#2178 『sara (.es) / Esquisse~Piano Improvisation』
『サラ(ドットエス) / エスキース~ピアノ・インプロヴィゼーション』
text by 剛田武 Takeshi Goda
CD : Nomart Editions NOMART-120 ¥2,200(税込)2022.5.11 Release
sara : piano
1. Esquisse #1
2. Esquisse #2
3. Esquisse #3
4. Esquisse #4
5. Esquisse #5
6. Esquisse #6
7. Esquisse #7
8. Esquisse #8
Recorded live at Gallery Nomart in Osaka on
Feb. 19, 2022 during Kohei Nawa’s solo exhibition Esquisse.
Total 38:52
Art direction and production: 林聡 Satoshi Hayashi
Recording and mastering: 林聡 Satoshi Hayashi
Liner notes: 建畠晢 Akira Tatehata / 剛田武 Takeshi Goda
Translation: クリストファー・スティヴンズ Christopher Stephens
Design: 冨安彩梨咲 Arisa Tomiyasu
場所を演奏するユニット.es(ドットエス)=saraの初のピアノ・ソロ・アルバム。
2013年12月、大阪のコンテンポラリーミュージックユニット.es(ドットエス)の東京ツアーで初めて橋本孝之とsaraの生演奏を体験した筆者は、彼らを「場所で演奏するのではなく、場所を演奏するユニット」と表現した(⇒#631 .es(ドットエス)LIVE IN TOKYO 2013)。.esのCDのほとんどは拠点である現代美術ギャラリー「ギャラリーノマル」で録音されており、深いナチュラル・リバーヴに包まれた演奏の質感は、ライヴハウスやジャズクラブで演奏される即興ジャズや前衛音楽とは異質の音響ユニットとしての.esのアイデンティティだと思っていた。しかし初めて訪れた新大久保EARTHDOMと池ノ上 BAR GARI GARIに出演した二人は、ギャラリーノマルの演奏を再現するのではなく、それぞれの場所を演奏に同化させ、二日間全く異なる演奏により自我同一性を見せつけた。その1年後に観た四谷茶会記でのライヴでは、据え付けのアップライトピアノのペダル操作でサックスの音を残響させて茶会記の音を演奏してみせた。
翻って考えるに、場所を演奏する主体はsaraであった。愛用の楽器(アルトサックス、ハーモニカ、ギター)を何処へでも持って行ける橋本は、どんな場所でも自分に馴染んだ演奏が出来る。それに対してピアニストであるsaraは行く先々で異なる楽器(ピアノ)を使って自分の演奏をしなければならない。初めて触れるピアノがどんな個性を持っているのか、僅か数十分程度の試し弾きだけで知ることは困難だろう。鍵盤に触れる指先だけでなく、五感全てを使ってピアノが置かれた場所の秘密を探るしかない。自分の演奏をするためには場所を味方につける必要がある。自分を場所と同質にすることで、ピアノを自然に鳴らすことが可能になる。実際に2021年8月渋谷公園通りクラシックス(⇒Live Report)、10月に白楽Bitches Brew(⇒Live Report)で観たsaraのソロ・ピアノ・ライヴでは、演奏を始める前に目を閉じてしばらく黙想する姿が見られた。深呼吸しながら場所を招き入れ身体と同化させる儀式だったのかもしれない。
『Esquisse エスキース(スケッチという意味)』はsaraの初のソロ・アルバム。2022年2月19日に.esのホームグラウンド「ギャラリーノマル」での名和晃平個展「Esquisse」会場で行ったソロ・ピアノの即興ライヴをほぼ全編収録。ノマルに設置されたピアノは、彼女が生まれる前に母の胎内で音を聴き、生まれて最初に弾いた馴染みのピアノ。場所は.es結成前からマネージャー/クリエイティブ・ディレクターとして籍を置くギャラリーノマル。楽器も場所も彼女自身と言っても過言ではない最高に理想的な環境で生み出されたピアノ演奏は、この上なく優しく自由で、母の胎内にいるような安心感に満ちている。この音の中では、過去の苦しみも喪失の悲しみも将来の不安も感じることはない。CDケースに封入された白い鳥の羽根のように、魂を無重力の明日へと羽ばたかせればよい。(2022年4月28日記)