#1334 ラマチウケシコロ -魂を受け継ぐ-
Text by Akira Saito 齊藤聡
Photos by Kiyomi Sakuma 佐久間雪
2024年11月17日 プリモホールゆとろぎ(羽村市生涯学習センター) 大ホール
Nincup(ニンチュプ):豊川容子、西村嘉洋、川上将史、酒井学、酒井真里、吉根加奈、竹山美奈、竹山明美、酒井心、川上朔來、川上亜万夢
特別出演:矢部優子(ピアノ)
このコンサートは、ピアニストの矢部優子がYouTubeでたまたま聴いたアイヌの子守歌<60のゆりかご>に心を動かされ、アポイントひとつ取らず北海道まで旅をしたことに端を発する。矢部が訪ねたウポポイはアイヌ文化発信の拠点として運営されている国立の施設であり、そこでアイヌ音楽のグループNincupのメンバーである川上将史(アフリカ打楽器のジュンジュンなどを演奏)に声をかけた。偶然なのか必然なのか、映像で子守歌を歌っていた豊川容子は川上の妻だった。そして矢部が住む羽村市での公演が実現した―――と、さらりと済ますにはもったいないほどの愉快な話。
アイヌの口琴ムックリは竹製で弁に紐が結わえられており(*1)、その紐のテンションが共鳴へとつながる。はじめにこれがさらにホール全体に響くことによって、観客は陶酔して音楽世界へと誘い込まれる。豊川容子の声がもつ豊かな倍音にも驚かされる。
構成もみごとだ。アイヌの伝統歌ウポポは労働歌でもあり、リムセ(踊り)と組み合わせられてリムセウポポと呼ばれる。中央に置かれたシントコ(行器)の蓋を皆で叩く座り歌からひとりひとりが立ち上がって踊りへと移行する<ウタリオプンパレワ>の展開などおもしろい。また、<サランべ>で絹布を水で洗う表現には生活と音楽とが結びついたここちよさがあった。踊りは曲によって雰囲気がずいぶん異なっており、勇壮なものも、長い髪を振りおろして驚かせてくれる<フッタレチュイ>もある。
歌や演奏から踊りまでを柔らかく包み込むのがアイヌ音楽のゆったりとした拍節だ。それぞれの音が微妙にずれ、追いかけて重なり、別のかたちに変化してゆく。矢部優子もまたアイヌのリズムの中で気持ちよさそうにピアノを演奏する。ほんらいは異なる音楽的な文脈のはずだが、ステージに展開されたあらたな世界はそれを感じさせない。矢部は自身の心臓の鼓動を増幅してサウンドに取り込み、また雨をテーマにしたピアノソロを弾きもする。この場では、心臓の音も雨の音もまたアイヌの拍とともに豊かなポリフォニーを作り出した。
プログラムの最後に日本語の歌を採り上げたのも、呼びかけて多くの観客とステージ上で踊ったのも、開かれた音楽のゆえだろう。じっさいホールは多幸感に満ちていた。
(*1)少数ながら紐なしのものも存在する。
(文中敬称略)