#924 中彩香能 三弦リサイタル(第3回)
text by Masahiko Yuh 悠 雅彦
2016年10月30日 銀座・王子ホール
1.常妙(杵屋正邦)
2. 盤渉調(中能島欣一)
3.神仙調(中能島欣一)
4.筝三弦二重奏曲(杵屋正邦)
5.新ざらし(深草検校~中能島欣一・編曲)
中彩香能(三弦)
遠藤千晶(筝=4) 亀山香能(筝=5) 藤原道山(尺八=5)
若い芽がすくすく育って、気がつくと大きな器に磨きがかかり、魅力的なアーティストとなって颯爽とした演奏を披露している。こんな思いが脳裏に浮かんだのはほかでもなく、中彩香能の此度のリサイタルの前半を聴き終えた直後のことだった。彼女が5年前(2011年)の10月3日、ところも同じ銀座の王子ホールでリサイタル・デビューを飾った時を振り返って、歳月が人を育てる実例を目の当たりにしたような感懐にとらわれるほど、中彩香能という才能豊かな邦楽演奏家の着実な成長ぶりがすこぶる印象的だった。師でもある母の亀山香能がバックアップするのは当然だろうが、尺八の藤原道山が前2回に続いて客演し、とりわけ今回は演奏者として客演するばかりでなく、後半の舞台で演奏された「新ざらし」での尺八の手付けまで引き受けるという心の入れように触れて、この偉才が多くの人同様、三弦奏者としての中彩香能の才能に大きな注目を払っていることが浮き彫りされたかのような舞台だった。
第3回となる今回は、その三弦演奏家としての中彩香能にスポットライトが当たるような舞台構成。とりわけ三弦による彼女ならではの演奏曲目の選択に注目が集まったのは当然と言えば当然だろう。彼女には初心に帰るという意識が働いていたのかもしれない。3年前(2013年)の第2回から一転、彼女が敬愛してやまない杵屋正邦(1914-96)の作品に再び挑戦し、さらには第1回で演奏した「新ざらし」を再び取り上げ、藤原道山の尺八の手付けを加えた新しい趣向でいっそう詩趣と野心に富んだ「新ざらし」を後半舞台で披露したことに、第3回のリサイタルに向けた彼女の特別な意図と意気込みを感じたのは私だけではなかったと思う。実は、開始前にプログラムを一瞥して、前半の第1部が勝敗(出来具合?)の鍵を握ると踏んだ私は、彼女が誰の助けも借りずにソロで演奏する第1部の3曲に注目を払った。そのオープニングが杵屋正邦の「常妙」。以前聴いた、野澤徹也の目の醒めるような指使いが今でも脳裏にわだかまっているこの曲を、彼女がどんな風に演奏してみせるか。プログラムには趣向を変えて、演奏曲ごとに自身のコメントが添えられている。「常妙」では連続するハジキ(左手の指で糸をはじく技法)に触れて、「まさに汗と涙の練習」だった日々を綴っているが、杵屋正邦ならではの書法に奮闘する彼女の三味線演奏にかけた情熱が、やや硬い表情と緊張感ゆえの両手のこわばりを超えて聴く者にアピールする。
同様に三弦独奏の「盤渉調」と「神仙調」は、昭和の世に名手で鳴らし、幾多の優れた作品を残した中能島欣一(1904~84)の作品。中能島の作品をしばしば愛奏する亀山香能を母に持つ中彩香能らしい。この2曲は西洋音楽にも明るく、三弦の機能の拡大を意図した故人の卓越した作曲術を堪能できるが、それだけにソロで演奏する奏者にとっては一筋縄ではいかぬ難曲であることは間違いない。とはいえ、やや緊張が解けたか、中彩香能の過去に取り組んだこの2章形式作品への愛着がほとばしる気合の入ったいい演奏ではあった。
一方、後半の第2部にも聴きものがあった。まず、杵屋正邦の「筝三弦二重奏曲」。筝と三弦の2奏者が互いに遠慮せず、両者が遠慮せずに主張し合い、従来の作品から1歩抜け出した独自性を発揮すべく作曲された作品、と解説にある。なるほど、両者は遠慮しない。客席から見ると確かに、2人は互いに探りを入れたりすることもなく、正攻法でぶつかり合っているように見える。筝はついこの間、日本フィルと共演したリサイタルをリポートしたばかりの遠藤千晶。遠藤は中彩香能の第2回リサイタルでも共演しているが、互いに芸大出身という関係を超えて俗にいううまが合う間柄なのだろう。遠慮し合ったりしたら曲の魅力が半減する恐れがある。その点では互いに忌憚なく丁々発止し合える仲間がいるのは両者にとって幸せなことだ。
最後が深草検校作で知られる「新ざらし」。この曲は彼女が第1回リサイタルで取り上げたもので、間を1回置いただけで再演するということはよほど彼女のフェイヴォリット・ピースか、あるいは何か特別な仕掛けを施して観客にアピールしようとしたか、であろう。前回は師の亀山香能との親子共演であった。ところが今回は、両者に尺八の藤原道山が加わって3者共演を実現させた。しかも尺八の手付けを藤原道山自身が試みた新味も加わって、興味は倍加した。この曲は中能島欣一の名演で名高いが、尺八の手付けがプラスされたことで、まさに今回は「新・新ざらし」として披露されたことになる。尺八は亀山香能と中彩香能のスピーディーな演奏が一段落したところで登場する。藤原道山の手付けはむろんスムースな余韻を響かせた尺八演奏は称賛に値する。最後に、聴きものとなったのは2つの手事。最初の手事は三弦の中彩香能が亀山香能の伴奏で披露。「力の限り挑戦する」との自身の決意にふさわしい三弦ソロではあった。それ以上に感銘深かったのはもうひとつの後半の手事。演奏者は亀山香能で、乗りに乗ってというべきか亀山の火が噴き出すかのような、息もつかせぬ迫真的手事演奏には思わず引き込まれて、ただひたすら聴き入った。まだ弟子には負けんと言わんばかりの心意気、と聴いた。さすが亀山香能! まさに独壇場の手事演奏だった。
第4回がいつになるか分からないが、中彩香能への期待がつのる。楽しみが増えた。