JazzTokyo

Jazz and Far Beyond

閲覧回数 942 回

Concerts/Live ShowsNo. 323

#1351 アレクサンドラ・ドヴガン ピアノリサイタル

2025年2月12日(水)@紀尾井ホール
Reported by Kayo Fushiya 伏谷佳代

出演:
アレクサンドラ・ドヴガン(ピアノ) Alexnadra Dovgan (piano)

曲目:
べートーヴェン:ピアノ・ソナタ第31番変イ長調 op.110
シューマン:ピアノ・ソナタ第2番ト短調 op.22
ラフマニノフ:コレルリの主題による変奏曲ニ短調op.42
プロコフィエフ:ピアノ・ソナタ第2番ニ短調op.14

アンコール:
べートーヴェン:ロンド・ア・カプリッチョop.129
ラフマニノフ:音の絵op.33-5
ショパン:ワルツop.64-2


その早熟の音楽性で欧米の楽壇を席捲しているアレクサンドラ・ドヴガンは弱冠18歳、2022年に続いて2度目の来日。年季の入ったクラシック音楽ファンのみならず、ピアノ学習者も唸らせるプログラムである。冒頭に配した『ソナタ第31番』にせよ続くシューマンの『ソナタ第2番』にせよ、ポリーニやベルマンといった巨匠による金字塔がすでに打ち立てられ、かくあるべし、というイメージが出来上がってしまっている。ドヴガンは、年輪による円熟味とも超絶技巧のアグレッシヴさとも無縁のところで、彼女ならではの世界観を打ち立てる。

硬質で垂直的とも感じられるべートーヴェンの音色に耳が馴染むにつれ、単音の響きの深淵さがクローズアップされると同時に、そのスケール感を封印した「穿つ」ような打鍵からは、クラヴィコード時代への想像力を掻き立てられる。また、シューマンでは、骨太な楽曲構成の伽藍(がらん)を埋め尽くしていく細部の「夥しさ」が実況的には強調されない代わりに、各々のフレージングの動性やニュアンスがささやくように立ち昇る。終楽章は点描画を観る感覚。

さて、ドイツ古典派からロマン派への音楽の推移にリスペクトを捧げたかのような前半と打って変わり、後半は自国の後期ロマン派の大曲で固め、まさに「ロシア・ピアニズムの系譜」の面目躍如。音色の柔軟性と瞬発力が一気に増し、『コレルリの主題による変奏曲』では、テクニックの引き出しの多さが楽想と無理なく融合、持ち味である精巧なペダリングのヴァリエーションとも相俟って、多元的な響きの層を創出する。終曲のプロコフィエフの『ソナタ第2番』は抜群の安定感。楽曲を論理的にかみ砕き多角的に検証したうえで、広大な内的宇宙を抒情豊かに描きだす。何かと成熟度で語られるドヴガンだが、とりわけ第2楽章のスケルツォや終章のヴィヴァーチェなど、テンポが速く、ハーフタッチを含む浅めの打鍵内での駿足の場面切り替えが求められるほどに、そのしなやかさと幽玄さを増すようだ。

アンコールでは、肩肘はらぬ等身大の魅力を発揮。名曲ショパンのワルツでも、風格たっぷりながら斬新かつクールな解釈が散見された。
じわじわとした独特の「ゆらぎ」の境地と甘やかなる思索性-このボーダーレス時代にはいかにも得難い。(*文中敬称略)


関連リンク:
https://www.amati-tokyo.com/artist/piano/post_91.php#news

伏谷佳代

伏谷佳代 (Kayo Fushiya) 1975年仙台市出身。早稲田大学卒業。欧州に長期居住し(ポルトガル・ドイツ・イタリア)各地の音楽シーンに通暁。欧州ジャズとクラシックを中心にジャンルを超えて新譜・コンサート/ライヴ評(月刊誌/Web媒体)、演奏会プログラムやライナーノーツの執筆・翻訳など多数。

コメントを残す

This site uses Akismet to reduce spam. Learn how your comment data is processed.