#1984 『Kikanju Baku and Citizens of Nowhere / ‘No Justice = Justification’ & ‘Revolt Against State Stimulated Stockholm Syndrome’』
Text by 剛田武 Takeshi Goda
2CD : Ethnicity Against The Error – 003
Kikanju Baku : ds, perc, b, cello, etc.
Chris Pitsiokos : as, perc
Luke Stewart : b, perc
Reg Bloor : g
Mad Hwa : vo
Ignacio Ruz : noises
Nils Asheber : spoken words
Revolt Against State Simulated Stockholm Syndrome
1-1 The Serpent Devouring The Banker
1-2 Swamp Thing To Drain The Swamp America Worst
1-3 Riddance Of Rulers
1-4 The Go-to Guy In The Rare Instance That Subcultural Credibility Is Required Vending For Establishment Institutions / The Camae Cocksuck Complicité
1-5 Mmere Dane
1-6 Jobs-Growth-Death-Apocalypse
1-7 Mike Pompeo Assassination Strategy
No Justice = Justification
2-1 Societal Destruction And The Austerity Abattoir – Homan Square – Gezi Park – Elm House Rana Plaza – Tian Jin Crater – Moria Reception Centre
2-2 Child Killer Given A Knighthood By Thrice Disgraced Necrophile For Crimes Against Humanity (The Kushner-Kohn-Kissinger-Carcino Gen)
2-3 Knocking
2-4 Moai-Maya-Mishin
Produced For Gosh-Glut-Godadtsu-Disruptions Un-Incorporated by Kikanju Baku
公式サイト gakishidosha.net
●ロンドンの覆面ドラマー、キカンジュ・バクの反逆の即興音楽。
Kikanju Baku(キカンジュ・バク)という奇妙な名前のドラマーの存在を知ったのは、ロスコー・ミッチェルの2014年の連作アルバム『Conversation』『Conversation II』だった。ニューヨーク即興シーンで活躍するピアニストのクレイグ・テイボーンを加えたトリオ作のジャケットで、顔をニット帽で隠した不審者めいた男が、機関銃のようなブラストビートで大ベテランのロスコーと対等に渡り合っている。2017年にリリースされたロスコーの2枚組ライヴ『Bells For The South Side』にもキカンジュ・バクが参加している。ライナーノーツによれば、2人の出会いは、キカンジュ・バクから届いた大胆な売り込みメールで音源を聴いて感銘を受けたロスコーが、2013年のロンドン公演の際、キカンジュを飛び入りゲストに抜擢したのがきっかけだという。
ロンドン在住の覆面ドラマー、キカンジュ・バクは、自らの主宰レーベルをはじめ、アンダーグラウンドな自主レーベルから20作を超えるCD、CD-R、カセットテープ作品を発表している。にもかかわらず彼の情報がネットメディアやSNSに登場することはほとんどない。なぜなら彼は一切のSNSを使わないからである。そのうえ社会権力や大国主義が大嫌いで、トランプが大統領でいる限りアメリカ(キカンジュの表現ではU$A)には足を踏みいれないことを表明している。ロンドンの権威主義的なジャズ・シーンとも距離を置き、自らの手で演奏場所を作り出し、独自ルートで世界に発信している。そんなエクストリームなD.I.Y.主義者の思想とスタイルが最も分かりやすく表明されたのが、クリス・ピッツィオコスも参加している本作である。
キカンジュの自主レーベルEthnicity Against The Error(偽りに対抗する民族性)から2019年11月に限定500セットでリリースされたCD2枚組『Revolt Against State Simulated Stockholm Syndrome(国家が刺激したストックホルム症候群への反乱)』『No Justice = Justification(正義がないこと=正当化)』。アーティスト表記は、Kikanju Baku and Citizens of Nowhere(無国籍市民)となっているが、ひとつのバンドではなく、3つのユニットを総称した”民族(Ethnicity)”としての総称である。
3つのユニットとは、
・Concussion Projectile Trio:Chris Pitsiokos (as) +Luke Stewart (b) + Kikanju Baku (ds)
・Condign:Mad Hwa (vo) + Reg Bloor (g) + 886VG a.k.a.Ignacio Ruz (noise) + Kikanju Baku (ds)
・Nils Asheber (spoken words)+Kikanju Baku (b,ds)
クリス・ピッツィオコスとワシントンDC出身のベーシストとの即席トリオは「コンカッション・プロジェクタイル・トリオ(脳しんとう発射トリオ)」と名付けらている。ピッツィオコスによると、キカンジュ・バクから何の自己紹介もなく突然連絡が来て、ロンドンで一緒にレコーディングをしないかと誘われ、2018年1月にロンドンを訪れ、キカンジュの自宅スタジオでレコーディングが行われたという。「キカンジュはとても面白い男だ。素晴らしいドラマーで、ちょっとウィーゼル・ウォルターに似ている。極端なほど独自の主義主張を貫いていて尊敬しているよ」とピッツィオコスは語る。6曲収録された完全即興による荒削りながらもエネルギッシュなセッションは、2015年に筆者が初めてピッツィオコスを聴いた時の新鮮な衝撃を思い起こさせる。そのパッションの原動力は、従来の即興音楽とは異なる物音/ノイズ的なトラッシュ感覚にあふれたキカンジュのドラミングである。
このトリオだけでも十二分に刺激的だが、輪をかけてカオスを生み出しているのが他の二つのユニット。「コンダイン」はジャンクでローファイなノイズコア。エレクトロニクスとスラッシュ・ギターとスクリームが生み出す一切の妥協のないノイズの嵐を、竹を割るようなキカンジュのブラストビートが解放へと導く。一方、詩人・ラッパーのニルス・アッシュバーとのデュオでは、キカンジュがアップライトベースをプレイし、社会的メッセージを籠めた即興アジテーションを力強く支える。
戦場・軍隊・難民・差別をテーマにしたタイトルと、世界中の政治家や宗教者や兵隊の写真をコラージュしたアートワークは、”Rebel Music(反逆の音楽)”と呼ばれた初期のパンク、レゲエ、ラップ・ヒップホップなどに通じる精神性が貫かれている。キカンジュ・バクの世界は、まさしくImprovised Rebel Music(反逆の即興音楽)に違いない。
肝心のこのアルバムの入手方法だが、SNS嫌いのキカンジュだから当然のことながらダウンロード配信やストリーミングで聴くことはできない。唯一の公式情報源である「がきしどしゃ」と名付けられたキカンジュ・バクの公式サイトからのメールオーダーしか方法がない。サイトには、政治・犯罪・風俗・社会問題に関連する夥しいステートメント(声明)が綴られていて、日本人はもちろん、おそらく英語圏の人でも理解が難しそうなスラングや造語のオンパレード。日本語やハングルを交えたB級エログロ・ナンセンスなグラフィックアートは文化的ミクスチャーの表れだろう。また、配信等に代わるサービスとしてサイト上で音源が試聴/無料ダウンロードできる。キカンジュ・バクが創造する訳のわからなさ・混沌・曖昧性は、地下音楽の醍醐味のひとつであり、ケイオティックで挑発的な音楽スタイルと共に、好奇心が刺激されて止まない。(2020年6月4日記)
Concussion Projectile Trio / Enko Ecto Explo ep(別音源4曲入EPがダウンロード可)
https://www.gakishidosha.net/wp-content/uploads/2019/01/Concussion-Projectile-enko-ecto-explo-EP.zip
キカンジュ・バクの次作は、今は亡きニューヨークのバリトンサックス奏者ハミエット・ブリューイットと、ジェームズ・ブランドン・ルイス(ts)、ルーク・スチュワート(b)とのカルテット作だというからますます興味深い。リリースの際にはロング・インタビューの掲載を予定している。
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