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Jazz and Far Beyond

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CD/DVD DisksNo. 272

#2033 『Han-earl Park, Catherine Sikora and Nick Didkovsky / Eris 136199 : Peculiar Velocities』
『パク・ハンアル|キャスリーン・シコラ|ニック・ディドコフスキー/Eris136199:特異速度』

Text by 剛田武 Takeshi Goda

busterandfriends.com BAF002

Han-earl Park: guitar.
Catherine Sikora: saxophone.
Nick Didkovsky: guitar.

1. Ballad of Tensegrity I
2. Ballad of Tensegrity II
3. Peculiar Velocities I
4. Peculiar Velocities II
5. Sleeping Dragon
6. D-Loop I
7. D-Loop II
8. Polytely I
9. Polytely II: Breakdown
10. Anagnorisis I
11. Anagnorisis II

Music by Han-earl Park, Catherine Sikora and Nick Didkovsky.
Recorded by Sean Woodlock. Mixed by Han-earl Park.
Mastered by Richard Scott.
Design and artwork by Han-earl Park.

Bandcamp

明滅する三つの速度の異境和音

「狂気の脳外科手術を聴覚から施術されるような」(a Jazz Noise)と評される即興トリオEris 136199の3rdアルバムにして初のスタジオ録音作品。アルバム・タイトルは天文学用語の「特異速度」からきている。ユニット名からして太陽系を回る小惑星の名前に由来するほどの天体マニアのギタリスト、パク・ハンアルの命名による。特異速度を辞書で調べると“《1》銀河などの速度のうち、「実際の速度」と「ハッブルの法則から予想される速度」の差に当たる部分。《2》天体(恒星など)の局所静止系に対する速度”と説明されており、正確なところは筆者には理解不能ではあるが、普通じゃない・異常な・気の狂ったスピードと考えれば、立派な音楽用語として通用する。「俺は季節を超えるスピード感を持ちたい」と言いながら早世したサックス奏者もいるくらいだから、速度とは即興音楽表現に於いては特別な意味を持つキーワードと言えるだろう。

しかしながら、パク・ハンアル(g)、キャスリーン・シコラ(sax)、ニック・ディドコフスキー(g)からなるEris 136199が志向する「速度」とは、速さ(量)だけを意味するSpeedではなく、方向(ベクトル)と速さ(量)の両方を加味するVelocityである。「ぼくは誰よりも速くなりたい」と叫んで暴走の果てに独り燃え尽きるのではなく、質量×速度=運動量、もしくはニュートン力学において質量と速さの二乗に比例する運動エネルギーを内包した運動体(演奏体)の発する光を聴覚化することが、彼らの願望なのである。ニック・ディドコフスキーがライナーノーツにこう書いている。

「10代前半の頃、私は友人と一緒に点滅するライトボックスを作りました。バックパネルと偏光ガラスの間に段ボールを切り抜いた型とクリスマスツリー用の点滅ライトを設置して電源を入れる。すると、切り抜きの隙間からライトが放つ光が、偏光ガラスを通して色のついた形を映し出し、予測不能に変化したり明滅したりします。それを見ながらレコードを聴くと、音のセンサーがないのに、光と音楽が同期して、音楽のリズムや変化に合わせて、ライトの形や位置や色が変化していくように感じて驚きました。」

それは、相関関係のない光(視覚)と音楽(聴覚)が頭の中で関連付けて知覚される一種の錯覚と言えるだろう。Eris 136199のパフォーマンスはその体験によく似ているとディドコフスキーは語る。相手のプレイを意識して、コール&レスポンスで反応しながら音楽の流れを作るのは即興演奏のひとつのスタイルである。しかし彼らのアンサンブルの方法論は異なる。その場で適切と各自が判断する奏法・旋律・リズムを個人の責任で奏でることに専念して、3人のプレイが衝突と融合を繰り返すことで、結果的に予測不能なサウンドを生み出すことを信条としている。3つの異なる平行した自然のプロセスが同時に起こることで知覚される集団即興演奏は、10代の少年を驚かせたライトボックスと同じように、忘れられない新鮮な驚きと歓びを与えてくれる。

2019年のヨーロッパツアーの合間にロンドンの Hackney Road Studiosでレコーディングされた本作は、過去2作に比べて驚異的に音の分離がよく、左チャンネルのハンアル、右チャンネルのディドコフスキーの2つのギター・ノイズと、中央に立つシコラの対照的にメロディアスなサックスが脳内で衝突・融合し、神経を活性化して脳全体を刺激する快感を与えてくれる。それはあたかも地球外の異境から到来した明滅する運動エネルギーによって脳外科手術を施されるような驚喜の頭脳改革体験である。(2020年12月1日記)

剛田武

剛田 武 Takeshi Goda 1962年千葉県船橋市生まれ。東京大学文学部卒。サラリーマンの傍ら「地下ブロガー」として活動する。著書『地下音楽への招待』(ロフトブックス)。ブログ「A Challenge To Fate」、DJイベント「盤魔殿」主宰、即興アンビエントユニット「MOGRE MOGRU」&フリージャズバンド「Cannonball Explosion Ensemble」メンバー。

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