#2053 『Toshiyuki Hiraoka / Waterphone II』
『平岡 俊之 / ウォーターフォン2』
Text by 剛田武 Takeshi Goda
DL/CD: Edgetone EDT4218
Waterphones, recorded & mixed : Toshiyuki Hiraoka
1. The Inception(はじまり)
2. Moulting(脱皮)
3. XDM
4. Haze(霞)
5. Swarm(群れ)
6. Disappering Soul(消滅する魂)
7. Rewind(巻き戻し)
8. Seduction(誘惑)
9. Inox(錆びない鋼鉄)
10. Reason(理由)
11. Particle of Matter(物質の粒子)
12. Nothing(無)
13. Quiet Energy(静かなるエネルギー)
14. Maboroshi(幻)
15. Dethaw(解凍)
Special thanks to William Westwater and Rent Romus
All of the waterphones in the album crafted by Richard A. Waters and Brooks Hubbert
Artwork by Hirotaka Suzuki
日本から世界へ発信する「即興瞑想音響」
ウォーターフォンという楽器をご存じだろうか?金属の鳥籠状の骨のような突起部分を叩いたり弓で擦ったりして音を出す創作楽器である。筆者は灰野敬二のパーカッション・ソロで初めて見た。灰野の場合、どんな楽器もマニュアルにない反則ともいえる奏法で自分の音楽にしてしまう独特のものだが、ウォーターフォンはその個性的なフォルムのせいで、灰野がどんな演奏、例えば振り回したり、床に擦りつけたりしても、楽器=オブジェとしてのオリジナリティは崩さないままで灰野の音楽に共鳴しているように思えた。
1960年代にアメリカの芸術家リチャード・ウォーターズがチベットのウォータードラムとアフリカのカリンバをヒントに発明したウォータフォンは、中に水を入れて角度を変えることで音が変化するが、金属のボディの共振で生まれる倍音が非日常的なサウンドを作り出すので、アコースティック・シンセサイザーと形容されている。映画やテレビドラマの効果音として、特にミステリーやサスペンスの緊張や恐怖を表す場面で使われることが多い。だから音を聴いたことのある人は多いが、どういう楽器かはあまり知られていない。そういう意味ではテルミンやミュージカル・ソーに似ているかもしれない。
この不思議な楽器のソロ演奏を収録したアルバムがアメリカ西海岸のアンダーグラウンド・レーベルEdgetoneから登場した。しかも演奏者は日本人である。いったいなぜ、と思いながら聴いてみると、冒頭から最後までこの世のモノとは思えないような異次元世界の音響が溢れ出す「My music is weirder than yours(私の音楽はあなたの音楽よりもっと奇妙だ)」というEdgetoneのキャッチコピーにピッタリのストレンジ極まりない作品だった。Edgetoneのオーナーでサックス奏者のレント・ロムスによると、リリース打診のメールが来るまで平岡のことは知らなかったが、ウォーターフォンのことはよく知っており、発明者のリチャード・ウォーターズとも知り合いだった。さらにロムスはSFやホラーのインディペンデント映画が大好きなので、平岡がその分野で仕事をしていることを知り興味に火がついた。奇妙な楽器のサウンド、音楽を創造するユニークな方法、映画のバックグラウンド、その三つが決め手になり平岡をEdgetoneファミリーに迎えることに決めたという。
アルバムの最初から最後まで、アブストラクトな音色が金属的な反響を伴なってスピーカー(またはヘッドフォン)の左右を飛び回り、深くリバーブのかかった打撃音が溶けるように脳神経に浸透する不思議な聴取体験はインスタレーションに似ている。タンジェリン・ドリームやクラウス・シュルツェを思わせるメディテーション・ミュージックのようでもあり、環境音楽/アンビエント・ミュージックのようでもあり、フィールド・レコーディングのようでもあるが、本質的には生楽器の即興演奏のドキュメントである。いわば一人の演奏家の意志に貫かれた“Improvised Meditation Music(即興瞑想音楽)”と呼ぶのが相応しい。抽象的な音響の連なりが醸し出す映像的なストーリーは、楽曲タイトルを参考にするとより具体的にイメージできるだろう。もちろんタイトルは無視して、自分なりの想像力を膨らませるのも楽しい。
演奏者の平岡俊之は1964年横浜生まれ。中学時代にディープ・パープルを聴いてロックとエレキ・ギターにのめりこみ、その後すぐにパンク、ポストパンク、ニューウェーブにのめりこんだという。80年代中頃から自分で録音したカセット・テープをリリースしたり、海外の人たちと交換する、いわゆるカセット・カルチャー・シーンで活動し、その繋がりでフランスでNONONOというバンドをやったり、英仏のミュージシャンとコラボしたりした。特に高校時代からファンだったイギリスのゴシック・パンク・バンド、Virign Prunesのオリジナル・メンバーのDave-iD Busarasとは2枚のコラボ・アルバムをリリースし、海外のオルタナ系ロック・シーンで名前を知られることになった。他にもシンセサイザーやオシレーターを使ったソロ・アルバムをリリースしている。
ダンス・ショーの音楽を頼まれたのがきっかけで劇判に興味を持ち、HPを作って少しプロモーションした結果アメリカ映画の仕事を始めることとなり、現在までに60作近いアメリカ映画(主にホラー映画)の音楽を手掛けている。Toshiyuki Hiraoka Filmography
ウォーターフォンとの出会いはアメリカの音楽家Todd Bartonのデモ動画をネットで見たこと。不思議な音に惹き込まれ、直ぐに開発者のRichard Watersと連絡を取り注文したという。自分にとって「運命の楽器」だと言う。2015年に初のウォーターフォン・ソロ・アルバム『Waterphone』を自主制作でデジタル・リリース。100万回以上DL・再生されるヒットになった。
好きなミュージシャンは、 Alessandro Cortini(ソロ)、ヴォイチェフ・キラール。惑星探査機ボイジャーが地球へ送ってきた音声を集めたアルバム『NASA Voyager Space Sounds』を愛聴しているという。現在はスコットランドのWilliam WestwaterとのバンドThe Pandemonium Bureauと、ソロの音楽制作が活動の中心で、今後はウォーターフォンのライヴに力を入れたいと語る。このユニークな楽器の生演奏が聴ける日が早く来ることを祈っている。(2021年2月2日記)
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