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CD/DVD DisksNo. 301

#2246 『sara (.es) , Toshiji Mikawa, K2 (Kimihide Kusafuka), Wamei, Seiichi Yamamoto / Utsunomia MIX』
『サラ(ドットエス)、美川俊治、K2(草深公秀)、ワメイ、山本精一 / ウツノミア・ミックス』

text by 剛田武 Takeshi Goda

Nomart Editions : NOMART-124(CD3枚組)発売日:2023年5月10日(水) 価格:5,000円(税抜)

*各CD単独でも同時発売。価格:各2,000円(税抜)

Utsunomia MIX 01
『サラ(ドットエス)& 美川俊治 / パミス(sara (.es) &Toshiji Mikawa / Pumice)』

sara (.es): Piano, Percussion
美川俊治: Electronics
1. Pumice #1  24:14
2. Pumice #2  26:52

Utsunomia MIX 02
『サラ(ドットエス)& K2(草深公秀)/ 鳥を抱いて船に乗る(sara (.es)  &  K2 (Kimihide Kusafuka) / Bird)』

sara (.es): Piano, Percussion
草深公秀: Modular Synths & Delays
1. Bird #1  22:53
2. Bird #2  30:47

Utsunomia MIX 03
『サラ(ドットエス)、ワメイ、山本精一  / マルチプリケーション(sara (.es) , Wamei, Seiichi Yamamoto / Multiplication)』

sara (.es): Piano, Percussion
Wamei: Hurdy gurdy & Electronics (track 1)
山本精一: Acoustic guitar, Electric guitar, Percussion (track 2)
1. Multiplication #1  33:45  sara (.es) & Wamei
2. Multiplication #2  29:22  sara (.es) & Seiichi Yamamoto

Art direction and production: 林聡
Cover art: 榎忠(01) / 黒宮菜菜(02) / 張 騰遠(03)
Recording and masterring: 宇都宮泰 (01はmasterringのみ)
Liner notes: 坂口卓也(01, 02)/ 坂本葉子(03) / 宇都宮泰
Translation: 坂口卓也/ 坂本葉子 / アラン・カミングス / クリストファー・スティヴンズ
Design: 冨安彩梨咲

https://www.nomart.co.jp/

 

リアルな表現の場を再現するオーディオ・ライヴ・エクスペリアンス。

2013年12月の東京公演で初めて.es(ドットエス)のライヴを体験した筆者は、そのパフォーマンスを“場所で演奏するのではなく、場所を演奏する”と表現した(⇒#631 .es(ドットエス)LIVE IN TOKYO 2013)。会場の雰囲気や音響や内装イメージに合わせて演奏スタイルを変化させるのではなく、その「場」でしか創造できない固有の音楽を即興で創り出そうとする意志を感じたのである。田中泯の「場踊り」に準えて「場音楽」と呼びたくなるアプローチは、彼らが意図的に追求したというより、独創的な活動を経て知らず知らずのうちに身に付いた“癖”のようなものかもしれない。2009年の結成以来.esが鍛錬の場としてきたのは、林聡が主宰するアート工房「ギャラリーノマル」(の展示ルーム)であった。たいていの音楽グループが練習やリハーサルを行うのは音楽スタジオやホールといった演奏用に設計されたスペースが多い。もちろん自宅やガレージ、カフェや野外といった音楽用ではない場所で演奏するケースもあるが、アート作品を展示するために設計されたスペースで音楽を奏でる、それも時折ではなく週に何度も他人に聞かせるためではなくメンバーと林の3人だけでひたすら音の実験を続けてきたという.esの表現行為には、ギャラリーノマルという「場」が第4のメンバー、というより“創造の源”として深く影響していることは間違いない。

2021年9月に大阪、深江橋にあるギャラリーノマルを初めて訪れて、動画やインタビューや噂話から想像していたイメージを遥かに凌駕する存在感に驚いた。予想の数倍広いギャラリーの真っ白な床と壁面と高い天井、広さに反比例するように厳選された少数精鋭のアート作品、隣接する工房には巨大な工具や制作途中の作品が積み上げられ、素人お断りの特殊な秘密工場の趣があった。足音や溜息でさえ大きく響きそうで、思わず息を潜めてしまう荘厳さを感じて、あたかも教会の大聖堂に足を踏み入れた異教徒のような気分がした。このようなある意味で神聖な「アートの場」で音楽を奏でようなどとよくも思いついたものだ。しかも響きすぎるエコーは音律やリズムの輪郭を曖昧にしてしまい、真っ当な音楽を探求するには逆境と言っても過言ではない悪環境ではなかろうか。然してそのような「場」で生まれ、育まれた.esという音楽ユニットの特異性は明らかであろう。

.esがこれまでリリースしてきた作品の多くはギャラリーノマルで録音されたものだった。全体を包む深いナチュラルリバーヴ、少し距離のある音像、それゆえのピアノのノスタルジックな音色など、ギャラリーならではのサウンドは印象的だった。またジャケットやブックレットの装丁に会場の展示やコンセプトが反映され、作品としてのアート性も優れている。しかしながら筆者が実際に体験したギャラリーの存在感・荘厳さ・神聖さは殆ど記録されていない。当たり前だがライヴ現場での聴覚体験は、演奏される音楽だけではなく、演奏者や観客の呼吸や衣擦れの音、会場内外の生活音や自然音など無数の刺激から成り立っている(もちろん聴覚だけではなく視覚を含む五感での体験であるが、それらの感覚をすべて再現できるメディアは存在しないし、それを求めるならライヴを観に行くしかないだろう)。しかしライヴ・レコーディングでは、演奏される音楽だけを抜き出してクリアに記録することが求められ、それ以外の音はノイズとして排除される。それによってライヴ演奏と録音作品とは別物となり、「場」と「音」は切り離されることになる。それはエジソンが蓄音機を発明した動機のひとつでもあり、録音作品だけを「音楽」として鑑賞することは多くの場合は問題にもならない。しかし「場音楽」ユニット.esの場合は話が異なる。

このUtsunomia MIXとタイトルされた3枚のCDは、音楽の場としてのギャラリーノマルをこれまでになくリアルに体験できる革新的な作品である。ことの発端は2022年9月24日にノマルでsaraと共演した美川俊治から「電子音とピアノのバランスや、音環境について考えた方がいい」と指摘されたことだった。「音の専門家のアドバイスを受けたらどうか」という美川の提案に従って、saraがコンタクトしたのが音楽プロデューサーの宇都宮泰だった。宇都宮は70年代からニューウェイヴ系音楽ユニットAfter Dinnerで活動し、音楽プロデューサーとしても様々なプロジェクトを手掛け、独創的な音楽理論と録音システムで国内外で高い評価を獲得し、音響の鬼才(一部ではマッド・サイエンティスト)と称される才人である。saraは5年前にK2(草深公秀)と共演した時に草深と立ち話する宇都宮を見かけた程度で、彼の経歴についてはほとんど何も知らなかったという。ちょうどその頃、宇都宮は新型マイクと新しい録音システムを試作中で、それを使って録音する機会を探っていた。10月15日に宇都宮が初めてギャラリーノマルを訪問した際、持参した録音セットでその日のK2(草深公秀)とsaraの共演ライヴを急遽録音することになった。その流れで11月5日のWameiと山本精一とsaraのライヴも録音&ミックスした。その成果がこのリリース作品である。幾つかの偶然の出会い(Chance Meeting)から生まれたレコーディング・コラボレーション。これもギャラリーノマルという「場」のパワーに違いない。

あいにく筆者はオーディオについての知識に乏しいため、宇都宮の開発した新型マイクや録音システムの詳細や音響特性について専門的な解説をすることはできない。しかしオーディオ素人にも一聴してわかるのは、音の存在感の重さである。重さとは低音が大きいという意味ではなく、ピアノにしろギターにしろエレクトロニクスにしろ、音の源(みなもと)がその場に実在するという感覚である。音の存在感が増すことで、外挿法的にギャラリーの広さや高さや材質、観客の存在などがよりリアルに感じられる気がする。宇都宮の解説によれば「すべての音は基本波の上に倍音が重なって形成されるために、十分に低い音を捉えることが出来なければ、耳に聞こえる倍音も正確に保存されない」という。そこで既存のマイクでは記録されない30Hz以下の真の低音に反応する新型マイクを開発した。スピーカーから再生できない真の低音が記録されると同時に、これまでカットされていたその他の「場」の無数の音(先に述べた生活音・自然音など)が録音に影響しているのではないだろうか。それほどまでにUtsunomia MIXの情報量は膨大であり、音像はリアルである。

もちろん大前提にあるのは、収録された演奏の素晴らしさである。2022年年5月にピアノ・ソロ・アルバム『エスキース~ピアノ・インプロヴィゼーション』をリリースして以来、精力的に演奏活動を続けるsara(.es)の充実ぶりを証明する4つのコラボレーションが3枚のCDに収められている。

美川俊治(Incapacitants/非常階段)との『パミス』は2022年9月24日榎忠個展 “Pumice” 会場でのライヴ・レコーディング。saraはこれまで美川と.esとのトリオで2回コラボレーションしているが、今回は1対1の共演なのでより深いコミュニケーションが生まれたことが演奏からうかがえる。一言で“ノイズ”と呼ばれがちな美川の演奏の柔軟性と音に込められた優しさに共感してsaraのピアノが表情豊かに波打つさまが美しい。宇都宮による録音ではなく、ノマル側で録音した素材を宇都宮がミックスしたものだが、音響の鬼才の技でヴィヴィッドな音像に生まれ変わっている。

日本のノイズ・シーンで美川の次の世代を代表するK2こと草深公秀との『鳥を抱いて船に乗る』は2022年10月15日黒宮菜菜個展 “鳥を抱いて船に乗る” 会場でのライヴ・レコーディング。過密かつ過剰なノイズ演奏で知られるK2だが、この日は音量制限のためモジュラー・シンセサイザーとディレイのみを使って音響アート的な演奏を披露。これまで.esとのトリオで2回コラボしているが、過去の密度の濃い共演とは異なり、音と音の間の空間性を大切にしたリラックスした演奏が新鮮。シンセサイザーの重低音、ピアノの打音の広がりに宇都宮マジックの神髄を感じる。

音楽ユニットSarryのメンバーであるWameiと、実験音楽から歌ものまで幅広く活躍するギタリスト山本精一との『マルチプリケーション』は2022年11月5日張騰遠(チャン テンユァン)個展 “Multiplication” 会場でのライヴ・レコーディング。WameiとはこれまでSarryと.esの4人で2度コラボしているが、ソロ同士では初共演。張騰遠が制作したParottman(オウムの頭のキャラクター)に扮したパフォーマンスで、森の中で鳥がさえずるようなアコースティック演奏と宇宙的なエレクトロニクスの交感が面白い。山本精一とはトリオ、デュオ含め3回目の共演。両者パーカッションやアコースティック楽器を多用した演奏で、やはり森の中を彷徨うような幻想的な世界を繰り広げる。ギャラリーに生まれた音の森林の全貌を見事にとらえた宇都宮の録音&ミックスの凄さを堪能できる。

あくまで上記は筆者の主観的印象なので、筆者が想起したギャラリーノマル像は、実際にノマルでライヴを体験した人とは異なるだろうし、逆にノマル未体験の人は全く別の印象を持つことだろう。しかしながらUtsunomia MIXで再現されるギャラリーノマルとsara(.es)の無尽蔵の創造性は、聴く人すべてにこれまでの音楽作品とは一味違う豊穣な聴覚体験を与えてくれるに違いない。(2023年5月5日記)

 

【リリース関連イベント】
5月13日(土) 大阪 ギャラリーノマル Gallery Nomart
「Utsunomia MIX」トリプル・リリース記念Live

5/10リリース、音響の鬼才・宇都宮泰が手がけた3枚のアルバム「Pumice」「鳥を抱いて船に乗る/Bird」「Multiplication」。それぞれに関わる音楽家、各地から全員集結!グループ展「MUG」初日に決行、ギャラリーノマル史上最強の音楽イベントです!

出演:sara(.es)/ 美川俊治 / K2(草深公秀)/ Wamei / 山本精一
会場:ギャラリーノマル Gallery Nomart
時間:open 19:15 / start 19:30
charge:前売 4,000円 / 当日4,500円

詳細/ご予約フォーム
https://www.nomart.co.jp/sound/20230513.php

 

5月15日(月)  DOMMUNE  19:00-21:30(配信) 
「Miracle of Art」 〜橋本孝之+.es(ドットエス)+ギャラリーノマル。その軌跡と奇跡〜Utsunomia MIXトリプル・リリース! 

出演:美川俊治、林聡(ギャラリーノマル・ディレクター)、宇都宮泰(音楽家/音楽プロデューサー: ZOOM参加)、sara(.es)
声の出演:宇川直宏
https://www.dommune.com/

剛田武

剛田 武 Takeshi Goda 1962年千葉県船橋市生まれ。東京大学文学部卒。サラリーマンの傍ら「地下ブロガー」として活動する。著書『地下音楽への招待』(ロフトブックス)。ブログ「A Challenge To Fate」、DJイベント「盤魔殿」主宰、即興アンビエントユニット「MOGRE MOGRU」&フリージャズバンド「Cannonball Explosion Ensemble」メンバー。

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