#2289『マタナ・ロバーツ/Coin Coin Chapter Five: In The Garden…』
Text by Akira Saito 齊藤聡
Constellation Records
Matana Roberts (composer / horns / harmonicas / aux percussion / vocal / wordspeak)
Mike Pride (drums / aux percussion / vocal)
Matt Lavelle (alto clarinet / pocket trumpet / tin whistle / vocal)
Stuart Bogie (bass clarinet / clarinet / tin whistle / vocal)
Cory Smythe (piano / vocal / tin whistle)
Mazz Swift (violin / vocal/ tin whistle)
Darius Jones (alto sax / tin whistle / vocal)
Ryan Sawyer (drums / aux percussion / vocal)
Gitanjali Jain (text collage)
Kyp Malone (synths)
Jaimie Branch (Courage 1983-2022)
1. we said
2. different rings
3. Unbeknownst
4. predestined confessions
5. how prophetic
6. a caged dance
7. i have long been fascinated
8. enthralled not by her curious blend
9. no way chastened
10. but i never heard a sound so long
11. the promise
12. shake my bones
13. a(way) is not an option
14. for they do not know
15. others each
16. …ain’t i. …your mystery is our history
“but I never heard a sound so long” arranged by Matana Roberts from “All the Pretty Little Horses” a traditional African American plantation lullaby, author unknown
Produced by Kyp Malone
Recorded at Bunker Studios in Brooklyn by Nolan Thies
Mixed at Thee Mighty Hotel2Tango in Montréal by Radwan Ghazi Moumneh
Mastered at Grey Market in Montréal by Harris Newman
Album artwork by Matana Roberts
Recording made possible in part by the Chicago Center for Contemporary Composition at the University of Chicago
Please donate to the National Network of Abortion Funds and the Black Mama’s Matter Alliance abortionfunds.org blackmamasmatter.org
マタナ・ロバーツのライフワークともいうべき『Coin Coin』の最新作が発表された。
冒頭の<we said>での呪術的な打楽器の繰り返しとドローン、ざわざわとした声は、彼女の音楽的なルーツのひとつであるシカゴ、それもアート・アンサンブル・オブ・シカゴに通じるところがある。実際にそうなのかもしれない。だが、この作品を音楽の影響や伝承といった狭い視野でとらえてはならない。ルーツとは根、根とは長い時間をかけて土地に絡みついているものだ。マタナは、『Coin Coin』のシリーズ全体において、土地とはアメリカなのだと話す(*1)。その紐帯は感覚の表出を介してもいることは、たとえば、<unbeknownst>におけるスポークンワードの冒頭「ああ、今日は暑いな」という呟きからも実感できる。さらにいえば、マタナのサックスの濁った音色、取り巻く空気との一体化もまた土地に結び付いていると思えてならない。
この作品における記憶は、違法な中絶で亡くなった先祖の女性たちのものでもある。<how prophetic>において「もし私が自分の身体になされた行為に見合うものを答えるなら、私には男性と同じだけのものを持つ権利があるということだ」と明言すること、また<enthralled not by her curious blend>において「男は、気に入らないなら私が男の家を出て行かなければならない、と言った」と悔しそうに思い出すこと、それらは女性であるために押し付けられた非対称性に他ならない。
非対称性とは名前を剝ぎ取られることだ。思い出してみよう。ちょうど百年前、関東大震災のあとに、ことばが自分たちと少し違うからというだけの理由で、名前などあなたにはないとばかりに命を奪われた人たちがいたことを。現代の空爆という方法論も、名前ではなく死者の数のみをみていることを(*2)。ゴダイゴが<ビューティフル・ネーム>で「Every child has a beautiful name / A beautiful name, a beautiful name / 呼びかけよう名前を、すばらしい名前を」と歌っていたことを。『Coin Coin』の視線は過去の特定の事象だけに向けられたものではないし、それはわれわれも持っているはずのものだ。
多くの曲で、マタナは次のことばを繰り返す。同じことばを、そのたびに違った声で。
私の名前はあなたの名前 / 私たちの名前はかれらの名前 / 私たちには名前がある / 私たちは覚えている / かれらは忘れている
My name is your name / Our name is their name / We are named / We remember / They forget
やがて<for they do not know>に至り、「いくら私自身が説明したとしても / 私の推察を / 誰も本当には信じてくれないでしょう」と語りはじめる。それにより、聴く者はこれまでの語りが死者のそれでもあったこと、名前の不在によって記憶の共有があやういものになっていることに気づかされる。中絶した彼女は白眼視され、埋葬すら許されなかった。その声が重ね合わされ、響き続ける。
逆説的だが、この作品はすぐれた音楽であり、<shake my bones>におけるアルトなど、マタナの強い意思が個性的な音となって結実している。これを聴くと、彼女の小コンボでのサウンドにもまた期待してしまう。
そしてまた、クレジットの中に急逝したばかりのトランペット奏者ジェイミー・ブランチの名前を見出し、驚かされる。彼女の貢献は「勇気」だ。
(*1)「Interview #189 マタナ・ロバーツ」(『JazzTokyo』No. 256、2019年8月3日)
(*2)吉田敏浩『反空爆の思想』(NHKブックス、2006年)
(文中敬称略)