#1964 『Earth Tongues / Atem』
『アース・タンズ/アーテム(息)』
Text by Akira Saito 齊藤聡
Neither/Nor Records
Joe Moffett (tp, objects)
Dan Peck (tuba, cassette player, objects)
Carlo Costa (perc)
1. Atem
Recorded by Justin Frye at Pioneer Works, Brooklyn, NY on August 8th , 2017
Mixed and mastered by Nathaniel Morgan
All music by Earth Tongues
Photograph by Joe Moffett
Design by Carlo Costa
ジョー・モフェットは音色の連続的な変化をひたすらに追求するトランぺッターである。その執着が彼を異色な存在たらしめていると言ってよい。
本盤はアース・タンズの3枚目のアルバムである。モフェットがチューバのダン・ペック、パーカッションのカルロ・コスタとともに組んだトリオであり、その名前はトリオの特徴をうまく表している。というのは、サウンドが楽器を演奏する個人の音の足し算にとどまらず、何か別の主体から発したものに感じられるからだ。
とは言え、初作の『Rune』(2014年録音)においては、まだ楽器から発信する足し算の系を模索していたように思える。トランペットへの息の吹きこみ、パーカッションの金属の擦れ、アイドリングのようなチューバの管体の共振、それらがいつの間にか隣に到来し、新たなレイヤーを創出する。おもしろいことは、聴かれるべき音の所在が、楽器と外部との接点と外部との間を行き来し、中心が失われることだ。両者の相互侵入は、結果として、音楽に人がコミュニケートした痕跡を与えている。終わったと思ってもまだ何者かが息を潜めている。
次作の『Ohio』(2015年録音)では、腰を据えて40-50分の長い演奏を2回分収録している。胎動の雰囲気を色濃く湛えているところにサウンドの進化が見出される。人の意思は共有空間で融け合い、匿名となる。風も泡も感じられる。また、新たな生命がそこかしこに生まれ、それらが生きる自律的なリズムを獲得してゆくプロセスを体感できるものとなっている。そのようなサウンドを基調としているからこそ、トランペットが裏声で執拗に繰り返すロングトーンや、チューバによる空気の破裂が事件となり、それらがなおさらに静寂のレベルを高めてもいる。
そして本盤『Atem』(2017年録音)はさらに変貌を遂げ、気配が強化されている。ミクロな揺らぎが人の背丈にまで増幅され、音のマチエールが可視化(可聴化)され、もとより人の背丈で存在した音とは別次元の音世界を創り上げていることが特徴的だ。トランペットがミクロからマクロへの連続的な橋渡しを行い、チューバとパーカッションがその過程にあるざわめきや泡立ちを表現する。それにより音のレイヤーが創られるのだが、レイヤーは柔軟に形を変え、なんども語りなおされる。このサウンド創出のヴェクトルの動的な様を体感すると、過去2作のそれが静的であったようにさえ思えてくる。
演奏者の提示するヴェクトルに対して聴く者はどう応じるのか。もちろん聴く者は不特定多数であり感応のありようも多様に違いない。だが、ミクロとマクロとをつなぐ橋は、聴く者の内奥空間と現世とをつなぐ橋にもシンクロして、音の断片がそのつど聴く者に個人的なものを幻視させるのではないか。
(文中敬称略)