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CD/DVD DisksNo. 307

#2280 『イリアーヌ・イリアス/ミラー、ミラー』&『クァイエトゥード』

text by Keiichi Konishi 小西啓一

この11月半ばの “BN東京” や ”川崎ジャズ・フェス“ のステージに、久々にブラジリアン・ジャズ&ボッサの花形ピアニスト&シンガー、イリアーヌ・イリアス(単にイリアーヌと呼ばれることも多い)が登場する。夫君のマーク・ジョンソン(b)やギタリスト等を伴ってのユニットでの来日だが、60才を過ぎても (1960.3.19~) 未だ色香充分な彼女だけにステージ映えもかなりなものだし、演奏内容も愉しい素敵なライブが繰り広げられる筈である。5年振りのその来日公演に伴い、記念盤として最近吹き込まれた2作が同時に出された。グラミーに賞とラテン・グラミー賞をダブル受賞した『ミラー・ミラー』(2021)と、今各国でセールスも好調と聞く『クァイエトゥード』(2022)で、原盤はイギリスの名門 CANDID。とくに前者の方はなんと権威ある音楽賞(グラミー賞)をダブルで獲得という快挙作品で、楽園音楽好きにはたまらない好内容に仕上がっている。

 

 

 

 

 

 

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『イリアーヌ・イリアス/ミラー・ミラー』

1. Armando’s Rhumba (ft. Chick Corea)
2. Esta Tarde Vi Llover (ft. Chucho Valdes)
3. Blue Bossa (ft. Chick Corea)
4. Corazon Partio (ft. Chucho Valdes)
5. Mirror Mirror (ft. Chick Corea)
6. Sabor a Mi (ft. Chucho Valdes)
7. There Will Never Be Another You (ft. Chick Corea)

ところでこのところの彼女、ボサノバをメインにしたブラジリアン・ジャズの弾き語り名手としてのイメージも強く、どちらかと言うとシンガーのカテゴリーに含まれる感もあった。但しこの2作は、前者がチック・コリア、チューチョ・ヴァルデスというジャズ&ラテン系の大物ピアニストとのデュオ共演盤で、ピアニストとしての力量を再確認できる好個のもの。一方、後者の方は、故郷ブラジルの有名曲などを歌うシンガーの側面を強調したもの…,ということでこの2作品は、じつに塩梅良くイリアーヌという稀有にして卓抜な弾き手&唄い手~2足の草鞋を軽々とこなす、スーパー・ウーマンの全貌を浮かび上がらせた感も強い。即ち『ミラー・ミラー』のタイトルに象徴されるように、この2作は一つの合わせ鏡的作品群…と、捉えることもできそうだ。

さて、まずは大御所ピアニストとの共演盤の方だが、楽園系ピアニストの代表格3人が顔を並べるのは珍しく、絢爛でかなり嬉しいところ。その上受賞作という箔も付くという…折り紙付きの内容。とくにチックについては、彼女が大分以前からぜひ共演を…と熱望していたようで、その願いが叶ってのもの。その上この作品は彼の遺作(チックは2021.2.9他界)にもなってしまった…、という話題も付加される。そうした様々な要素も伴い、ここでは有名な<アルマンドのワルツ>など4曲で協演。上原ひろみなど多くのピアニストと競演・共演してきた技巧派のチックと彼女は自在に絡み合う。覇気に溢れたプレーで堂々と向き合い、時に優雅さの極のような秀逸なピアノ技で親し気に寄り添う。その秀逸なコール&レスポンスは見事としか言いよう無し。イリアーヌのピアニストとしての力量を改めて多くのファンにアピールする。取り挙げるナンバーも上記の<アルマンド>以外に、ジョー・ヘンダーソンとの共演作品のタイトル曲、さらには何とあのジャズ・ヒット・チューン<ブルー・ボッサ>、スタンダードの<ゼア・ウイル・ネバー・ビー・アナザーユー>と、じつに抜かり無い万全の配曲。ぼくのお勧めは③の<ブルー・ボッサ>だ。

もうひとりの巨匠チューチョとの対話は、キューバ&ブラジルというまさにラテン音楽2大国の調和。緩やかに滔々・淡々と愉し気に流麗なメロディーが拡がり、聴くものをサウダージ感も入り混じったリラクゼーションの境に導く。こちらは<サボール・アミ>など3曲でどれもじつに心地良しだが、お勧めは上記の⑥の<サボール・アミ>。

いずれにせよチック&チューチョとイリアーヌ。このデュオでの顔合わせは、ピアノでの対峙・鬩ぎ合いというよりも親和・共鳴といった趣きで、両者の色濃い会話がなによりの蠱惑となっている。

BSMF-5124
『イリアーヌ・イリアス/クァイエトゥード』
1. Voce e Eu [You and I] 2. Marina
3. Bahia Com H [Bahia With H] 4. So Tinha Que Ser Com Voce [This Love That I’ve Found] 5. Olha [Look] 6. Bahia Medley: Saudade da Bahia/Voce Ja Foi a Bahia
7. Eu Sambo Mesmo 8. Bolinha de Papel [Little Paper Ball] 9. Tim-Tim Por Tim-Tim
10. Brigas Nunca Mais [No More Fighting] 11. Saveiros

さてボーカリスト、イリアーヌのもう1枚の方だが、こちらは海辺に佇む美女(彼女自身)がジャケットの、どちらかというと癒し系アルバム。一聴シックで洒脱なサウンドで今風な雰囲気もあるが、決して派手さで売らないあたりも興味深いところ。プロデュースとベースに夫君のマーク・ジョンソンが参加したこのアルバム、全編ギタリストをバックにしたシンプルな構成で、とくに長年の僚友マーカス・ティシェイラのギターだけをバックに、かなり渋く歌い綴るものが印象深い。あくまでも生活のBGMとしても良く、日常に溶け込む感もあり、アントニオ・カルトス・ジョビン(④)やカルロス・リラ(①)など、ブラジルの銘品11曲を軽やかに爽やかに歌い綴っている。オーセンティックなジャズ・ボッサとも言えそうで、この手のアルバムも数多い彼女だけに手慣れてはいるが、ブラジルの涼風やその郷土への尽きせぬ愛着(とくに唄の大地~バイーアを歌い込んだもの数曲)も感じ取れる格好の楽園系アルバム。彼女とも付き合いが深くブラジルを代表する名手のひとり、故オスカー・カストロ・ネビス(2013年没)との最後の共演ナンバー(⑨)も特別に収録される…など、色々と話題や聴きどころも多い作品でもある。とくにお勧めはオーラス(⑪)に置かれた、成熟と粋が絶妙に混じり合った好歌手&作曲家=ドリ・カイミとのデュオ歌唱<航海のバラード>。カイミ一家の面々は MPB(ブラジル音楽)を代表する素晴らし歌い手ばかりだが、ここでのドリもそのひとり。イリアーヌとのデュオは説得力豊かに静かに歌い上げられまさに絶品の一言。

小西啓一

小西啓一 Keiichi Konishi ジャズ・ライター/ラジオ・プロデューサー。本職はラジオのプロデューサーで、ジャズ番組からドラマ、ドキュメンタリー、スポーツ、経済など幅広く担当、傍らスイング・ジャーナル、ジャズ・ジャパン、ジャズ・ライフ誌などのレビューを長年担当するジャズ・ライターでもある。好きなのはラテン・ジャズ、好きなミュージシャンはアマディート・バルデス、ヘンリー・スレッギル、川嶋哲郎、ベッカ・スティーブンス等々。

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