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CD/DVD DisksNo. 271

#2020 『No Tongues / Les voies de l’Oyapock』

Text by 剛田武 Takeshi Goda

LP/CD/DL : Ormo Records ‎– 316544452341775WV

Matthieu Prual – saxophones and bass clarinet
Alan Regardin – trumpet, cornet, objects
Ronan Courty – double bass and objects
Ronan Prual – double bass

1. Pirogue
2. Suite Tule
3. Mbatui
4. Tortue Géniale
5. Tourner Gibier
6. Troisième Saut
7. Moyutule
8. Général Paku
9. Kami Kami

Recorded and mixed by Mathieu Fisson at Studio Arpège (les Sorinières, France) in june 2019.
Mastering : Sebastien Lohro
Artwork : ANTOINE BAILLARGEAU

Bandcamp

フィールド・レコーディング+即興コンポジション。フランスの若手カルテットが提示する自然とのコラボの在り方。

今年4月~5月の緊急事態宣言による外出自粛期間に、生活必需品の買い出し以外に唯一外出するのは、ジョギングを兼ねた近隣の都立公園の散策だけだった。交通機関や経済活動がほとんど停止し、定期的な市役所の警報アナウンス以外は静まり返った公園で、木々の間を吹く風の音や、鳥の囀りや虫の声といった自然の音の魅力に気が付いた。街の喧騒の中にこれほど美しく想像力豊かなサウンドが潜んでいたとは、普通に生活していたら気がつかなかっただろうし、もし気づいても日常に追われて忘れてしまったに違いない。さっそくデジタル・レコーダーを持ち出して、公園の自然の音を録音(フィールド・レコーディング)した。その素材にレコードや楽器演奏を多重録音してMIX音源を作ったりもした。(⇒参考記事:リモート時代の即興音楽

他方、数年前から海外の音楽ファンの間で「環境音楽」や「アンビエント・ミュージック」への興味が高まっており、日本のアンビエント音楽やニューエイジ・ミュージックが発掘され人気を得る現象が起こっている。その人気は日本へも飛び火して、人工的な音楽だけではなく、自然に寄り添った音楽やフィールド・レコーディングへの興味が一部の音楽マニアの間で高まっている。

そういう流れの中で密かな話題を呼んでいるのがNo Tongues(言葉いらず)というフランスのグループである。トランペット、リード楽器、ダブルベース×2という変則的な編成のカルテット。メンバーの詳しいバイオグラフィーは分からないが、4人とも2010年前後から活動する若手ミュージシャンで、ジャズや即興音楽だけでなくエレクトロクスや現代音楽の分野でも活動しているようだ。2016年頃にNo Tonguesとして活動を開始。2018年にリリースした1stアルバム『Les Voies Du Monde(世界の道)』は、世界中の声のフィールド・レコーディングを集めたアンソロジー・アルバム『Les Voix Du Monde (Une Anthologie Des Expressions Vocales) 』(1996)をモチーフに制作され、イヌイットやピグミー、チベット仏僧などの声と4人の即興演奏を絡めたプリミティヴでミニマルな作品だった。ユニークな試みとしてフランスだけでなく世界中の音楽メディアで評価された。

2020年2月にリリースされた2ndアルバムが本作『Les Voies De L’Oyapock(オヤポックの道)』である。2018年8月にフランス領ギアナとブラジル国境を流れるオヤポック川奥地に住むテコ族とワヤンピ族の村を訪れて、彼らの儀式やワークショップに参加してレコーディングした音源を基にして制作された。前作は既に録音された音源だったが、今回現地の人々と一緒に密林で3週間過ごした経験が、音楽のみならず文化と伝統への深い理解につながったという。アルバムは「ピローグ」というクルーザーでオヤポック川を遡るシーンからスタートし、現地の音楽家や祈祷師の歌・演奏や自然界の様々な音との出会いが音楽紀行のように展開される。時には民俗楽器との五重奏、時には祈祷師の祈りの背景音楽、時には原生林の騒めきに木霊するアンビエント・ミュージック。音のまにまに漂う濃厚なアミニズムは、アート・アンサンブル・オブ・シカゴの多楽器主義に通じるものがある。

民族音楽とジャズのコラボと言えばドン・チェリーの『Organic Music Society』(1973)や、オーネット・コールマンがモロッコのジャジューカと共演した「Midnight Sunrise」(『Dancing In Your Head』(1977)に収録)を思い出す。フィールド・レコーディングを使った即興音楽では、エヴァン・パーカーが鳥の囀りとコラボした『Evan Parker with Birds / For Steve Lacy』(2004)という異色作があった。しかしNo Touguesの方法論は本質的にチェリーやコールマンやパーカーとは異なる。単にフィールド・レコーディングと共演するのではなく、録音された音源を<テーマ(主題)>として曲を構築しているのである。だからメンバー個々のプレイは即興(Improvisation)だとしても、アンサンブルとしては作曲(Composition)であり、作品としては録音音源が主、No Touguesのパフォーマンスは従と言える。自らの演奏をフィールド・レコーディングの中に埋没させることにより、得てして自己主張の戦場になりがちな即興演奏を、情念の柵(しがらみ)から救出して、録音の原野(Recording Field)に解放する試みと言えないだろうか。

巷では「ウィズ・コロナ」の時代が来たと騒がしいが、Covid-19という災厄のおかげで再認識された<自然>との共生、つまり「ウィズ・ネイチャー」こそ、我々人類が本気で取り組むべき課題に違いない。No Touguesの疑似民俗音楽は、自然と人類の芸術的コラボレーションの新たな形を予感させてくれる。(2020年10月28日記)

 

剛田武

剛田 武 Takeshi Goda 1962年千葉県船橋市生まれ。東京大学文学部卒。サラリーマンの傍ら「地下ブロガー」として活動する。著書『地下音楽への招待』(ロフトブックス)。ブログ「A Challenge To Fate」、DJイベント「盤魔殿」主宰、即興アンビエントユニット「MOGRE MOGRU」&フリージャズバンド「Cannonball Explosion Ensemble」メンバー。

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