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Concerts/Live ShowsNo. 315

#1313 MODE 2024.06.04 at Sogetsu Hall:ヴァレンティーナ・マガレッティ、坂田明、ベンディク・ギスケ

text by 剛田武 Takeshi Goda
photos by Nils Junji Edström

2024年6月4日(火)東京・草月ホール

Bendik Giske(ベンディク・ギスケ/NO):tenor sax
坂田明(Akira Sakata/JP):alto sax, clarinet, percussion, voice
Valentina Magaletti(ヴァレンティーナ・マガレッティ/IT): drums, percussion

MODE 2024

実験音楽の歴史を横断する場としてのイベントシリーズ

33-33はロンドンをベースとするレコード・レーベル&コンサートプロダクション。レーベルとしては2015年から現在まで坂本龍一、FUJI||||||||||TAなど日本人アーティストを含むアルバムを10数作リリースしている。それ以前からイギリスを中心にライヴイベントの企画をする中で培った世界各国の先鋭的音楽シーンとの連携を活かして、2018年ロンドンで、坂本龍一をプログラムキュレーターに起用して、実験音楽、オーディオビジュアル、パフォーミングアーツを横断するイベントシリーズ「MODE(モード)」を開催。翌2019年に同じくロンドンで2回目が開催されたが、2020年のパンデミックにより中断。4年後の2023年5月に東京に場所を移して、日本を拠点として実験的なアート/音楽のプロジェクトを展開するキュレトリアル・コレクティヴ「BLISS」との共同主催により「MODE 2023」として復活した。追加公演を含め6日間のプログラムが開催され、筆者は大久保の淀橋教会でのFUJI|||||||||||TAとKali Malone, Stephen O’Malley & Lucy Railtonの公演を観た。荘厳な礼拝堂で奏でられた静謐なアンビエント/ドローン演奏は、実験音楽やアヴァンギャルドと言うよりも、伝統的な音楽表現に通じる温かさがあり、まるでヨーロッパの古い教会にいるような異国情緒に浸った。それと同時に印象的だったのは会場を埋める観客の年齢層の低さだった。普段筆者が足を運ぶ即興ジャズや地下音楽のコンサートの客層とは異なる”今風”の若者が、メディアで紹介されることも少ない前衛音楽に興味を持っていることを目の当たりにして驚くとともに嬉しい気持ちになった。

今回開催された「MODE 2024」は、9日間に亘り合計4プログラム、8組のアーティストが出演。昨年はメルツバウやカフカ鼾(ジム・オルーク、石橋英子、山本達久)といった日本のベテラン勢の名前があったが、今回のラインナップでは坂田明とインキャパシタンツの出演が目を惹いた。おそらく坂本龍一をリスペクトする33-33側の意向ではないかと想像される。インキャパが出演する南青山のクラブWall&Wall公演も気になったが都合がつかず断念、坂田が出演する草月ホール公演に訪れた。

1958~71年草月アートセンターの拠点として日本・海外の現代音楽/前衛アート/実験映画の公演が数多く開催され、その後も折に触れて先鋭的な音楽やアートの場となっている草月ホールのロビーには開演を待つ観客の長蛇の列。やはり客層は若く、クリエイターやアーティスト風のオシャレな若者が多い。この手のライヴでよく会う顔見知りの姿は2~3人。座席について開演を待つ間、観客同士の会話で賑やかな雰囲気。後ろの座席から聴こえる会話で彼らが20代前半のアーティストかミュージシャンらしきことを知る。還暦過ぎの筆者にもワクワクした気持ちが伝わってくる。

一番手はイタリア生まれでロンドン在住のドラマー、ヴァレンティーナ・マガレッティ。ドラムセットを素通りしてステージ前に座り込み、床に並べたシンバル類を叩く演奏でスタート。金属の打音がディレイを通して電子音のように拡がる。ドラムセットに移ると、シンセとリズムマシンを使ったバックトラックに乗せて、様々なスティックやマレット、ブラシを駆使してスネアやタムから多彩な表情のサウンドを生み出す。メロディやフレーズではなく音色やリズムでストーリーを組みたてる演奏は、人類が最初に手にした楽器が打楽器だったという説を裏付ける原初的な鼓動に貫かれている。マリンバを使ったプレイは、アフリカや東南アジアの民俗音楽に通じる生命力の横溢だった。しかしマガレッティのユニークさは、パーカッションのルーツに忠実でありながらも、一貫して現代性と進化性を備えた斬新な感性にある。今やドラムやパーカッションをリズム楽器としてしか見ない人はいないと思うが、リズムから解放された新たなスタイルを彼女ほど明確に打ち出したプレイヤーは数少ない。いつかVanishing TwinやTomagaなどのバンドで観てみたいものだ。

続いて坂田明が登場。御年79歳、おそらく今日の草月ホールで最年長に違いない。久々に観るソロ・パフォーマンスは静謐なアルトサックスのロングトーンではじまった。研ぎ澄まされた美しい音色が、伝統あるこの会場の波乱の歴史を慈しむように響く。鳴り物と鈴に導かれて「祇園精舎の鐘の音~」と歌い出す。2011年のソロアルバム『平家物語』の演目である。リリースから一回り以上経ったが、諸行無常の哲学と地獄絵図の沙汰を描く異端の哀歌の味わいは深みを増すばかり。クラリネットとサックスのアブストラクトなインプロを挟み、谷川俊太郎の反戦歌『死んだ男が残したものは』へ。60年代ベトナム戦争への反戦集会のために書かれたこの詩は、いまだ戦火の絶えない現代社会でこそ歌われるべきである。半世紀以上の間日本の異端音楽の前衛に立って活動してきたベテランならではのいぶし銀のパフォーマンスに、孫世代の聴衆がじっと耳をそばだてて聴き入っていた。

ラストはノルウェーのサックス奏者ベンディク・ギスケ。ステージの後ろから放射される照明が古風な会場を派手なランウェイに塗り替える。逆光の中に浮かび上がる長身のシルエットはアスリートかファッションモデルを思わせる(ちなみにギスケはディオールの2022-23秋冬コレクションのランウェイミュージックを担当している)。テナーサックスのキイの開閉音やボディを叩く音をループさせてリズムトラックにして、その上にミニマルなフレーズを重ねるパフォーマンスは、コンポジションともインプロヴィゼーションとも異なる瞑想的なサウンド・スケープを描き出し、これまで筆者が体験してきた前衛・実験音楽の進化形を観るような新鮮な感動をもたらした。鳴りやまない拍手と歓声を聴きながら、観客とほぼ同世代のギスケの圧倒的なステージが、レジェンドである坂田へのリスペクトとは一味違う、シンパシーの嵐を呼び起こしたことを実感した。

“演奏者も観客も含めた新世代の実験音楽”―これがMODEのコンセプトかもしれない。そしてそれは決して”世代交代”ではなく、”世代を超えた実験音楽の輪廻転生”であることを、この日のコンサートが証明していた。(2024年6月20日記)

 

 

剛田武

剛田 武 Takeshi Goda 1962年千葉県船橋市生まれ。東京大学文学部卒。サラリーマンの傍ら「地下ブロガー」として活動する。著書『地下音楽への招待』(ロフトブックス)。ブログ「A Challenge To Fate」、DJイベント「盤魔殿」主宰、即興アンビエントユニット「MOGRE MOGRU」&フリージャズバンド「Cannonball Explosion Ensemble」メンバー。

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