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CD/DVD Disks~No. 201

#1137 『陰猟腐厭/初期作品集 1980-82』

text by Takeshi Goda

EM Records EM1127CD  ¥2500(税抜)

陰猟腐厭:
増田直行(g)
大山正道(key)
原田淳(ds)

1.妥協せず Dakyo Sezu (Uncompromising) 8:40
2.狙いネコ Nerai Neko (The Scheming Cat) 6:49 +
3. ハンマー・クロック (Hammer Clock) 4:16
4. グランド・ロック (Ground Rock) 23:50
5. 森の記録 Mori No Kioku (Record of the Forest) 9:38 +
6. 空より降りて来しもの Sora Yori Orite Kisi Mono (That Which Falls from the Sky) 11:00
+ CD only track

陰猟腐厭「妥協せず」ソノシート
陰猟腐厭「妥協せず」ソノシート

 

時代からはみ出し続けるネームレス異端トリオの初期作品集

70年代末~80年代初頭にかけて日本の地下音楽界に出現した新しい波は、東京だけではなく、隣接する横浜でも独特な音楽の奔流を産んだ。のちに『横浜サイケデリック・ビート』と呼ばれることになるシーンの一翼を担ったバンドのひとつが陰猟腐厭(いんりょうふえん)という三人組だった。1978年に結成。横浜のロック喫茶「夢音」を拠点にライヴ活動し、夢音の自主レーベル「クラゲイル・レコード」からソノシート『妥協せず』(1981)、7インチシングル『品品』(1982)、12”LP『陰猟腐厭』(1984)をリリース。

33年前に購入した『妥協せず』は、同じフレーズを繰り返す催眠的な演奏に学生運動家のアジ演説がオーバーラップする扇情的な作品だった。クレジットには、演説はバンドと無関係なハプニングである旨の但し書きがある。いわば事故音源を大切な最初の作品として発表する意図が図りかねて、ビルに突入する破壊工作員のようなジャケット写真と相俟って、当時予備校生だった筆者の頭に混沌としたイメージを植え付けた。その頃”ニューウェイヴ”と呼ばれたサブカル系メディアでは、太平洋戦争のスローガン、過激派思想、猥褻写真、屍体愛やSM趣味など、ワザと悪趣味で差別的な文章や写真を掲載し、センセーショナルなイメージを喚起する風潮があった。それが醸し出すキッチュなナンセンス感は当時の流行でもあった。

しかし、陰猟腐厭に虚構やポーズはない。『妥協せず』がライヴ録音された神奈川大学は、当時学生運動の最後の砦とされ、全学バリケード・ストライキや内ゲバがあったという。深夜のロック・コンサートに活動家が乱入し、マイクを奪って演説を始めたハプニング。PAエンジニアが声にエフェクトをかけて妨害する。バンドはそれを無視して淡々と演奏を続ける。この三者による時代を切り取ったドキュメンタリーなのである。

ヴィヴィッドに時代を映し出す一方で、無記名的な曖昧模糊とした(非)存在感も特徴的だった。EP『品品』とLP『陰猟腐厭』にはタイトルも曲名も記載されていない。LPに至ってはジャケットもレーベル面も真っ白の匿名作品だった。「これじゃ売り物にならない」とクレームが付き、一枚一枚マジックでバンド名を手書きしたという。高校生の時にシュールレアリスム研究会で出会った3人は、音楽であれ文学であれアートであれ、何事も決め事なしの、瞬間瞬間の表現を形にしては、置き去りにするように発表してきた。即ち「シュールレアリスムの”自動記述”の音への転換」というコンセプトである。自動記述だから、表題のつけようがなく曲名なし。聴き手の自由な感性に任せようという意志の現れだったのかもしれない。陰猟腐厭というバンド名は、人から忌み嫌われる漢字を思いつくまま全て書き出し、その中でゴロのいい文字を並べて決めたと言う。

そんな活動をしていたから、魑魅魍魎が跋扈する80年代地下音楽シーンでもとりわけ異端の存在だった。彼らが残した幻の作品に、30年以上経ってタイトルが付され、当時の意志を保ち続けるメンバー自身の手で完全盤として復活した。経緯についてはメンバーの原田淳自身によるライナーノーツに詳しい。全曲収録のCDに加え、2曲少ないアナログLPもリリースされた。

トニー・コンラッド&ファウストにインスパイアされた「妥協せず」(当時カットされた冒頭部分を含む完全版で収録)以外は、すべて完全即興演奏。ロックやジャズ、現代音楽といった音楽ジャンルに収まり切らないアマルガム音響は、プリミティヴな表現衝動の発露であり、特定の手法やスタイルに限定されることを拒否している。30年以上昔に記録された演奏だが、その独自性は現在、いやさらに30年後に聴いても失われることはないだろう。音楽ジャンルは勿論、時代からもはみ出した異端の演奏行為と意志の記録である。
(2014年9月28日記 剛田武)

剛田武

剛田 武 Takeshi Goda 1962年千葉県船橋市生まれ。東京大学文学部卒。サラリーマンの傍ら「地下ブロガー」として活動する。著書『地下音楽への招待』(ロフトブックス)。ブログ「A Challenge To Fate」、DJイベント「盤魔殿」主宰、即興アンビエントユニット「MOGRE MOGRU」&フリージャズバンド「Cannonball Explosion Ensemble」メンバー。

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