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CD/DVD DisksNo. 278

#2087 『Total Knock Out Orchestra』

Text by Akira Saito 齊藤聡

Total Knock Out Orchestra:
Yuta Yokoyama 横山祐太 (trumpet)
Shoji Sugawara 菅原昇司 (trombone)
Yoshiyuki Tsubota 坪田佳之 (tuba)
Yoshinori Okuno 奥野義典 (alto sax)
Nonoko Yoshida 吉田野乃子 (alto sax)
Kim Yooi キムユウイ (tenor sax)
Hirotaka Takeuchi 武内宏峰 (baritone sax)
Yoshiaki Ikeda 池田伊陽 (guitar)
Hiroe Nakajima 中島弘惠 (piano)
Yasuhiko Tachibana 立花泰彦 (bass)
Shota Koyama 小山彰太 (drums)

1. East (Yasuhiko Tachibana)
2. West (Yasuhiko Tachibana)
3. South (Yasuhiko Tachibana)
4. North (Yasuhiko Tachibana)
5. Three Hills (Hiroe Nakajima)
6. 火曜日のブルース (Yasuhiko Tachibana)
All Arrangement by Yasuhiko Tachibana

Recorded by Yoshihiro Tsukahara 塚原義弘 (StudioRICCIO) on August 20, 2020 at SAPPORO COMMUNITY PLAZA CREATIVE STUDIO, September 15, 2020 at StudioRICCO (*guitar over dubbing)
Mixed by Yasuhiko Tachibana 立花泰彦
Mastered by Toshimichi Isoe 磯江俊道 (ZIZZ STUDIO)
Videographics: Toshishige Mizoguchi 溝口俊茂 “影像ひとり親方”, Masatoshi Ishida 石田雅年
Album Graphic Design: Hiroe Nakajima 中島弘恵
Associate Coordinator: Yoshiaki Numayama 沼山良明
Associate Producers: Koichi Yamamoto 山本弘市, Rika Matsunaga 松永吏加
Produced by Total Knock Out Orchestra
Special Thanks to Sumie Numayama 沼山寿美枝

福岡県出身のベーシスト・立花泰彦が北海道南部の浦河町に引っ越したのは2011年のことであり、それ以降、同地の映画館で月に1回のベースソロ演奏を行うなど地域に根差した活動を続けている。その成果は2020年にCD『大黒座2020年5月31日』として制作された。

そして本盤の「Total Knock Out Orchestra」もまた地域を押し出したグループであり、北海道出身(バンマスの立花以外)かつ北海道で活動するミュージシャンたちが集まっている。初演は2019年4月28日。もともと、立花、小山彰太(ドラムス)、奥野義典(サックス)が頭文字を取って命名したトリオ「T.K.O.」を母体としており、小山は2013年に北海道に戻り、奥野はもとより小樽を拠点にして道内外で注目を集めてきた。T.K.O.の『Total Knock Out』(ピット゜、2015年録音)は3人がリラックスして気持ちよく演奏する快作であり、また中島弘惠(ピアノ)らを加えた『猫の散歩 Live at蓬莱音楽館』(ピット゜、2017年録音)ではより緊張感を伴った演奏になっている。後者のライナーノートでは、立花自身が「一人で演奏すれば簡単なのですが、誰かと一緒に演奏する時にどれだけフリーでいられるか、ということが難しい。誰かと一緒に、しかしそれぞれが自由で、ということの難しさなのかな?」と書いているのだが、このオーケストラはその問いに対する答えでもあるのではないか。

かつて、高橋知己(サックス)と元岡一英(ピアノ)らが結成した「ザ・北海道バンド」という北海道出身者中心のグループがあり、小山もそのメンバーだった。だから、北海道印を打ち出した全国水準のバンドがなにも珍しいわけではない。だが、強い紐帯があるにはちがいない。たとえば、しばらくニューヨークの前衛シーンで目立っていた吉田野乃子(サックス)は2015年に帰郷して活動の拠点を北海道に移し、『アルトと身体 ダブル師弟対決』(2019年)に続き、本盤でも、高校時代に師事していた奥野と共演を果たしている。

冒頭曲の<East>では、立花のピチカートに続く小山独特の絶妙な積み上げ型のドラミングによりいきなり惹き込まれる。哀切な旋律のアンサンブルに宝石のように散りばめられた中島のピアノも素敵だ。ほどよく透き通った奥野のソプラノとなめらかなキムユウイのテナーとのソロ交換は対照的な音ゆえになおさら管楽器の快楽を伴ってゆく。他の管楽器も複雑な入れ子のように体を入れ替える。

立花はアルコで<West>を導入するのだが、中島のピアノと小山のみごとなブラシとが落ち着いて作り出す音世界の中にはピチカートで存在感のある楔を打ち込んでゆく。チューバやバリトンの低音管楽器によってサウンドが厚くなってもピアノとドラムスとが中心でプレイし、やがて、雲の切れ間から差す光のように奥野のソプラノが現れる局面などはとても気持ちがよい。

<South>は南の生物多様性に富む地域を意識したのだろうか、皆のディジェリドゥやマラカスやオカリナで音が散らされつつも次第に旋律世界を獲得する。坪田佳之のチューバはその重さにより時間を引きずり、ノリを生み出している。続いて登場する池田伊陽のギターは重力を上方向へと反転させ、両者のちがいがサウンドの複層的な速度となっているように感じられる。立花のベースは重い振り子のように流れを駆動している。

<North>の聴きどころは、虫の声から奇妙な生き物の叫び声まで振れ幅の大きい吉田のサックスである。息を呑んで聴いているうちに、周囲から別の音が流入してきて、吉田もそれに応じるおもしろさがある。終盤に菅原昇司のトロンボーンが主導するせつない音世界もよい。

<Three Hills>には賑々しい管楽器アンサンブルの快楽がある。ここでフィーチャーされる横山祐太のトランペットは、息のグラデーションゆえの色気を発散している。それがずどどどどとピアノの滝へとなだれこみ、小山のスティックとともに囃し立てられるのは愉快だ。

最後の<火曜日のブルース>における奥野のアルトの色気もまた特筆すべきであり、そのつややかさはジョニー・ホッジスをも想起させる。横山の人間的なトランペットと奥野のアルトとが中心となりつつも、中島のピアノや立花のピチカートがコード進行に乗るという気持ちよさをさらに豊かなものにしているようだ。

本盤は、メンバーひとりひとりの独自の音に注目を集めさせる仕掛けのあるすぐれた作品である。それに加えて、立花のバランスのよい音が終始存在感を発揮する、ベーシストならではのサウンドでもあると言うことができるだろう。

なお、本盤の販売は「投げ銭システム」によるものであり、500円を一口として聴いた者が何口でも支払うことができる形となっている。そして6口(3,000円)以上支払った者には、本盤と同じときに録画されたDVDが特典として送られる。特に人数が多いグループの演奏の動画を観ることは「なるほどこうだったのか」と理解させてくれる。CDにない音も収録されており、たとえば、なぜジャケット裏面に白鳥が描かれているのか、そして、それがいかに自由と結びついているのかについて納得することもできる。なかなか効果的なインセンティブの仕組みではないか。

(文中敬称略)

CD販売サイト「To Do – Hokkaido Music Garage –」:
https://todohokkaido.stores.jp/
問い合わせ先:
totalknockoutorchestra@gmail.com

齊藤聡

齊藤 聡(さいとうあきら) 著書に『新しい排出権』、『齋藤徹の芸術 コントラバスが描く運動体』、共著に『温室効果ガス削減と排出量取引』、『これでいいのか福島原発事故報道』、『阿部薫2020 僕の前に誰もいなかった』、『AA 五十年後のアルバート・アイラー』(細田成嗣編著)、『開かれた音楽のアンソロジー〜フリージャズ&フリーミュージック 1981~2000』、『高木元輝~フリージャズサックスのパイオニア』など。『JazzTokyo』、『ele-king』、『Voyage』、『New York City Jazz Records』、『Jazz Right Now』、『Taiwan Beats』、『オフショア』、『Jaz.in』、『ミュージック・マガジン』などに寄稿。ブログ http://blog.goo.ne.jp/sightsong

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