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CD/DVD DisksNo. 307

#2274 『ニュージャージーズ / テトラガマルス』
『Nyujajizu / Tetragammarus』

text by 剛田武 Takeshi Goda

猩々レーベル CD:SJL-002

ニュージャージーズ:
YUTASTAR : guitar
佐伯武昇 Takenori Saeki : percussion

part.1
1. 赤腹亀
2. 銭亀
3. 赤腹亀の逆襲
part.2
4. 仔亀
5. 仔亀の帰還

Produced by Takenori Saeki
Recorded by Nacky Ishikura at “OTOlab” (March and April 2023)
Cover Illustration by Noriki Saeki
Design by Maiko Hiraoka
Special Thanks to Keita Kamiyama & Heiwado

 

新たなる地下音楽即興デュオが描く混沌と調和の音響組曲。

高円寺~阿佐ヶ谷~国立~立川といったJR中央線エリアを中心に、スタイルに囚われず破天荒かつ自由な即興演奏を毎夜のように繰り広げるミュージシャンたちがいる。演奏の技術や品位に拘るプレイヤーやリスナーにとっては否定的な意味で捉えらがちな「ジャンク」「スカム」「ガラクタ」といった形容が最高の誉め言葉となる啓かれたシーンがここにある。音楽表現の極北を目指す道はテクニック至上主義やエリート主義やストイシズムだけではないことは歴史が証明している。音楽理論や演奏方法を知らなくても構わない。石の上に三年座るよりも、即座に楽器を持って行動を起こすことで何かが生まれる。NEO UNDERGROUND、またはシン・即興派と呼びたくなる彼らの活動は、創造と破壊が導く音楽表現の新たな荒野へのアナザー・ドアだと確信している。

そうした動きの中心人物の一人がパーカッション奏者の佐伯武昇である。その生い立ちや思想についてはインタビューを参照していただきたい。彼が参加する数多くのグループやユニットの中で最もミニマムなデュオ・ユニットがニュージャージーズ(乳邪悪爺s)である。相方のYUTASTARは1972年愛媛県出身。ロック・バンドでの活動を経て2010年頃からエレキギターの即興演奏を始めた。クラウトロックやノーウェイヴ、USインディーロックに影響を受けたが、元々の出自はローリング・ストーンズとブルースだという。もともと2020年半ばに佐伯を気に入っていたYUTASTARが「一緒にやろう」と誘っていたが、その後7月に開催されたイベントで佐伯と共演予定だったギタリストがコロナで出演できず、急遽YUTASTARを呼んで即席ユニットとして出演したのが初ライヴだったという。いわばアクシデントから始動したデュオは、それ以来何度も共演を重ね、今では「(YUTASTARとやると)安心して演奏できる。絶対に外さないライヴができるから」と佐伯が語るほど安定したユニットになった。そのライヴではステージにばら撒いた多数の打楽器やガラクタを同時演奏する傍若無人な佐伯と、その横で我関せずとクールな表情でギターを操る冷静沈着なYUTASTARとの対比が強烈で、あたかもジキルとハイドの二重人格者が細胞分裂したような不思議な印象をもたらす。しかしながら、視覚的なカオス(混沌)の中で創造される音楽には、秩序整然としたコスモス(調和・宇宙)が凝縮された繊細な感性が宿っている。

それを証明するのがニュージャージーズ初の音源となる本作『テトラガマルス』である。スタジオ・レコーディングなのでライヴのように身体を張った演奏ができない分、個々のパーカッションの微妙な演奏が鮮明に記録され、さらに録音した素材を元にオーヴァーダビングやミックスを施すことでステージでの同時多発演奏を再現している。一方でYUTASTARのギターは殆ど編集無しで弾いたままのプレイが活かされているようだ。つまり、暴れるパーカッションとクールなギターというライヴ・パフォーマンスの混沌と調和をスタジオ・ワークで再構成した作品と言える。この手法はファウストやアモン・デュールなど70年代初期のクラウトロック・バンドが録音テープを複雑に編集して作品化した方法論に通じている。佐伯によると、ブライアン・イーノがクラウトロックの代表バンド、クラスターのメンバーと共作した楽曲「By This River」(1977年の5thアルバム『Before and After Science』収録)をレコーディング前にYUTASTARに聴かせたという。制作前の段階から彼らのプログレ志向が反映されていたことがわかる。ちなみにニュージャージーズというバンド名にも、亀の餌からとったアルバム名や曲名にも深い意味はないそうだ。

アルバムは全5曲が二つのパートに分かれており、これもプログレのA~B面のトータル・アルバムをイメージした構成である。パート1(M1~3)は、YUTASTARのメランコリックなアコースティック・ギターを中心に、背景にパーカッションやサウンド・エフェクトがコラージュされた、アンビエントやミュージック・コンクレートのような静謐な世界を聴かせる。鳥の鳴き声やラジオの音声がフィールド・レコーディングのような牧歌的な雰囲気を醸し出し、ヒーリング・ミュージックとしても楽しめる。深い銅鑼の音で幕を開けるパート2(M4,5)では一転して、YUTASTARのエフェクトをかけたエレクトリック・ギターと、対峙する佐伯のパーカッションがスリリングなインタープレイを繰り広げる。しかしいわゆるフリー・インプロヴィゼーション(例えばデレク・ベイリーとトニー・オクスリーのデュオなど)に顕著な鬼気迫るサウンド・バトルではなく、音楽の歓びを分かち合うハート・ウォーミングな共(狂)演がポジティヴな波動を放つ。パーカッションが主導するM5のエスニックで霊的な演奏は、森羅万象を目覚めさせる原初的なパワーに満ち溢れ、聴き手は二人が描くアブストラクトな音の波に揺られて生命力の迸りに溺れるしかない。これこそ異端音楽の桃源郷といえよう。

フリー・ミュージック、アンビエント、プログレッシヴ・ロック、現代音楽、民族音楽、サウンドアート・・・。そのいづれでもありどれでもない正体不明の我楽多音楽。行き過ぎることを恐れない地下音楽の精神を諧謔趣味の遊び心で継承するシン・即興派の神髄がここにある。(2023年10月31日記)

剛田武

剛田 武 Takeshi Goda 1962年千葉県船橋市生まれ。東京大学文学部卒。サラリーマンの傍ら「地下ブロガー」として活動する。著書『地下音楽への招待』(ロフトブックス)。ブログ「A Challenge To Fate」、DJイベント「盤魔殿」主宰、即興アンビエントユニット「MOGRE MOGRU」&フリージャズバンド「Cannonball Explosion Ensemble」メンバー。

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