#1266 『ミルバ&アストル・ピアソラ ライヴ・イン・トーキョー1988』
text by Akira Sekine 関根彰良
BJL/SPACE SHOWER MUSIC (DVD) DDBB-13001¥4,630(税抜)
ミルバ(vocal)
アストル・ピアソラ(bandoneon)
1. わが死へのバラード
2. 迷子の小鳥たち
3. もしかして、まだ
4. ブエノスアイレスの夏
5. 孤独の歳月
6. ロコへのバラード
7. ミケランジェロ70
8. 行こう、ニーナ
9. 忘却(オブリヴィオン)
10. チェ・タンゴ・チェ
歌:ミルバ(*)
演奏:アストル・ピアソラ新タンゴ五重奏団
アストル・ピアソラ(bandoneon)
パブロ・シーグレル(piano)
フェルナンド・スアレス・パス(violin)
オラシオ・マルビチーノ(electric guitar)
エクトル・コンソーレ(bass)
録音:1988年8月26日@東京・中野サンプラザホール
タンゴ・ファンのみならず全ての音楽ファン必見の歴史的パフォーマンスを収録したDVD
1988年アストル・ピアソラ最後の来日コンサートを収めたDVDが発売となった。
中野サンプラザホールにて自身のクインテットに歌手ミルバを迎え、熱のこもった素晴らしい演奏を繰り広げている。
ステージの中央よりやや上手で、台の上に片足を乗せ、その腿の上でバンドネオンを操るピアソラ。自らの音でバンド全体のサウンドを統率する様はキング・クリムゾンのロバート・フリップを見ているかのようだ。
ピアソラのクインテットに打楽器はいない。しかしその必要性を感じさせないほどに、各楽器が強力なリズムを生みだしている。
私が以前から興味深く感じていたのは、エレキギター奏者がいることだ。ある時はリズム楽器として和音を刻み、またある時はメロディー楽器として主旋律を支えたりカウンターメロディーを演奏したりしている。保守派からは「タンゴの破壊者」と罵られたそうだが、ジャズに親しんでいたピアソラにとっては自然で抵抗のないことだったのではないか。
ピアソラの音楽の特徴の一つが、不協和音のエネルギーを効果的に用いている点だ。
「ブエノスアイレスの夏」では、ジャズの美しいハーモニーと不協和音、静けさと力強さといった二面性が交錯する。対比の中でいっそうタンゴらしさが浮き彫りとなり、聴く者に鮮烈なインパクトを与えている。
力強さと繊細さを兼ね備えたミルバの歌は、このDVDの大きな注目点の一つだ。仏伊西の3か国語を自在に操り、言葉によってピアソラの音楽を拡大する。また彼女のステージ・パフォーマンス、演劇的要素も見逃せない。曲によっては歌い叫びながらステージを駆けずり回る。それは決して過剰な演出や解釈ではない。そのときミルバは、曲の持つ世界観を受け入れる「器」=媒介者と化しているのである。
人間の内にある狂気をあぶりだす「ロコのバラード」、抗うことのできない不幸な境遇を描いた「孤独の歳月」etc…決して幸福に満ちているとは言えない歌詞が、この世の不条理を描き出す。その狂気の裏にある真実を暴きだし、悲しみのどん底で生きる喜びを見出す。闇の中に光を見るのがピアソラの描き出す世界だ。
歴史的パフォーマンスを収録した今回のDVD、タンゴ・ファンのみならず全ての音楽ファン必見の内容である。
*参考リンク(CD紹介)
http://www.jazztokyo.com/five/five650.html
*初出:JazzTokyo #213 (2015.11.16)