#903 (extra)『Great 3 / 菊地雅章~ゲイリー・ピーコック~富樫雅彦/ビギン・ザ・ビギン』
text: Kimio Oikawa 及川公生
photo:Nobuo Kameyama 亀山信夫 (署名写真以外)
AEOLUS / AJCD-S002 (1994)
菊地雅章 (p)
ゲイリー・ピーコック (db)
富樫雅彦 (perc)
1.サマータイム
2.スカイラーク
3.ワルツ・ステップ(富樫雅彦)
4.ミスティ
5.マイ・フェイヴァリット・シングス
6. カンサゴ・ノー(G. ピーコック)
7.ビギン・ザ・ビギン
8.コーラル・スプリング(G.ピーコック)
9.ローラ
10.ブレイズ・トライアド (菊地雅章)
11.峠の我が家
1994年4月1,2日
東京・東銀座 音響ハウス
録音:及川公生
A&R:亀山信夫
ディレクター:稲岡邦彌
プロデューサー:船木文宏
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♪ ハイサンプリング・デジタル録音に対するプーさんの異常な関心
“Great 3” とグループ名が記されているように、まさにグレートなミュージシャンがスタジオに集う。緊張するな!と言ったって無理な話。とはいえ、3人のミュージシャンは顔見知り。プロデューサーの船木文宏氏はオーディオ誌の編集長でもあり、アイオロス・レーベルの主宰者。ディレクターは稲岡邦彌氏で長いお付き合い。遠慮のない緊張とは無縁のようだが、やはり緊張はする。
じつは、この録音の仕掛けに私は一枚加わっている。船木氏から、アイオロスでジャズの注目の1枚、というのを制作したいとの話を持ちかけられた。さらにもう一つ付け加えるならば、オーディオ的にも注目のものを、である。一瞬の閃きで「菊地雅章、冨樫雅彦と、ベースは今、頭に浮かばないけど、デイヴ・ホランドとかゲイリー・ピーコック」と提案した。オーディオ的という提案には、船木氏も頭にあったはい山王リング・デジタルであっさり決まり。私が菊地雅章(プーさん)にコダワッたのは、キース・ジャレットの録音で稲岡氏とニューヨークに行った際、プーさんのスタジオを訪ねた事がある。そのとき、プーさんが何気なくピアノに向かって弾いていたのが、スタンダードであった。<ミスティ>とか<サマータイム>とか。これが耳に付いて離れず、“プーさんのスタンダード”は、ずっと私の頭から離れないでいた。そして、この録音が実現したもう一つの種は、プーさんがハイサンオウリング・デジタル録音に異常とも思える興味を示したからだ。
♪ 決め手はスタジオ内の3人の配置
スタジオに、3人をどのように配置するか。これが、この録音をいいものにするkあどうかの決め手になる。それぞれの楽器の最も響きの良い場所と、ミュージシャンの居心地の良さを重視しなければならない。何故、それほどまでに気遣いするか。はっきり言って、この3人、気分屋なのだ。スタジオに入るや否や、これじゃあ演奏できない!と何度言われたことか。いや、気分屋であって当然。私やデイレクターはいかにいい音楽を想像させるか、その気分昂揚の環境を創るのも仕事だから。
図(CD-ROM参照)でも分かる通り、3者は目線でコミュニケーションできるように配置している。目線のコミュニケーションはジャズ録音ではもっとも重要で、これが欠けると、演奏できねぇー!となる。そして、スタジオ録音では良く用いられる遮音板を使わないのも、この録音のために配慮したことである。3者が同じ空間に肩を寄せ合って遊んでいる、そういう雰囲気を創りたかった。これらの裏返しは、録音をする側から見れば、音のカブリをまともに受けるわけで,これから起こる事態を想像すると、ギョッとする。
♪ この大きなカブリをどう解決するか
音出しの瞬間に、この配置と 環境とマイク・アレンジが良かったかどうかは、一瞬にしてわかる。3人がお互い目 線でコミュニケーションを取りながら、 笑みさえ出ていて、これはうまくいっているな!と胸を撫で下ろす。 が、 マイクロフォンが拾っている音は問題あり。 カブリが強く、ベースもパーカッションも明瞭さに欠けるのだ。 問題は、ベースに全指向性のマイクロフォンを用いていることと、ピアノにも全指向性のマイクロフォンを用い、これにパーカッションがカブッているからだ。 パーカッションがカブルのは、 最初から予想はしていたが、これほど大きいとは予想外。 この状況は、ミュー ジシャンのヘッドフォン・モニターにも返っているから彼らにもわかっている。「何 かモヤモヤしてハッキリしないけど、大丈夫かよ!こっちに来て聴いてみなよ!」 富樫から声がかかる。 大体、こういう出だしは絶対によくない。 後々、どんなにいい音を出しても、この印象を引きずって、不満爆発の原因になるからだ。 「ちょっと休憩、 コーヒーブレイクにしてください」と声をかける。 手直しは、 楽器 の配置を変えるか、マイクロフォンのアレンジを変えるか、それとも遮音板を使う か、いずれかである。 スタジオの雰囲気を変えずに即座にできることは、マイクロフォンの変更である。
ゲイリーのベースにセットしたショップスCMC-56Uを単一指向性に切り替え、 ピアノのマイクロフォンは B&K4011を2本に変更。 ベースに全指向性を用い たのは、ゲイリー・ピーコックのリクエストによるものである。 私のプランは、ノイ マンU-87とM-49であったが、 ゲイリーが M-49はOK、その他にショップスの CMC-56Uを全指向性にして録ってほしいと要望したためである。 全指向!?と 私も戸惑ったが、それはいいアイディア、イケるかもしれないと期待したもので あった。 全指向性は重要なリクエストであったため、パーカッションのカブリの 少ない曲とゲイリーのソロでは充分にその本領を発揮している。ピアノもプー さんのリクエストによるもので、 B&K4003 がお気に入りであったのだが、 同じく B&K4011に変更した。 このB&K4011もプーさんお気に入りのマイクロフォンだ。 気分も変わったところで再確認してもらう。私の方も問題は解決。
♪ プーさんのうなり声をどうするか
さて、 残る問題がもうひとつ。 プーさんのあのうなり声を、どうやって軽減させるか が、私の一つの挑戦であった。「プーさん、うならないで演奏できない?」なんてとても言えないし、「うなり」がウルサイとは、もっと言えない。 勇気を出して、 プー さんのうなり声を弱めるために、譜面台の所にシートを張ってもいいかなあ!と、 恐る恐る切り出してみると、簡単に「ああいいよ」との返事。 結果は失敗であっ た。 シートを張るとピアノ本体の音が聞こえない!これで、充分にプーさんの うなり声入りの録音となった。
ピアノに、 AKGのC-451を2本追加しているが、 曲目によって、このマイクロ フォンのキャラクターである 「高音部のキラリとする輝きの音色」 がほしいと思っ たからである。 プーさんは、B&K4003の音色が好みである。 自分で持ち歩い ているほどで、そこまでやられたら使わないわけにはいかない。 異なるマイクロ フォンで、どんなにいい音を出しても、納得はしてくれないだろう。 単一指向性 の B&K4011も好みで、 最近はこちらに傾倒しているようだ。 ベースのショップス CMC-56Uの全指向性はベースの f 字孔を狙う形でアレンジされている。これと、駒の上方10cmの高さでかなり近接しているM-49とのミックスで、 ゲイリー・ ピーコックのベースの音は創られている。 このアレンジはゲイリーのリクエスト によるものだが、ショップスとノイマンのミックスは君に任せる!と言いながら、 マイクロフォンをガリガリっと指先で触って、そのミックスの具合をヘッドフォン で確認していた。
富樫のパーカッションは、 過去に何回か録音をしているが、定番のようなもの が見い出せないでいる。この録音でも悩んだが、パーカッションを全体像で捉 えてみようと、オーヴァーヘッドで4本のマイクロフォンを等間隔で並べ、定位を L、L’、 R、R’とした。 選んだマイクロフォンはノイマンU-269で、真空管式コン デンサー・マイクロフォンの持つ、分厚い音色を期待した。 ベースドラムは音の 強烈なエネルギーがほしいので、オン・マイクにしてM-49をセット。こうして見回 してみると、 パーカッションはすべて真空管式のコンデンサーマイクで統一した ことになる。 しかし曲目によっては、このオーヴァーヘッドの手法で得られる音場感を伴うパーカッション群の音像は、リアルさと歯切れ良さに不足を感じ、合 わないという場面も出て、スネアとシンバルの一つにマイクロフォンを追加した。
♪ 96KHz 16bit のハイサンプリング録音
さて、もう一方の課題である“オーディオ的に特徴を持たせる”ことでは、三菱X-86HSデジタル録音機を用い、サンプリング周波数96KHz、16ビットのハイサンプリング録音をした。 そして、サブマスター用としてDATを使用。 これも同様ハイサンプリングの規格で録音、これはパイオニアD-9601を用いた。 この規格のCD化はできないが、マスターの段階で高規格、高音質の録音をし ておけば、その音質はCD化されても何かが残るだろうとの期待からである。 この録音の時期と前後して、 レコード各社も、ハイサンプリング、モアビットの 録音をしており、この録音もオーディオ的に注目されたことが印象深い。 また、ハイサンプリング・デジタル録音の音質がいかに優れたものであるかが聴ける よう、この規格のDATも同時発売された。
ハイサンプリング・デジタル録音の音質が、 音楽的にミュージシャンの気持ち をいかに揺さ振ったかは、ハイサンプリングDAT新製品発表会の記者会見の 席に、プーさんがわざわざ出席して、その優れた音質のおかげで音楽の表現 力が強烈に拡大したと語ったことでも理解できる。
◆ 初出:CD-BOOK『及川公生のサウンド・レシピ』(transheart/ユニコム 1998)
注:このアルバムは、『Great 3 / スタジオ・セッションズ 1994』(Nadja21)と改題改編され、2025年2月5日 キング・インターナショナルよりSACD(シングルレイヤー)KKJ-9024 として再発売されました。
https://www.kinginternational.co.jp/genre/kkj-9024
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