#344『伊藤君子/美空ひばりを歌う』〜 Hear, there and everywhere #5
「及川公生の聴きどころチェック」今月の9枚
Columbia/Savoy COCB-54204 ¥3,000+税 ※高音質CD「UHQCD」採用
伊藤君子:vocals
宮本貴奈:piano, arrange, produce
坂井紅介:bass
加納樹麻:drums
Guests:日野皓正(tp) 狩野泰一(篠笛) 小曽根真(pf)
01.東京キッド
02.愛燦燦
03.川の流れのように
04.津軽のふるさと with 狩野泰一(篠笛)
05.一本の鉛筆
06.リンゴ追分 with 小曽根真(pf) *2004年収録
07.魅惑のワルツ Fascination
08.慕情 Love is a Many Splendored Thing
09.恋人よ我に帰れ with 日野皓正(tp) lover Come Back to Me
10.スターダスト Stardust
11.スカイラーク Skylark
ベーシック録り:2017年1月11、12日 prime sound studio form
ダビング①:2017年2月12日 サウンドシティ
ダビング②:2017年2月17日 prime sound studio form
録音&MIXエンジニア:種村尚人
マスタリングエンジニア:佐藤洋(日本コロムビア)
美空ひばり歌集からジャズ・スタンダードの歌も加わり、多彩なサウンドの展開が楽しい。
ヴォーカルの音像の明確さもさることながら肉質感の音質管理が印象的だ。ヴォーカル自身のマイクの使い方が現れているのか。
バックのオーケストラ、ピアノ、トランペット、篠笛。ゲストプレーヤーの特質も明確に表現した録音。空間処理を考慮したサウンドに好感が持てる。それぞれの楽器の音像のエッジが際立って、ゲストの熱気を引き立てる。録音に際しての表現のコントラストが引き立つ。
リズム・セクションの一体感のバランスがよく、ミックスの緻密さを感じた。
Hear, there and everywhere #5
Kenny Inaoka 稲岡邦彌
美空ひばり生誕80周年を記念したレコード・デビュー35周年の伊藤君子によるトリビュート・アルバム。伊藤は今や押しも押されぬ日本を代表するジャズ・シンガーだが、歌手を志したのは4歳の時に魅了されたひばりの歌声だったという。<東京キッド>から<愛燦々>」とおなじみのひばりの愛唱曲が続くが、淡々と歌う伊藤のエロキューションはひばりと聴き紛うほど。これはもちろんひばりをなぞっているのではなく、ひばりへのリスペクトの現れなのだろう。しかし、声質がまるで違う。ひばりのあの情念を秘めた、ドスが効いたとも言える粘りのある声質は生来のもので、一朝一夕に他人が真似の出来るものではない。<一本の鉛筆>は、広島平和音楽祭のために作曲されたもので、ひばりが歌い初めしたという。<りんご追分>は小曽根真のピアノ伴奏のみで歌うが、伊藤は小曽根の仕掛けには乗らず、ひたすらひばりに敬意を評している。2004年に録音されたが、今回初めて陽の目をみるという。
このあと4曲がジャズも歌っていた(原信夫とシャープス&フラッツをバックに歌う素晴らしいアルバムを残している)ひばりの «ジャズ・ソング”。<魅惑のワルツ>(ファッシネーション)、<慕情>と徐々に本領を発揮しだした伊藤が<恋人よ我に帰れ>でついにジャズ・シンガーになる。<ラバ・カン>といえば、ジャズ・ファンはエラ・フィッツジェラルドのベルリンの名唱が頭にこびりついているはず。日野皓正のファンファーレのようなイントロに誘われて我が意を得たりと気持ちよく歌い出す伊藤。バックは、坂井紅介(b)と加納樹麻(ds)を擁した宮本貴奈(ds)のトリオ。ゲストの日野が表に裏にと縦横無尽に絡み、伊藤が快調に飛ばして歌い切る。伊藤のジャズ・シンガーとしての本領が発揮された一曲。ストリングスが付いた<スターダスト>を情感たっぷりに歌い、エンディングのトリビュート・ソング<スカイラーク>へ。この<スカイラーク>(もちろん”ひばり”、はジャズ・スタンダードとしてお馴染みのホーギー・カーマイケルの<スカイラーク>ではなく、ピアソラのタンゴ版。伊藤が詩をつけたというが、このパフォーマンスが絶品。音域も広く、スケールの大きな曲を伊藤が堂々としかし情感を巧みにコントロールしながら見事に歌い切る。たたみかけてくるタンゴのリズムが天上のひばりへの思いをいや増し、強く胸を打つ絶唱となった。この1曲でこのアルバムの価値が計り知れないものになったと言っても過言ではないだろう。
https://www.youtube.com/watch?v=ZVYO97IlPls