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CD/DVD DisksNo. 306

#2264 『Štěpánka Balcarová/Emotions 』
『シュチェパーンカ・バルツァロヴァー / Emotions』

text by Ring Okazaki  岡崎 凛

レーベル:Animal Music
2023年6月

Štěpánka Balcarová (trumpet) シュチェパーンカ・バルツァロヴァー
Jaromír Honzák (double bass) ヤロミール・ホンザーク
Nikola Kołodziejczyk (piano) ニコラ・コウォジェイチク
Grzegorz Masłowski (drums) グジェゴシュ・マスウォフスキ

1. Trust
2. Anticipation
3. Surprise
4. Anger
5. Fear
6. Disgust
7. Joy
8. Sadness

Recording and mix: Milan Cimfe, SONO Records Doupě
Mastering: Pavel Karlík, Adam Karlík, SONO Records Doupě
Producers: Petr Ostrouchov, Štěpánka Balcarová


プラハ屈指のジャズ・オーケストラ、コンセプト・アート・オーケストラの指揮者としても活躍するシュチェパーンカ・バルツァロヴァー(tp)の新作は、彼女の作品には珍しいワンホーン・カルテットの構成。共演には、以前からバルツァロヴァーとアルバム共演を重ねるポーランド人のピアニストとドラマーと、チェコ屈指のベーシスト、ヤロミール・ホンザークが加わる。
CDショップの紹介に「6年ぶりとなる待望の最新作は、人間の8つの感情を8つの楽曲で表現した 1 枚」と書かれている通り、本作のテーマは、心理学者プルチックの分類による「8つの基本的感情」である。彼女は最近出産と子育てを体験し、乳幼児を観察するうちに「人の感情」についての認識が変わったのだという。その思いをこめて、彼女は本作の楽曲を仕上げていった。
ここにポーランドから参加するのは、ニコラ・コウォジェイチク(p)とグジェゴシュ・マスウォフスキ(ds)であり、最近のアルバムではお馴染みの2人。これは、チェコとポーランドとの合同プロジェクトを長く進めてきたバルツァロヴァーらしい人選でもある。

<収録曲と演奏について>
本作では、派手に大きく盛り上がることなく、じっくりと静かに語るような演奏が多い。強烈なコントラストを作ることなく、穏やかで丁寧な表現を重ねていくのが、バルツァロヴァーの得意とするところであり、そこに彼女の豊かな知性を感じる。

1.<信頼>心地よく美しいトランペットソロに始まり、続くピアノソロはこれを支えるような包容力を感じるプレイ。
2.<期待>ヤロミール・ホンザークのベースとバルツァロヴァーのデュオによる即興に始まり、トランペットとベースの掛け合いが面白い。
3.<驚き>ユーモラスで温かみのあるメロディーが続き、好奇心にかられて周囲を眺める子どもの体験を追うような表現。タイトルに予想するような奇異なサウンドがないのが、このアルバムらしい。
4.<怒り>ドラムソロで始まり、じわじわと激しくなる感情を追うかのように、ドラマーがテンポを速めていく。トランペットが短くテーマを吹いたあと、ピアノがスピード感に満ちた演奏を続ける。ただしあまり荒々しさはない。
5.<恐怖>少し暗さは感じるが、闇に包まれるような暗さはなく、むしろ穏やかに美しく表現される。
6.<嫌悪>トランペットにカップをつけて吹いているのだと思うが、少し奇妙な音を使って微妙な感情を表現する。テーマのメロディーはやや暗めだが、この曲も暗黒ムードにまではならず、どこかユーモラスさが漂う。
7.<喜び>スキップをして走り回る子どもの動きを追うような、リズミカルなピアノが特徴的。かといって、楽しさいっぱい、という表現でもない。
8.<悲しみ>この曲もまた、タイトルそのもの、という表現はせず、美しく静かな演奏の中に、じわじわと複雑な心模様を追うメロディーを織り込んでいく。
さまざまな感情が美しい表現を生む契機となることを、つくづく感じさせられた曲。

Composition from the album Emotions
Štěpánka Balcarová – Trust (official video)

<アニマルミュージック公式ページの解説>
2022年度の最優秀ジャズ・アルバムに贈られるAnděl賞(アンジェル・アワード)を受賞したトランペット奏者で作曲家のシュチェパーンカ・バルツァロヴァーの新作アルバムでは、人間の感情が深く掘り下げられる。本作のインスピレーションの源として、彼女は最近母親になった経験を挙げている:
「母になることで、ある種の感情はまったく以前と違ったものになります。以前は怒ったり憤ったりすることの意味や理由がわかっており、そのような感情を論理的に対処できると思っていたけれど、子どもができると、そのようにワンステップ置いて考えるゆとりがなく、それがネガティブな感情にもポジティブな感情にも影響します。私はまったく新しい見方をするようになりました」。
シュチェパーンカは本作を通じて、アメリカの心理学者ロバート・プルチックが定義した人間の8つの基本的な感情(喜び、信頼、恐怖、驚き、悲しみ、嫌悪、怒り、期待)を表現している。
(2022年度のAnděl賞で最優秀ジャズ・アルバムを受賞したアルバムは、Štěpánka Balcarová & Prague Radio Symphony Orchestra(プラハ放送交響楽団)/『Štěstí(Happiness)』であり、おそらくネット配信のみの作品)

<カルテットのメンバーについて>

Štěpánka Balcarová(CZ) シュチェパーンカ・バルツァロヴァー(tp)
ポーランドとウィーンで音楽を学んだ彼女は、ポーランドとの音楽交流を自己のプロジェクトの柱としている。トランペット演奏家、作曲家、音楽教育者として活躍し、プラハのビッグバンド、コンセプト・アート・オーケストラでは指揮をつとめる。2017年にリリースした『Life And Happiness of Julian Tuwim』は、ポーランドの詩人の作品を題材にバルツァロヴァーが曲を書き、3管セクステットに女性ヴォーカルを加えた7人編成のアルバム。その後、このグループとプラハ放送交響楽団が共演するライブアルバム、『Štěstí(Happiness)』がリリースされ、高い評価を受けた。

Jaromír Honzák (CZ) ヤロミール・ホンザーク(b)
1959年生まれ。チェコのジャズシーンの最重要人物と言っても大げさでないほど、存在感が大きいベーシスト。
日本ではナイポンクとの共演で知られる彼だが、その活動は多岐に渡る。女性ヴォーカルをフィーチャーしたものを含め、1995年『Getting There Together』以来続々とリーダー作が続き、この数年でも『Early Music』、『Hard To Understand』、『Twenties』(2023年時点での最新作、おそらく11枚目)と順調にアルバムを世に送り出している。そしてチェコの名誉ある音楽賞、アンジェル・アワードを幾度となく獲得している。
2000年ごろ以降、彼のアルバムには一貫した作風が見られる。米国のジャズフュージョンとコンテンポラリージャズ、中欧のフォーク、その他さまざまな音楽との融合があるが、唯一無二であり、「ホンザーク節」とでも呼べるかもしれない。ややダークで浮遊感があり、ゆったりとした美しい不思議なサウンドである。この数年メンバー交替のない彼のクインテットは、中欧ジャズの最高峰と呼びたくなるほど魅力に満ちている。

Nikola Kołodziejczyk(PL) ニコラ・コウォジェイチク(p)
1986年生まれのポーランドのピアニストで、時おり聴かせる一音一音が輝くようなプレイにはっとさせられる。バルツァロヴァーのリーダー作には欠かせないピアニスト。ピアニストとしてだけでなく、作曲家、アレンジャーとしてのアルバム参加も多い。
過去にはシュチェパーンカが率いるコンセプト・アート・オーケストラにも参加していた。一方、彼の率いるポーランドのオーケストラにシュチェパーンカが参加し、相互にサポートし合う関係。このオーケストラ(the Nikola Kołodziejczyk Orchestra)は2015年にポーランドでフレデリック賞(ベスト・デビュー・アルバム賞)を受賞している。

Grzegorz Masłowski (PL)グジェゴシュ・マスウォフスキ(ds)
1985年生まれ。シュチェパーンカ・バルツァロヴァーやルボシュ・ソウクプが若き日に結成したグループ、インナースペースのメンバー。ポーランドの伝説的サックス奏者で昨年2016年に他界したヤヌシュ・ムニアク(Janusz Muniak)のグループに長く所属したほか、ポーランドの多くのグループに加わり、2015年のマテウシュ・パウカ/シモン・ミカ・カルテットMATEUSZ PAŁKA/SZYMON MIKAにも参加。母国でのジャズフェスにもよく登場するが、まだリーダー作は出ていないようだ。

岡崎凛

岡崎凛 Ring Okazaki 2000年頃から自分のブログなどに音楽記事を書く。その後スロヴァキアの音楽ファンとの交流をきっかけに中欧ジャズやフォークへの関心を強め、2014年にDU BOOKS「中央ヨーロッパ 現在進行形ミュージックシーン・ディスクガイド」でスロヴァキア、ハンガリー、チェコのアルバムを紹介。現在は関西の無料月刊ジャズ情報誌WAY OUT WESTで新譜を紹介中(月に2枚程度)。ピアノトリオ、フリージャズ、ブルースその他、あらゆる良盤に出会うのが楽しみです。

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