#1966 『Peter Evans / Being & Becoming』
『ピーター・エヴェンス/ビーイング&ビカミング(存在と生成)』
Text by Akira Saito 齊藤聡
More Is More Records
Peter Evans (tp, piccolo tp)
Joel Ross (vib)
Nick Jozwiak (b)
Savannah Harris (ds, perc)
1. Matrix
2. Wormhole
3. Sphere
4. Double Drone
5. Point of Return
All compositions by Peter Evans
Recorded by Jason LaFarge at Seizure’s Palace, April 15 2019
Mixed by Jason LaFarge
Mastered by Weasel Walter
Cover art: “Circles in a Circle”, Wassily Kandinsky 1923
ピーター・エヴァンス期待の新プロジェクト「Being & Becoming」の初録音である。
静かで緻密なアンサンブルから始まるが、すでに予兆が漲っており、形式的ではない。3分を過ぎた頃に、ステージにスポットライトが当てられて本番はここからだと言わんばかりに各々が個性を発揮しはじめる。エヴァンスが呼んだ若い3人には依存的なものはまるで見当たらず、幹に追従するサウンドの創出ではない。サヴァンナ・ハリスのドラミングはバランスを保ったままシンバルも効果的に使い四方八方に拡張する。
続く「Wormhole」における時間の伸び縮みは驚くべきものだ。エヴァンスが空高く翔ける、その横で平然としてひらりひらりと舞う3人のもたらす時間軸はそれぞれ異なっているにも拘らず、マジックを見ているように高速で邂逅を繰り返す。コンポジションとインプロヴィゼーションとの融合だと言うのは簡単だが、この高度さにはやはり感嘆せざるを得ない。エヴァンスが静かに幕を引くのが奇妙に可笑しい。
「Sphere」では四者が四様にサウンドを主導する。それは、ものの見え方や出し方は人によって異なることを体現しているような演奏だ。たとえばニック・ジョズウィアックのベースを耳で追ってみると、サウンドのシェルとなっているハリスのマーチングバンド風のドラミングとはまったく別文脈でラインを描いていることに気付かされる。まるで隠し絵である。「Double Drone」に至るとほとんどそれは「Quadruple Lines」。誰に付いていけば良いのか、4本の音が離れては互いに重力で引かれ合い、脳内で把握しているはずの構造は解体されてしまう。
そして再び、「Point of Return」において、エヴァンスが疲弊とは無縁にポテンシャルを高く引っ張り上げる。ここでもひときわ目立つのは、バンド結成時にエヴァンスに「ヴァーチュオーゾ」だと言わしめたヴァイブのジョエル・ロスである(座談会参照)。きらびやかで複雑なラインを描くだけではない。エヴァンスが中心に躍り出たときに彼の周囲に創り出すアンビエントな雰囲気は鮮やかだ。また、エヴァンスにより頻繁なギアチェンジがなされ、その都度唸りを上げる4人の疾走はみごとだ。それにしてもエヴァンスの音は輝かしい。そして、一転してジョズウィアックのベースソロがあり、そこから静かな収束を迎える。
ジャケットに用いられたワシリー・カンディンスキーの作品は、彼がソ連建国直前にふたたびドイツに渡り、バウハウスのもとで活動しはじめた頃に描かれている。具象世界の断片を用いた抽象画から、円や線などの幾何学的な要素を用いた抽象画へと変貌した時期のものだ。これは、多くの者に共有されるジャズ的な音要素を使ったサウンドから、よりシンプルで強靭な音要素をいちから使ったサウンドへの変貌だというメッセージのように読み取ることもできよう。おそらく「存在と生成」という本盤のタイトルは強いコンセプトを示したものでもあった。
(文中敬称略)
ピーター・エヴァンス、ジョエル・ロス、ニック・ジョズウィアック、サヴァンナ・ハリス