#1318 松浦このみ(朗読) 八木美知依(箏)『源氏物語』の女君たちⅠ――その情念を語る、奏でる「桐壺」
2024年7月13日(土)MUSICASA(ムジカーザ)
text & photo by Kazue Yokoi 横井一江
『源氏物語』「桐壺」より
・帝からただ一人寵愛される桐壺更衣、そして若宮の誕生(原文、林望訳)
・桐壺更衣と帝との別れ、そして更衣の死(林望訳、原文)
・秋、野分の夕べの見舞い(谷崎潤一郎訳、円地文子訳)
・桐壺更衣によく似た藤壺の宮(谷崎純一郎訳、円地文子訳)
・光る君の元服、そして結婚(瀬戸内寂聴訳)
【出演】
松浦このみ:朗読
八木美知依:作曲、箏、十七絃箏、二十一絃箏、エレクトロニクス
陣野英則(早稲田大学文学学術院教授):監修・解説演目
ハイパー箏奏者として知られる八木美知依は、ラジオパーソナリティー/ナレーターとして活躍する傍ら朗読と音楽で空間をつくる活動「gusuto de piro」を長年に亘って主宰している松浦このみと2012年から「箏の顚末」というタイトルで箏と朗読による活動を続けてきた。これまで「箏の顛末」で様々な作品を取り上げてきた二人だが、日本の古典文学に取り組むことに意見が一致、『源氏物語』をテーマにしたシリーズをスタートさせた。
シリーズの初回は第一帖「桐壺」。原文と林望、谷崎潤一郎、円地文子、瀬戸内寂聴の現代語訳をそのシーンに合わせて松浦が読み分け、八木は場面ごとにオリジナル作品や即興演奏で物語の情景を浮かび上がらせる。これまで白石かずこ、吉増剛三、多和田葉子などの詩人・作家と音楽家とのパフォーマンス性の高いコラボレーションは随分と観てきたが、本公演はそれらとは異なり、物語を読み聞かせる本質的な朗読と音楽の共演。松浦の明瞭で淀みない語りだと、仮名遣いが現代と異なるために読みにくい原文も自然にすっと頭に入ってくるから不思議だ。わざわざ現代語訳を読まなくても十分物語は伝わってくる。とはいえ、場面に合わせて複数の作家による現代語訳を取り上げ、時には声色を使ったり、語り口も少し変えて朗読していたので、作家それぞれの『源氏物語』像の違いもなんとなく伝わってきて、それはそれで面白い。各作品を丹念に読み込み、研究しないとここまで出来ないはずだ。この企画をスタートするにあたり、二人は源氏物語を専門とする陣野英則早稲田大学教授から月に一度ZOOMで講義を受けていたことも含め、入念に準備されたことがよくわかる。
八木はこの公演のために、<野分の月>をはじめ、短い曲も含め新たに10曲書いている。八木の箏を聞くのは随分と久しぶりだ。<野分の月>でアコースティックな箏を取り上げたのは、箏には高い周波数の組成音が多くあり、それが野分の荒々しい風の音の中にある低い周波数の音だけではない、小石や葉などが擦れ合ったようなチリチリした高い周波数の音に似ていると感じ作曲に至ったとのこと。右手の散らし爪という技法だけではなく、特に後半では左手で柱の左側を演奏したり、低音の非調和成分音*、非整数次倍音**も加え野分の荒々しさを表そうとしたという。ライヴではエレクトリック箏を演奏することが多く、その拡張した奏法で表現領域を広げた八木だが、箏はエレクトリック楽器よりも自分の気持ちがダイレクトに音に現れることから、生楽器、箏の魅力も再認識したとも言っている。もう一曲地歌パートもある箏のための作品<夢のうち>では、歌は自由リズム、箏は一定なテンポを持つアルペジオ、前奏と後奏は即興演奏だった。エレクトリック17絃箏、またエレクトリック21絃箏ではモジュレーターやループなどを使用した作品もあり、短いながらも物語の場面に合わせて、楽器を使い分ける。それぞれの作品や即興演奏は『源氏物語』にある自然描写、音や色彩や匂いなどをもサウンドを通して表現、言葉で語られるストーリーに豊かさをもたらし、それを立体的に浮かび上がらせた。松浦の表情豊かな朗読と相俟って、観客の耳を引き寄せ、物語は耳で楽しむものでもあることを気付かせてくれる。また、途中で陣野教授の解説が入り、その軽妙な語り口が、朗読と演奏に集中していた客席をほどよく和ませていた。
ことばの間合いと音の間合いから『源氏物語』という古典が現代人の感性で物語として立ち上がってくる、そんなひとときで、朗読で物語を聞くのと本を黙読することの違いをあらためて考えさせられた時間でもあった。
【注】
*, ** 日本音楽研究家、茂手木潔子による