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CD/DVD DisksJazz Right NowNo. 314

#2323 『エリ・ウォレス+レスター・セント・ルイス+ニック・ノイブルク/Live at Scholes Street Studio』

Text by Akira Saito 齊藤聡

gaucimusic

https://gaucimusic.bandcamp.com/album/eli-wallace-lester-st-louis-nick-neuburg-live-at-scholes-street-studio

Eli Wallace (piano)
Lester St. Louis (cello)
Nick Neuburg (drums)

1. Wallace/St.Louis/Neuburg, Live at Scholes Street Studio

Recorded by Rene Allain at Scholes Street Studio on 7/15/22
Mixed & Mastered by John Epperly
Produced by Stephen Gauci
Photos by Rene Allain

フリー・インプロヴィゼーションを音だけの缶詰にすることには困難が伴う。ライヴと録音媒体とは本質的に異なるものであり、そのためリスナーの受容もライヴと同様ではない。だが、本盤に収録された36分間ぶっ続けの音には粗雑な要素が皆無であり、聴き手を惹きつけるものがある。導入部では三者ともに擦れ引っ掻くような音を重ね合わせる。やがて目立ってくるチェロのピチカート、鍵盤と打楽器のさまざまな打音、さまざまな単体の響き。音の粒が独立性を持ってそれぞれに動き始めるわけである。そして自律をもとにふたたび交流がはじまる。相互作用の「糊」として三者三様に粘っこさを出すアプローチはとても魅力的だ。

チェロのレスター・セント・ルイスがNYのシーンで目立つようになってから十年くらいだろうか。筆者は、たとえば、その過激なテクでセンセーションを巻き起こしつつあったアルトサックスのクリス・ピッツィオコスを擁したルイスのアンサンブルのライヴを観たことがあり(2015年)、かれのような異物を取り込んでなお知的に抑制したサウンドに驚いた。あるいは、ドラマーのドレ・ホチェヴァーによる即興ラージアンサンブル作品『Transcendental Within the Sphere of Indivisible Remainder』(2016年)においても、個性派集団の脈動するような音世界にときに刺激を注入し、ときに鎮静剤の役目を果たすなど、困難にちがいない役割をこなしていた。ルイスはそのように即興演奏家としての力量を前提としてトータルサウンドの創出に貢献できる人だということができるだろう。そしてその力量が増していることは、本盤を聴けば実感できる。

そのルイスを共演者に迎えたエリ・ウォレスのアルバム『Precepts』(2022年)もまた微細な音の肌触りからサウンド全体までを丁寧に撫でてみせる傑作だった。ウォレスのピアノは背景から前景までを行き来する。それは静かになされるが、それゆえに過激だ。かれの注目すべき活動のひとつに、ギターのドリュー・ウェセリーと組んでキュレーションを行う「Invocation」シリーズがあった。それは音楽だけでなくダンス、ヴィジュアルアート、スポークンワードなどの演者を招聘し、あらたななにものかを見出そうとするものだった。ルイスが参加した際には、かれが演奏しながら語り始める局面がショッキングであったのだとウェセリーは振り返っている(*1)。

ウェセリーはほとんど日本では知られていないが、膝の上に置いたギターでプリペアド奏法を行うとてもユニークな人である。昨2023年に筆者の企画により都内でソロライヴを行ったとき、かれの発案で山崎阿弥(ヴォイス)が後半に加わり、予想を超える成果を残した。言うまでもなく、これらはすべて相互のコネクションによって形となっているものであって、ウォレスとのコ・キュレーションもまたそうだと言うことができるだろう(*2)。互いを絶えず再発見し、未知の存在とつながってゆく―――これは本盤をプロデュースしたテナーサックス奏者のスティーヴン・ガウチの実践と重なるところがある。ガウチはキュレイターとしてブルックリンで即興ギグのシリーズを続けてきた。Bushwick Public HouseからThe Main Dragに場所を移していたが、この2024年4月になって場所の都合によって休止を余儀なくさせられている。ガウチによれば、ギグのシリーズ継続は未定ながら、一方でレコードプロデュース等を通じて若いミュージシャンたちを触発したいとのこと(*3)。本盤もまたコミュニティ・ベースド・ミュージックのひとつの形だと言うことができよう。

ニック・ノイブルクのソロパーカッションアルバム『Cryptic Exaltations』(2022年)を聴いて強く印象付けられるのはじつになまなましい音色の数々だ。それは思索とその場の自発的な選択とを兼ね備えたものであるように思える。その結果得られたものは音の集合体のみではなく、間や響きといったトータルなパーカッションのサウンドとなっている。本盤でもウォレス、ルイスとコミュニケーションを取りつつかれならではの音を出していることがわかる。

(*1)シスコ・ブラッドリーによるエリ・ウォレスとドリュー・ウェセリーへのインタビュー(『Jazz Right Now』、2020/1/31)https://www.jazzrightnow.com/interview-with-eli-wallace-and-drew-wesely-about-invocation-series/
(*2)ウェセリーから筆者への私信(2024/5)によれば、2024年秋から「Invocation」シリーズを再開する予定とのこと。
(*3)ガウチから筆者への私信(2024/5)

(文中敬称略)

齊藤聡

齊藤 聡(さいとうあきら) 著書に『新しい排出権』、『齋藤徹の芸術 コントラバスが描く運動体』、共著に『温室効果ガス削減と排出量取引』、『これでいいのか福島原発事故報道』、『阿部薫2020 僕の前に誰もいなかった』、『AA 五十年後のアルバート・アイラー』(細田成嗣編著)、『開かれた音楽のアンソロジー〜フリージャズ&フリーミュージック 1981~2000』、『高木元輝~フリージャズサックスのパイオニア』など。『JazzTokyo』、『ele-king』、『Voyage』、『New York City Jazz Records』、『Jazz Right Now』、『Taiwan Beats』、『オフショア』、『Jaz.in』、『ミュージック・マガジン』などに寄稿。ブログ http://blog.goo.ne.jp/sightsong

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