takashi Tannaka 淡中隆史

Ocean Blue Tear Music OBTM20190011

Yoko Miwa (piano)
Will Slater (bass)
Scott Goulding (drums)

1. Keep Talkin’ (Yoko Miwa)
2. In Walked Bud (Thelonious Monk)
3. Secret Rendezvous (Yoko Miwa)
4. Sunset Lane (Yoko Miwa)
5. Boogie Stop Shuffle (Charles Mingus)
6. Golden Slumbers / You Never Give Me Your Money (John Lennon & Paul McCartney)
7. Tone Portrait (Yoko Miwa)
8. Casa Pre-Fabricada (Marcelo Camelo)
9. Conversations (Joni Mitchell)
10. If You’re Blue (Yoko Miwa)
11. Sunshine Follows the Rain (Yoko Miwa)

Recorded and mixed by Matt Hayes at Wellspring Sound Studios in Acton, MA.
Mastered by Toby Mountain at Northeastern Digital.
Produced by Yoko Miwa.


三輪洋子さんがバークリーを卒業して、ファースト・アルバムをリリース、まだ音楽活動を始めて日の浅いころボストンに彼女を訪ねた。セカンド・アルバムの発売と東京での次作の打ち合わせを兼ねてニューヨークからアムトラックで往復。それからもう、15年以上が経っている。ボストンの街をいろいろ案内してもらった。「こっちの辻は」、とそんな折々に彼女が生まれた神戸風(?)のキュートな表現が顔をのぞかせる。「そうか、こっちでは“Street”はツジなのか」と道をおぼえた。

「ボストンで“がんばっている”三輪洋子」と言われることが多いけれど、どうもその形容はあたっていない気がする。「頑張る」ところにはやはりニューヨークが似合う。東京だってよいかもしれない。日本のジャズ・ミュージシャンたちはひとたびNYに集まって活動する。でも、10年近くを経るとやがては多くが日本に帰ることになってしまう。そして彼女たち、彼らがその後のシーンを支える第一線に立つ。身近にはそういった例があまりに多い。

けれど、三輪さんは地元に根を下ろして開花した稀なケース、きっとNYに移って暮らしていたのではこんな音楽は生まれなかったはずだ。彼女によると「ニューヨークは、自分が住む場所としては私は好きじゃないんです。たまに行くとエネルギーをもらえるんですけど」(2012年のインタビューより)ということになる。ボストンこそが自分が住むべきところなのだ。これからも「住むべき場所」に根付いた音楽はさらに大きく広がっていくだろう。新しいアルバム『Keep Talkin’』の<Golden Slumbers>を聴きながらそんなことを考える。

現在まで

『In the Mist of Time』 (2001) 徳間ジャパン*
『The Fadeless Flower』 (2002) Polystar P.J.L*
『Canopy of Stars』 (2005) Polystar P.J.L*
『The Day We Said Goodbye』 (2007) Sunshine Digital Act
『Live At Scullers Jazz Club』Jazz Cat Amnesty Records (2010)
『Act Naturally』 (2012) JVC*
『Pathways』 (2017) Ocean Blue Tear Music
『Keep Talkin’』 Ocean Blue Tear Music (2019)
*国内盤

の8枚がリリースされている(はずだ)。
彼女のディスコグラフィーは意外と知られていないし、入手の難しいものもある。でも、ていねいにその道を辿ってみるとはっきり見えてくるものがある。

2001年のファースト・アルバムのみがピアノ・トリオにティム・メイヤー(T.Sax)を加えた編成。その後、現在までのすべてがピアノ・トリオで、ドラムスは彼女のパートナーのスコット・グールディングがつとめている、初期の3作は全曲が自身のオリジナルのみ。2007年の『The Day We Said Goodbye』以降、自作に加えてジャズのスタンダード・ナンバーやボブ・ディラン、ルー・リード、ジョニ・ミッチェルなど、主にアメリカ、イーストコーストのポップ、ロックチューンが巧みに組み合わされることに気づく。実は、とてもユニークな選曲が多い。そこからは音の輪郭線が定まった爽快なプレイスタイルが聴こえてきて、タッチには風格が漂っている。ストレートアヘッドなジャズの王道を行きながら少しもクリシェに陥っていないのだ。

22年以上ボストンで暮らして、今ではバークリー音楽大学で教える立場になった。レコーディングも同地がほとんど。ワシントンDC、フィラデルフィア、ニューヨークなどメジャーなフィールドでのライブ履歴も多いが、日本やヨーロッパでの活動は少ない方だ。「スカラーズ」“Scullers Jazz Club”、「レガッタバー」”Regattabar” などボストンを代表するクラブが現在の拠点だ。「レガッタバー」での演奏の全容がYouTubeで見ることができる。彼女が地元に根を下ろし、多くのファンに包まれ、愛されていることが「実像」としてよくわかる。

もう一つのクラブ「スカラーズ」での演奏はライブアルバム『Live At Scullers Jazz Club』(2010)となってリリース。ここではルー・リードの<Who Loves the Sun>からミルトン・ナシメントの<A Festa> が、さらにアート・ファーマーの『モダン・アート』からインパクトのある冒頭曲の<Mox Nix>までが見事にカヴァーされていてとても楽しい。地元出身エアロスミスの<Seasons of Wither>はきっとライブで喝采を浴びているのに違いない。そういったラインナップのセンスにはアメリカ東海岸や東京にも通じる新鮮な驚きがある。一途に続けてきたパフォーマンスが少しづつ幹を広げてきているのだ。

アルバム『Keep Talkin’』はマサチューセッツ州のアクトンでのスタジオ録音。大きな達成感を持ったミュージシャンだけが発揮できる理想郷のようなプレイの連続だ。一曲目のアルバム・タイトル・チューン<Keep Talkin’>以下のオリジナル六曲に、二つのジャズ・スタンダード、セロニアス・モンク<In Walked Bud>、チャーリー・ミンガスの <Boogie Stop Shuffle>が配されている。それにしてもブラジルの作曲家マルセロ・カメロの<Casa Pre-Fabricada>が選ばれているのはどうしてなのか、とにかく美しい。ジョニ・ミッチェルの<If You’re Blue>に加えて何と言ってもレノン/マカートニーの<Golden Slumber〜You Never Give me Your Money>では歌心が全開で本当に素晴らしい。

「ボストンのピアニスト」の熟成された、確固とした世界観に満ちている。

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淡中 隆史

淡中隆史Tannaka Takashi 慶応義塾大学 法学部政治学科卒業。1975年キングレコード株式会社〜(株)ポリスターを経てスペースシャワーミュージック〜2017まで主に邦楽、洋楽の制作を担当、1000枚あまりのリリースにかかわる。2000年以降はジャズ〜ワールドミュージックを中心に菊地雅章、アストル・ピアソラ、ヨーロッパのピアノジャズ・シリーズ、川嶋哲郎、蓮沼フィル、スガダイロー×夢枕獏などを制作。

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