#947 TOKYO BIG BAND 10th Anniversary Concert
text by Masahiko Yuh 悠雅彦
photo by Naoyuki Maruyama
2017年4月12日水曜日 赤坂 「B flat 」
Tokyo Big Band
Reeds:
スティーヴ・サックス(as,ss,fl)グスターヴォ・アナクレート(as,fl)浜崎航(ts,fl)レイモンド・マクモリン(ts)宮木謙介(bs)
Trombones:
三塚知貴 上杉優 川原聖仁 堂本雅樹(b-tb)
French Horn:
萩原顕彰 中澤幸宏
Trumpets:
佐久間勲 岡崎好朗 高瀬龍一 マイク・ザッチャーナック
Rhythm:
加納樹麻(ds)安ヵ川大樹(b)原とも也(g)ジョナサン・カッツ(p,Leader)
いつ聴いてもこのビッグバンドは楽しい。まさに”楽しい”という表現がこれほどふさわしいビッグバンドは今日ではほかにない。この場に居合わせてよかったと心から思わせる至福感。この夜の演奏がまさにそれだった。”楽しい”というここでの言葉の意味を説明するのは難しいが、ざっくばらんに言うならステージの演奏とこちらのハートが直結し、舞台上で燃え上がるサウンドに共感のエールを送るエモーションが発露する状態、とでもいえばよいか。実際、リーダーのジョナサン・カッツをはじめバンドのプレーヤー全員がプレイすることに喜々として楽しんでいる姿や演奏に献身している人間味が、サウンド全体から横溢して聴く者のハートに火をつける。のみならずときに優しく語りかけることも忘れない、そのホットな親近感。日本の生活が長いジョナサンの、友達と会話するかのような日本語によるトークも、構えて聴きがちなコンサートの雰囲気をときに和らげる。率直に言って、ジョナサン・カッツの柔らかな人間性がこのバンド独特の親近感やアット・ホームな心地よさを生んでいる。またメンバー全員が互いに心を通い合わせて演奏に打ち込んでいる感じが、はたから見て何とも羨ましいくらい。それでいて水準を超えるアンサンブルや白熱したソロの応酬を繰り広げて聴く者に肉迫する。気持よいわけだ。
この TOKYO BIG BAND (TBB)が今年は結成10年目を迎える。私は彼が上智大学を出てまもなくの90年代初めごろ知り合ったので、かれこれ25年になる。だが、彼は少しも変わらない。その点ではサックス・セクションをリードするスティーヴ・サックスも同様。日常的な、つまり普段の会話や人間としてのベーシックな考え方が少しも変わらないのは、一つの美徳ではないかと、彼らの笑顔や日本語に接するたびに思う。
上記のメンバーを見れば一目瞭然。10年間を支えてきた岡崎好朗やスティーヴ・サックス、彼らについで今やTBBにとって不可欠な安ヵ川大樹、高瀬龍一、原とも也、三塚知貴、等々。とはいえ、サックス・セクションの顔ぶれを見てスティーヴ以外の4人は初めて見る顔だったところを見ると、僕自身がTBBとは長らくご無沙汰だったことを思い知らされたような気がしていささか恥じ入った。
それにしてもレギュラーのアナクレート(1stアルト)、マクモリン(4thテナー)、ザシェルナク(4thトランペット)に加えて、当夜は何と3人のアメリカの演奏家がゲストとして特別参加した。1人はニューヨークの代表的リード・トランペット奏者のマイク・ポネラ。秋吉敏子ジャズ・オーケストラのリードもつとめた人。もう1人は90年代半ばに名門カウント・ベイシー楽団のリード・アルトをつとめたマーシャル・マクドナルド。3人目がトム・ピアソン。ジュリアード出の秀才ながら90年代初頭に日本で活動するようになった異色のピアニスト。初めて彼と会ったとき、彼が地下足袋を履いて現れたときの驚きを私は今も忘れない。3者がそろってTBBのライヴ演奏に駆けつけたのは偶然かもしれないが、3者の演奏を聴けた私は実にラッキーだった。とりわけ第2部の4曲目のブルース・リフ曲でピアノに座ったトム・ピアソンが先陣を切ってソロを開陳し、決して高踏に堕さず、鍵盤上を喜々として跳ね回るプレイで観客の拍手を誘った。20年ぶりに彼のピアノを楽しんだ。
”ビーフラット”で演奏するとき、TBBは必ず日本の曲、それも古謡とか童謡を演奏するが、いかにも日本文化を愛するジョナサン・カッツらしい。この夜、オープニングに選んだ曲が、何と100年前の文部省唱歌「春の小川」。若い音楽ファンがこの曲を聴いて首を捻るかもしれないような”ふるーい”唱歌をカッツが選曲してオーケストレーションするところが面白い。TBBの大きな特徴の1つはホルンという楽器をアンサンブルに加えていることだが、2人のホルン奏者による無伴奏のフレーズを配して店開きした感じが”春”にふさわしい。つづく”夏”の1曲にカッツが選んだ曲が「Summertime 」。ただし急速調で展開していくので、子守唄ならではの哀調味はないもののサックスやトロンボーンのセクション・アンサンブルのリレーが聴かせどころか。
3曲目の「 Nate, Out of the Gate 」が印象深かった。ジョナサンがこのTBBのために提供した作品は50曲にのぼるそうで、むろん私が聴いたのはそのほんの一部かもしれないが、彼の深いエモーションがアンサンブルを通って立ち上るかのような雰囲気が心に響いてくるようだった。聴けば、これは一種の鎮魂歌だった。5年ほど前にネイザン・イングランドという黒人のヴォーカリストが享年61歳で物故した悲しみを表現したのだという。かけがえのない無二の親友だったとジョナサンは言った。休憩時に曲のタイトルを確かめた私に答える彼の声はさすがに5年前を思い出してか沈んでおり、親友を失ったジョナサンの悼みがひしひしと伝わってくるようだった。アルトのスティーヴ・サックスとともに、フィーチュアされた彼のピアノ・ソロを聴きながら、かけがえのない人間の死が私にも迫ってくるようだった。
マイク・ポネラがここで登場。一級のリード・トランペット奏者らしい朗々たる澄んだトーンで、ジョニー・マンデルの哀愁味溢れる旋律「Close Enough for Love」を演奏したあたりからステージの熱気が客席をも巻き込み始めた。ウディ・ハーマン楽団のカンドリ兄弟が演奏して注目を浴びた「努力しないで出世する方法」を、ポネラと岡崎好朗が丁々発止のプレイで好演し、5人のトランペッターがソロをチェイスして肉迫するクライマックスへと導いた。
一方、マーシャル・マクドナルドは、明治大学のビッグ・サウンド・ソサエティの招きで来日した。ベイシー楽団の名アルト奏者らしく、その片鱗を後半第2部の終わり近く飛び入り風に演じた「One Bass Hit 」。往年のレイ・ブラウンの在りし日を思い出させる「ワン・ベース・ヒット」のソロに当時を思い出して瞼が熱くなった。
「 You And the Night And the Musiic 」で口火を切った後半は、前半の春夏に続く秋の名歌、山田耕筰の「赤とんぼ」(三木露風作詞)を挿入。一瞬、奇妙なスロー・ワルツだが、ジョナサンらしい捻ったテーマ構成が面白い。後半はゲストのマイク・ポネラ、先記トム・ピアソンやマーシャル・マクドナルドらの声援に応える形のパッショネイトなプレイが、あたかも花壇に咲き乱れる色とりどりの花々を思わせていかにもライヴハウスならではの楽しさを喚起させた。この盛り上がりが聴く者をエキサイトさせたことは言うまでもない。「ワン・ベース・ヒット」での安ヵ川大樹とアンサンブルの対話からポネラのソロを誘発する場面、マクドナルドのアルト・ソロに続いて、スティーヴ・サックスのフルート・ソロ、ポネラと佐久間勲のユーモラスな掛け合いなどで観客もノッた。アンコールはポネラ推奨の「キング・オヴ・カンクー」(カンクーはメキシコの名高いリゾート避暑地)。往年、生前のディジー・ガレスピーが開設し、彼の死後に跡を引き継いだナショナル・オーケストラを率いるキューバ屈指のサックス奏者パキート・デ・リヴェラの1曲。TOKYO BIG BAND ならではの華やかな大団円の中で幕が閉じられた。TBBにはもっと積極的にライヴハウスで演奏することを強く望みたい。
5/13(土)有楽町・外国記者クラブ(トリオ)
ジョナサン・カッツ(p) マーク・トゥリアン(b) 柴田亮(d)
5/19(金)六本木・サテンドール(7人編成 Tokyo Little Band)
5/28(日)吉祥寺・サムタイム(昼の部:ソロピアノ)
5/31(水)池袋・アップルジャンプ(トリオ)
ジョナサン・カッツ (p) マーク・トゥリアン(b)大坂昌彦(d)