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Concerts/Live ShowsNo. 318

#1328 ジルベルト・ジル “アケリ・アブラッソ・ジャパンツアー2024”

KYOTOPHONIE 2024 AUTUMN
GILBERTO GIL AQUELE ABRAÇO JAPAN TOUR 2024

2024年9月26日 ロームシアター京都

reported by Shuhei Hosokawa  細川周平
photo: ©️ Kohei Take

FAMILY BAND MEMBERS
ジルベルト・ジル Gilberto Gil (Vo, G)
ジョアン・ジル João Gil (Vo, G, B)
ベン・ジル Bem Gil (Vo, G,B)
フロール・ジル Flor Gil (Vo, Key)
ジョゼ・ジル Jose Gil (Vo, Dr)

1. EXPRESSO 2222 (エスプレッソ2222)
2. VIRAMUNDO (ヴィラムンド)
3. CHICLETE COM BANANA (シクレチ・コン・バナナ)
4. UPA NEGUINHO (ウパ・ネギーニョ)
5. LADEIRA DA PREGUIÇA (ラデイラ・ダ・プレギサ)
6. É LUXO SÓ (エ・ルショ・ソ)
7. JOÃO SABINO (ジョアン・サビーノ)
8. GAROTA DE IPANEMA (イパネマの娘)
9. CHORO ROSA (ショーロ・ローザ)
10. MOON RIVER (ムーン・リバー)
11. TEMPO REI (テンポ・レイ)
12. NÃO CHORE MAIS (ノン・ショーリ・マイス)
13. ESOTÉRICO (エゾテリコ)
14. SONHO MOLHADO (ソーニョ・モラード)
15. VAMOS FUGIR (ヴァモス・フジール)
16. BACK IN BAHIA (バック・イン・バイーア)
17. ANDAR COM FÉ (アンダール・コン・フェ)
18. PALCO (パルコ)
19. AQUELE ABRAÇO (アケリ・アブラソ)
20. A NOVIDADE (ア・ノヴィダジ)
21. TODA MENINA BAIANA (トダ・メニナ・バイアーナ)


ジルにまた会える、それも京都で会えるとは思ってもみなかった。御年八十うん歳、今回は三人息子と孫娘のファミリー・バンド、最小限だが信頼は厚い連中で後ろを固め、休憩なし、気がつくと二時間。60代のジルを何度か見たことがあり、既に老大家として遇していたが、今回は20年分、先を行っている。拝む目線で追っていた。

息子は生まれたときから父親のツアーに同行し、公私いたるところで一緒にやってきたのだろう。一家の団結は固い。ギター、ベース、ドラムス、キーボードの基本に立ち返り、リハ・バンドのようにヴォーカルを立てることに専念している。合間にソロがはさみこまれ父さんに紹介されると、ますます結束が固まるようで気持ちよい。

びっくりしたのが「イパネマの娘」で、レゲエのイントロで、何が始まるのかと待っていると、あの歌が始まる。何百人にカバーされているのだろうが、こんな編曲は聴いたことがない。原曲を立てつつ、完全に自分の曲にしている。第二連は英語になって、アストラッド・ジルベルトが連想される。歌うのは十代半ばの孫娘で、この「マゴ」ニューヨーク育ちと、お爺ちゃんが日本語まじりで紹介したので客席は受けた。客との距離がさらに縮まる。少女をずいぶん可愛がっている様子だ。続いて彼女はオードリー・ヘプバーンの「ムーン・リバー」を、御大のアコ・ギターで歌った。元の映画にちなんでニューヨークの歌という格づけで、ステージの中休みを設定した。ジルが歌うとは想像もつかない。

ブラジルで、彼ほどライブ盤の多いアーティストはいない。若いころから健康志向が強かったのがここにきて効果発揮で、声の質は何十年あまり変わりない。衰えない。自然な声の出しようで、まっすぐ耳に入ってくる。ファミリー・バンドはそのヴォーカルの最適解を知っているかのようだ。客席とのコール&レスポンスでは、ブラジル人の一団が良い反応を示して一体感を演出してくれたので、ぼくも嬉しくなってウーだのホーホーホーだのと叫んでいた。

レゲエ色の強いステージで「ノー・ウーマン・ノー・クライ」が出てくるのは、時間の問題だった。ジルはこのフェミニズム賛歌を40年以上歌い続けている。たぶんレゲエ・シーンの外(特に男性歌手)では唯一だろう。歌うたびにボブ・マーリーと女性に敬意を表している。当初のメッセージ性は弱められたといっても、女性応援は今も重大だ。

自分はブラジル・ポピュラー音楽(MPB)のなかで歌っていると、よくインタビューで語る。ほかの国では人種なりジャンルなりの歴史を背負っていると語っても、国の歴史を背負っているとは言いにくい。ないし大国意識に陥りがちだ。舞台が始まってすぐ、すべてのブラジル音楽はサンバに帰ると語って、古い曲をカバーした。スタイルは新奇いろいろ現われても、ブラジル人の心ここに帰るという扱いだ。そのなかの一曲は、デビューした1970年頃、彼とその新世代を引き立てたエリス・レジーナのロンドン録音で歌われたそうだ。アフロブラジルを讃える歌だ。MPBが国外で知られるきっかけをつくったエリスに、改めて最敬礼を表している。ジルは同時期、軍事政権に追放されロンドンで数年すごしたことがあるので、因縁深いのだろう。

ショー全体が半世紀のキャリアを振り返るような自伝的構成で、トークのうち人名だけは聞き取れた。アリ・バローゾ、ジョビン、ヴィニシウス、ベターニア、ドリヴァル・カイミなどが出た最後に、カエターノの名が呼ばれた。こういうアーティスト間の結束はブラジルではとりわけ強く、歌う素材の提供と共演、再演の域を超えている。オリジナルとカバーを組み合わせて筋道立てるのがジルの特技で、同じ歌がショーによって違う位置と意味で歌われる。

ツアーのタイトルになっている「アケリ・アブラソ」は、ジルの前向きヴァイブレーションが最高に伝わってくる人気曲で、ライブに欠かせないが、今回は全体の結びまで取っておかれた。リオの名所名物をあのテレビ芸人、あのビーチ、あのサッカーチーム、カルナバルと順に挙げて、どれもこれも「抱きしめよう(アブラソ)」とポジティブな応答を客席から受ける、トップクラスのリオ賛歌にしてブラジル賛歌だ。今のブラジル人なら懐メロの部分もある。アンコールはふるさとバイーア賛歌「バイーア娘はだれでも」で、別の思いを発散する。御大はサンバを踊り出して大喝采を浴びる。そりゃそうだ。ブラジルではノって踊ることを「バランスを取る」というが、平均台の上で演技しているような手つき腰つき回転で客席を驚かせる。年を取らない。野外会場だったらどれだけ盛り上がったか、後でネットのライブ映像を見ながら空想した。

40年前の東京ライブ盤のジャケには「幸」の文字がデザインされている。ジルがリクエストしたのだろう。日本人にだけわかるメッセージだ。今回もライブをアルバム化して、嬉しい気分を思い出させてほしい。


 

 

細川周平

細川周平 Shuhei Hosokawa 京都市立芸術大学日本伝統音楽研究センター所長、国際日本文化研究センター名誉教授。専門は音楽、日系ブラジル文化。主著に『遠きにありてつくるもの』(みすず書房、2009年度読売文学賞受賞)、『近代日本の音楽百年』全4巻(岩波書店、第33回ミュージック・ペンクラブ音楽賞受賞)。編著に『ニュー・ジャズ・スタディーズ-ジャズ研究の新たな領域へ』(アルテスパブリッシング)、『民謡からみた世界音楽 -うたの地脈を探る』( ミネルヴァ書房)、『音と耳から考える 歴史・身体・テクノロジー』(アルテスパブリッシング)など。令和2年度芸術選奨文部科学大臣賞受賞。

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