#1992 『The Dorf / Phill Niblock - Baobab / Echoes』
Text by 剛田武 Takeshi Goda
CD/DL : Umland Records 31
The Dorf:
Marie Daniels – vocals
Hanna Schörken – vocals
Maika Küster – vocals
Oona Kastner – vocals/ keys
Julia Brüssel – violine
Martin Verborg – violine
Ludger Schmidt – cello
Emily Witbrodt – cello
David Heiss – trompete
Moritz Anthes – posaune
Max Wehner – posaune
Adrian Prost – posaune a
Lex Morsey – tuba
Sebastian Gerhartz- saxofon
Felix Fritsche- saxofon
Florian Walter- ewi/ saxofon
Stefanie Heine- saxofon
Luise Volkmann- saxofon
Andreas Wahl – gitarre
Christian Hammer – gitarre
Raissa Mehner – gitarre
Serge Corteyn – gitarre
Oliver Siegel – synth
Guido Schlösser – keys
Fabian Neubauer – keys
Anja Kreysing – keys
Gilda Razani – theremin
Achim Zepezauer – electronic
Kai Niggemann – electronic
Johannes Nebel- bass
Volker Kamp – bass
Simon Camatta – drums
Marvin Blamberg- drums
Jan Klare – saxofone airmovement
Denis Cosmar – sound
Disc 1 : Baobab
1. Baobab
Disc 2 : Echoes
1. Rich
2. F-Lan
3. Split
Baobab by Phill Niblock
Rich/ F-lan/ Split by Jan Klare
Recorded at Domicil, Dortmund on September 19, 2019
Recorded and mixed by Denis Cosmar
Graphic design by Achim Zepezauer
ドイツの異能集団即興ビッグバンドのミニマル・ドローン・ハードコア
ザ・ドーフ The Dorfは2006年にサックス奏者・作曲家のヤン・クラーレ Jan Klareを中心にドイツのルール地方(ドルトムント~エッセン)の即興演奏家の集合体として結成された。毎月ドルトムントのクラブDomicilでセッション・コンサートを開催するうちにメンバーが固定され定期的に活動する大規模編成のビッグバンドになった。2017年に初来日したサックス奏者フローリアン・ヴァルター Florian Walterも2010年からこのバンドに参加しており、彼から30人のビッグバンドと聞いたとき(⇒インタビュー)、”ドイツ版渋さ知らズ・オーケストラ”とか“21世紀のGlobe Unity Orchestra”というイメージが頭の中に浮かんだ。しかし、試聴サイトで彼らの演奏を聴いてみて、渋さのお祭り感覚やGlobe Unityの集団即興とは全く異なる、静的でシリアスなサウンドに驚いた。ジャズや即興音楽というより、コンテンポラリー/現代音楽の要素を強く感じさせるスタイルは、同じドイツのベルリンを拠点に活動する実験音楽アンサンブル、ツァイトクラッツァー Zeitkratzerに近い。1997年に結成され、クラシック/現代音楽/フォークミュージック/ロック/ノイズといった様々なジャンルと並列に取り組み、スタイルやジャンルを超越したコラボレーションを実践する10人組のツァイトクラッツァー(⇒ライヴレポート)と同じように、30人編成のザ・ドーフもジャンルを横断したユニークな試みを追求している。
Covid-19のため配信ライヴとして開催された今年のメールス・フェスティヴァルでは、初日の2番手として登場し、ベートーベン250周年に因み、交響曲第5番「運命」を大胆にデフォルメした演奏で、コロナ禍で苦しむ世界をカリカチュアライズしてみせた。密を避けるべく30人のミュージシャンがステージエリアに微妙な距離を保ちながら、クソ真面目な表情で逸脱したパフォーマンスを繰り広げる映像から、”Social Distancing”という標語を逆手に取ったレジスタンス精神が伝わってきた。緊急事態宣言真っただ中の日本から観ると、遥か彼方の異世界の非日常的な光景に感じられて、コロナ禍以前の日常が崩れつつある現実に改めて気づいた瞬間であった。
自粛解除後初のザ・ドーフの新作が、2017年に自ら設立したレーベルUmland Recordsからリリースされた(ドイツ語でDorfは「村」、Umlandは「周辺」という意味)。2019年9月19日ドルトムントDomicilでのライヴ録音で、アメリカの前衛作曲家/映像作家フィル・ニブロック Phil Niblockの作品を素材とした2枚組90分の大作である。1933年に生まれ、60年代からデューク・エリントン、サン・ラからジョン・ケージ、オノ・ヨーコまで先鋭的な音楽家とコラボレーションするニブロックは、世界的なミニマル/ドローン・ミュージックの大御所として知られる。
Disc 1は、ニブロックが2011年にオーケストラのために作曲した23分のドローン組曲「Baobab」を、なんと倍の46分に拡大したライヴ・パフォーマンスを収録。筆者はヘッドフォンで聴取した。当然我々は録音された音源で聴くわけだから、ライヴ会場と違って長時間ほとんど変化のないドローンが続く間、神経を研ぎ澄まして演奏だけに集中することは難しい。最初の内は視界に入る日常風景や周囲のノイズに気が散っていたが、次第に嵐や地響きのような音のクラスターが頭の中で反響しはじめ、20分を過ぎた辺りから耳たぶが熱くなり、思考回路に雲がかかり、意識が朦朧としてくる。演奏されていないはずのサイレンや汽笛や雷鳴や地鳴りや叫び声の幻聴。その心地よさに身を任せるが不思議と睡魔は感じない。40分を過ぎたころから、今度は終わりが来るのが楽しみになってくる。そして唐突に音が消えると、頭の中にピーッという残響だけが残された。コンサートの場でこの演奏を体験するとまた違った感慨があるだろうが、人体に与える幻覚効果は同じかもしれない。
20分の休憩のあと、第2部では「Baobab」にインスパイアされて、ヤン・クラーレが作曲した楽曲が3曲演奏された。つまり「Baobab」の「残響=Echoes」という訳である(Disc 2)。M1「Rich」はスタッカート音の断続的なループ演奏。「Baobab」の人力リミックスといった趣向。M2「F-Lan」も同じく断続音のループだが、非連続的なリズムと音程の変化により、エモーショナルなダイナミズムを持っている。ヴォーカルを交えたミニマルオペラは、CANやファウスト、NEU!などクラウトロックに通じる。M3「Split」はさらにスピードと音数を増し、フィリップ・グラス『浜辺のアインシュタイン』のパンク・ヴァージョン、もしくはミニマル版Mass Projection(集団投射)のように感じた。
かねてよりドローン・ミュージックは究極のストイシズムだと感じていたが、ザ・ドーフによるエネルギーあふれる解釈により、究極のハードコアでもあることを実感した。単なるジャンルの越境や融合に留まらず、音楽の本質を露わにするザ・ドーフの思索的諧謔精神が今後世界にどんな幻覚効果を与えるのか、興味は尽きない。(2020年7月4日記)