#1268 『板橋文夫FIT! / みるくゆ』
MIX DYNAMITE MD018 2315円+税
板橋文夫 (p, pianica, perc.)
瀬尾高志 (b, perc)
竹村一哲 (ds, perc)
Special guest:
類家心平 (tp)
纐纈雅代 (as)
レオナ (tap dance)
堀越千秋 (cover art)
1. さとうきび畑
2. 美ら海を汚すな!
3. テンヤワンヤ
4. 転んだ!転んだ!転んだ後の杖
5. しゃがみ込む、そしてまた明日を生きる
6. Aldan-Maadyr
7. F・U・K・U・S・H・I・M・A
8. EAST~毎日が革命だ~
9. チバリヨーうちなー!
Recorded at 野木エニス小ホール on 22nd, 24th, 25th June 2015
タイトルの「みるくゆ」とは、沖縄のことばで「弥勒の世」を意味する。それは、特に近代から現代に至るまで、日本(ヤマト)によって抑圧され、利用されてきた沖縄が希求する先にある世界なのかもしれない。
板橋文夫と沖縄との結びつきは決して短くない。1997年には、沖縄への旅を結実させたような作品『うちちゅーめー お月さま』を発表している。「てぃんさぐぬ花」「えんどうの花」といった琉球民謡や、沖縄出身の詩人・山之口貘の詩にフォーク歌手・高田渡が曲を付けた「生活の柄」などを、いとおしむように演奏していたことが、心に残る作品だった。
本盤の冒頭においては、「さとうきび畑」が、大事に演奏される。沖縄の施政権が日本に返還される前に、日本から訪沖した作曲家の寺島尚彦が、住民の4人に1人が亡くなったと言われる沖縄戦の犠牲者のことに思いを馳せて作った曲である。「ざわわ、ざわわ」という風の音には、抑制された悲しみや怒りや記憶が込められているという(もっとも、実際にさとうきびがそのような音を発することはなく、視線が沖縄の外部から来たものによる限界だという指摘もある)。ここでは、うたを絞り出す肉体を強く感じさせる類家心平のトランペット、無数の声なき声を想像させるレオナのタップが、強烈な印象を残す。
板橋文夫は、基地建設が強行されている沖縄の辺野古にも、東日本大震災の被災地にも足を運んでいる。「さとうきび畑」を含め、本盤の演奏曲に横溢しているものは、人々を苦しめてやまない理不尽な力に抗する激情、そして、抒情である。その両方を、この稀代のピアニストは、社会運動という形(のみ)ではなく、見事なまでに音楽という形に昇華してみせている。
東京の駒込に、沖縄独立の拠点たらんと志す「東京琉球館」という小さなスペースがある。板橋文夫も定期的に演奏している場だ。あるとき筆者は、ピアノを弾く激しさのあまりに、黒鍵のひとつが宙に弾き飛ばされていく瞬間を目撃した。彼の音楽には、ハッタリもゴマカシも皆無なのである。(なお、黒鍵が剥がれた跡には板橋文夫によりサインが書き込まれ、再び接着されたことを書き添えておく。)
本盤は、類家心平の魅力的なトランペットに加え、音の密度がとても高い纐纈雅代のアルトサックス、目覚めよとばかりに音楽全体を下から揺り動かす瀬尾高志のベースなど、聴きどころがとても多い作品でもある。