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Concerts/Live ShowsNo. 328

#1373 永野英樹ピアノ・リサイタル

2025年7月16日(水)@東京文化会館小ホール
Reported by Kayo Fushiya 伏谷佳代

<出演>永野英樹 Hideki Nagano (pf)

<プログラム>
G.D.スカルラッティ:5つのソナタK.208, 54, 310, 145, 141
I.M.アルベニス:イベリア第2集
1. ロンディーニャ Rondina
2. アルメリア Almeria
3. トリアーナ Triana
<休憩>
P.ブーレーズ:天体暦の1ページ
L.ペリオ:セクエンツァ IV
M.ラヴェル:夜のガスパール

*アンコール
M.ラヴェル:水の戯れ
ハイドンの名によるメヌエット


永野英樹は、ピエール・ブーレーズが結成したアンサンブル・アンテルコンタンポランのソリストを29年の長きにわたって務めていることでも知られる。20世紀現代音楽の精髄をもっとも間近で吸収した稀有な存在といえるだろう。

渡仏前のごく若い時分から、きめ細やかで高い精神性を内在させた表現力はつとに知られていたが、今はまさに円熟の境地。あまたの超絶技巧は、ことごとく必然として、なめらかに音楽に血肉化される。あまりに自然なフォームゆえ、技巧を技巧と感じさせない。あたかもピアノを問診するかのように、その内なる声を掬い取り、豊穣な響きの海を具現させる。

ラテン・ヨーロッパの音楽をバロック、現代、近代から俯瞰した、洗練のなかにも熱き土着のエッセンスが滾(たぎ)るプログラム。

さながら短編小説集のごときスカルラッティのソナタは、これから迎えるプログラムのハイライトを示唆する予兆のように瞬く。アルベニスでは、視覚喚起力に富む音色とドラマティックな起伏で鮮やかに情景を象(かたど)る。いかなる瞬間も多層的なパースペクティヴ、暖かな光がこぼれ出る。濃淡、柔剛のニュアンスの振れ幅は計り知れない。それらはどこまでも柔軟でありながら、鋼のような瞬発力を併せもつ。沈黙や残響が雄弁なブーレーズとベリオでは、馥郁たる余韻のなかにも確固とした意思が貫く。たとえ「特定の音を残す」のが作曲家の意図であるにせよ、これほどの精度と天衣無縫さで魅せる演奏家がどれほどいるだろう。プログラム終曲の『夜のガスパール』に覚えた感慨は、捉えがたいものの現前に反射的に覚える眩しさや幻惑に近い。「オンディーヌ」冒頭のパッセージだけで「これぞラヴェル」と納得させる。不気味さをまぶしたヴェルヴェットの弱音が無限に拡張してゆく異世界。皮膚全体から多孔的に染み入る波動に戦慄。次元が違う。(*文中敬称略)


関連リンク:
https://www.amati-tokyo.com/artist/piano/post_31.php
https://www.ensembleintercontemporain.com/en/soliste/hideki-nagano/

伏谷佳代

伏谷佳代 (Kayo Fushiya) 1975年仙台市出身。早稲田大学卒業。欧州に長期居住し(ポルトガル・ドイツ・イタリア)各地の音楽シーンに通暁。欧州ジャズとクラシックを中心にジャンルを超えて新譜・コンサート/ライヴ評(月刊誌/Web媒体)、演奏会プログラムやライナーノーツの執筆・翻訳など多数。

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