#2273 『Christian Bucher/Rick Countryman/Tetsuro Hori /The Movement Radical』
『クリスティアン・ブッチャー|リック・カントリーマン|堀 哲郎/ザ・ムーヴメント・ラディカル』』
reviewed by Yoshiaki Onnyk Kinno 金野ONNYK吉晃
Chap-Chap Records CPCD-025 ¥2500
クリスティアン・ブッチャー (ds)
リック・カントリーマン (sax)
堀 哲郎 (db)
「失われたのか、我々のリンガフランカは」
既にJazz Tokyo においては、サブ豊住との共演を通じて、その存在感を知らしめているアメリカ人サックス奏者、リック・カントリーマンが、新たな録音を「ChapChapレコード」を通じて発表した。録音は神戸の「ビッグ・アップル」。
今回のトリオは日本人ベーシスト堀哲郎とスイス人CHRISTIAN BUCHERがドラムである。この二人は私にとって初耳だ。その意味で彼等の背景に興味がある。私は情報を「ChapChap」の末冨氏に求めた。
堀哲郎は大阪在住で、元々ジャズを演奏してはおらず、関西を中心に活動していた。Flagioと名乗って電子的デバイスを多用する実験的音響を演奏し、クラシックのオーケストラにも加わっていた。
CHRISTIAN BUCHERは69年生まれ。アカデミックな経歴のドラマーで、その演奏を聴くと実に手堅いサウンドを出している。90年代からポウル・ローフェンスやビリー・コブハムのワークショップに参加、ピエール・ファヴルに師事した。演奏活動の範囲や共演は世界中におよび、詳細は下記のサイトをご覧頂きたい。アルバムも多数出しており、カントリーマンとの共演も長い。
http://www.christianbucher.ch/bioEn.html
トリオの演奏スタイルはテーマの無い自由な即興であり、それだけでフリージャズからは一歩乖離しているように思う。
しかし一曲目から、カントリーマンが師と仰ぐソニー・シモンズを思い起こさせる。彼の演奏は決して逸脱しないし、共演者とよく調和している。その意味では安心して聴いていられる。まあそれをどう思うかはリスナー次第なのだが。当初彼がフィリピンをベースに活動しているのを知り、その共演者もフィリピン人達だった。それは私にとって軽いカルチャーショックであった。リックとサブという二人が、フィリピンという「非イディオマティック即興」の土壌が無い土地で新たな入植をしたのかと思った。それは決して不毛ではなく、ユニークな人材もあった。それはフリージャズやインプロヴィゼーションの歴史を経ていない新鮮なサウンドであると同時に、どこか煮え切らないというか、サブとリックが浮き上がっているような印象もあった。
本アルバムにおいては三者の関係に違和感が無い。これは<サックス/ベース/ドラムのトリオ>という、ある確立した様式である。それは既にジャズにおける古典形式と言ってよい。ピアノが無い事は、それだけ西欧的あるいはジャズ的和声の束縛を感じない。と、同時に不安定なのか不穏なのか、ある種の運動性を得る。それはカルダーや新宮晋の『動く彫刻=モビール』を思い起こさせるものがある。
このサックストリオというフォーマットの一方の極にリーコニッツ『モーション』を置き、その対極にアイラー『スピリチュアル・ユニティ』を置くなら、このリックの新トリオはまさに中間よりはアイラー側に位置するだろうか。いや、テーマの無い即興の場合そのジャズの軸からもずれて存在するのはむべなるかな。その意味では、このトリオがいくらジャズのイディオムを用いても、従来のジャズテイストを感じる事は難しいだろう。私は同様の印象をフランソワ・キャルリールの演奏にも感じた。しかしまた彼もキャノンボールには敬意を表しているのだが。
もはや我々の世代のフリー・インプロヴィゼーションはジャズに何の遠慮もない。こだわりは不要だ。しかしリックは決して多くのジャンルから影響を受けたり、取り込んだりという訳ではない。なんというべきか、ハイブリッドではない保守的即興性。しかしこれを新古典主義とは言えないだろう。極端なフリーキーなサウンドや、特殊奏法、電子デバイス、また構成的曲想を顕示するようなこともなく、三者が各々の楽器の範を越える事無く自然に「対話」している。しかし、出自の異なる彼等の共通言語は何か。そのリンガフランカが、もしかしたらフリージャズなのかもしれない。
購入サイト;
https://goronyan003.stores.jp/items/65128b091d75b6002d14b088