#1339 『The Fred Hersch Trio / Sunday Night at the Vanguard』
text & photo by Takehiko Tokiwa 常盤武彦
Palmetto Records PM2183
Fred Hersch (p)
John Hébert (b)
Eric McPherson (ds)
- A Cockeyed Optimist
- Serpentine
- The Optimum Thing
- Calligram
- Blackwing Palomino
- For No One
- Everybody’s Song but My Own
- The Peacocks
- We See
- Encore: Valentine
Recorded Live at the Village Vanguard, NYC on March 27th, 2016 by James Farber.
Produced by Fred Hersch
2005年にヴィレッジ・ヴァンガードの現オーナー、ロレイン・ゴードン女史に「ヴィレッジ・ヴァンガードの長い歴史の中の、ベスト・モーメントとは」と問うたことがある。前オーナーのマックス・ゴードンと再婚(先夫はブルーノート・レコードのファウンダー、アルフレッド・ライオン)して以来、1950年代半ばからのヴァンガードの歴史を知る彼女は即答した。「そんなの決められるわけないじゃない。この前、フレッド・ハーシュ (p) のトリオで、ベーシストとドラマーの飛行機が遅れて、フレッドのソロ・ピアノになった。それが本当に素晴らしかった。ヴァンガード最高の夜は、今晩起きるかもしれないのよ」。
フレッド・ハーシュは、1977年にニューヨークに進出して以来、多くのグループでサイド・マンとしてヴァンガードに出演してきた。そして1996年に満を持して自身のトリオで、ヴァンガード・デビューを飾る。以来、センシティヴなタッチとリリカルなプレイで、ヴァンガードのハウス・ピアニストと言える地位を確立した。ハーシュは、2002年にドリュー・グレス (b) とナシート・ウェイツ (ds) のトリオで、最初のヴァンガード・ライヴ・アルバム『Live at the Village Vanguard』をリリースしている。2011年にはソロ・ピアノで『Alone at the Vanguard』、そして2012年に本作と同メンバーで、2枚組の『Alive at the Vanguard』を発表、『Sunday Night at the Vanguard』はヴァンガード・ライヴとしては4作目に当たる。Sunday Nightと銘打っているが、実際は金曜から日曜日の夜のベスト・テイクを現代ジャズ録音の名匠ジェイムス・ファーバーがヴィヴィッドに捉えた作品で、実際のヴァンガードのライヴと同じぐらいの68分の長さで収録されている。ハーシュのライナーノーツによると、このアルバムは、当初ライヴ・レコーディングを予定されていたわけではなく、その週の初日の火曜日のサウンド・チェックの時に、思い立ったそうだ。録音は3日間に及んだが、曲順は日曜日のファースト・セットを忠実に再現している。
ショウはリチャード・ロジャースの「A Cockeyed Optimist」で幕明ける。ハーシュが、同曲でオープニングは飾るのは初めての試みだそうだ。結成から7年で、すでに4枚のアルバムをリリースしているジョン・エバート (b) とエリック・マクファーソン (ds) のコンビネーションは鉄壁で、この夜のめくるめく瞬間を予感させる。「Serpentine」は尊敬するオーネット・コールマン (as,tp,vln) から、インスパイアされたオリジナル曲だ。長いピアノのメロディ・ラインと、フリーキーなインタープレイが、このトリオのワイド・レンジな演奏スタイルを雄弁に語る。アーヴィング・バーリンの「Best Thing for You」を換骨奪胎した「The Optinum Thing」は、バビッシュなアプローチを聴かせてくれた。ハーシュは2013年にフランスのピアニスト/コンポーザーのブノワ・デルベックと、エレクトリックも駆使した異色のダブル・トリオ・アルバム『Fun House』をリリースしている。デルベックの天才的な作曲コンセプトに感銘を受けたハーシュは、デルベック独自のグラフィックなスコアを「Calligram」と呼び、デルベックに同曲を捧げた。スペースが大きく開けられたスローなリズムの上で、ピアノが踊りリズムがうねる。「Blackwing Palomino」は、ハーシュが愛用する鉛筆の銘柄を冠したブルース。かの作家テネシー・ウィリアムスも愛用した鉛筆の復刻版が発売されると、すぐに数ダースを購入し偏愛したところ、ラヴィ・コルトレーン (ts) にタイトルにすることをサジェストされたそうである。セットの中盤を飾るリラックスしたスウィング・チューンだ。1960年代に青春時代を過ごしたハーシュは、ビートルズの洗礼を受けている。レノン&マッカートニーの「For No One」の原曲は恋人との悲しい別れを、アップ・ビートで対照的な明るいイメージで歌っているが、ハーシュは詩のイメージに合致した内省的なバラードへと昇華させた。1994年のジャニス・シーゲル (vo) とのデュオ・プロジェクトで書いたアレンジを、ピアノ・トリオで、さらに深く描き出す。昨年逝去したケニー・ホィーラー (tp) に捧げた「Everybody’s Song but My Own」は、2011年にヴィーナス・レコードで同じトリオで録音したアルバムのタイトル・チューンの再演だ。セットは後半に向かって、上昇軌道を描き始める。長いピアノ・ソロのドラマティックなイントロから導かれるジミー・ロウルズの「The Peacocks」では、リリカルなインタープレイで青白い炎がたちのぼる。エンディングは、セロニアス・モンク (p) の「We See」。モンク・チューンを愛奏するハーシュだが、同曲は初めての録音だという。リズムにトリッキーな仕掛けが施され、ユーモラスでグルーヴィーにプレイされた。アンコールはいつもピアノ・ソロだ。ハーシュが愛してやまないヴィレッジ・ヴァンガードと、そのインティメイトな空気を醸し出す観客との再会を願い、一音一音を慈しんでオリジナルのバラード「Valentine」を聴かせてくれた。
CDリリース・ライヴを聴きに、8月24日のファースト・セットにヴァンガードを訪れた。今回は「Everybody’s Song but My Own」がオープニングを飾り、ニュー・アルバムからは「Serpentine」、「For No One」、「We See」が演奏された。異なるセット・リストで聴くと、イメージが変わるのも、このトリオの醍醐味である。次回のヴァンガードのギグも、今から楽しみである。
Fred Hersch http://www.fredhersch.com/
https://youtu.be/7fOrTow4Adg