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Concerts/Live ShowsJazz Right NowNo. 328

#1374 2025年7月、ジェシカ・アッカリー

Text and photos by Akira Saito 齊藤聡

ジェシカ・アッカリーがはじめての来日ツアーを行った。ジャズ・即興シーンでこの数年間注目度が高くなってきたギタリストである。カナダ出身、しばらくニューヨークで活動し、現在はハワイ在住。高校生のときに札幌に留学し、いまも日本語を学んでいるという彼女にとっても、日本のシーンは新鮮だったようだ。ここではツアー終盤の3回のライヴについて報告する。

2025年7月18日(金) Jazz Spot Candy(千葉)にて
Jessica Ackerley (guitar)
Tatsuhisa Yamamoto 山本達久 (drums)

この日、それぞれによる短めのソロ演奏のあと、休憩をはさんでデュオ演奏を行うことになった。山本達久がドラムセットの生音だけで展開するプレイは感嘆にあたいするものだ。そこには緻密ではあってもずれを最大限に放置する感覚がある。何本もの音の軌道が平行して描かれ、ときに軌道間が合流するときに偶然と必然との確信犯的な出会いがみえる。

一方のジェシカが足元に置くエフェクターはふたつだけ、シンプルなセッティングだ。おもしろいのは、時間を折りたたんで重ねるサウンド作りを、それらのエフェクターにあまり依存せず手仕事で執り行うところだ。ついさっきの過去という別フェーズを同時に提示するありようは、山本が複数のフェーズを並走させるありようと対照的なものであり、極めて複層的な共演になった。

2025年7月19日(土) OTOOTO(東北沢)にて
Jessica Ackerley (guitar)
Masayo Koketsu 纐纈之雅代 (alto saxophone)

はじめての演奏場所において、纐纈之雅代は慎重にサウンドを醸成しようとするようにみえた。だが音量の抑制と振幅の広さとは別のものである。アルトの周波数や音色は変わり続け、さまざまな広さと透明度の空間を作り出す。ジェシカのギターはその空間と外部との間を往還し、和紙のような音の膜を積み重ねる。前日とはちがい、時間の折りたたみではない。ふたりの共同作業はじつに繊細な音のタペストリーになった。

セカンドセットで纐纈がさらに取り込んだのは響きの要素だ。生音の反響が壁や天井との向かい合いかたによって大きく異なることが、その場で証明される。加えて纐纈は床にうずくまって吹くことも試行した。それによりダイナミックレンジが極めて広く、音波の速度もまた変貌を続けるサウンドが提示された。三次元的な旅をともにするジェシカの胆力もまた印象的だった。

2025年7月20日(日) Ftarri(水道橋)にて
Jessica Ackerley (guitar)
Tetuzi Akiyama 秋山徹次 (guitar)

ジェシカのシンプルな設定を知り、秋山徹次はアコースティックギターを持参した。ジェシカも秋山の意向に応じ音量を抑制して臨むことを決めた。つまり演奏をする側も観る側も、ある程度注目点を絞っている。その中でなにが起きるか―――結果として、制約のもとでの演奏にふたりの個性が反映された。

時間や空間の依って立つ基盤を失わせ、あらたな音の源泉を創出し続けるジェシカの音づくりはみごとであり、聴く者は飽くことがない。一方の秋山がいる場所はちがい、サウンドという文脈を意識することはなく、まったく別の相を持ち込んでいるような印象がある。だが隣にいて音を出している者のことを無視するわけはない。秋山はつねにそのあたりの遷移域にいる。ジェシカもときに秋山の音に呼応するが、それはときに明な回答となり、ときに肩透かしとなったりもしておもしろい。プロセスとしてのデュオだったと言うことができるだろうか。

(文中敬称略)

齊藤聡

齊藤 聡(さいとうあきら) 著書に『新しい排出権』、『齋藤徹の芸術 コントラバスが描く運動体』、共著に『温室効果ガス削減と排出量取引』、『これでいいのか福島原発事故報道』、『阿部薫2020 僕の前に誰もいなかった』、『AA 五十年後のアルバート・アイラー』(細田成嗣編著)、『開かれた音楽のアンソロジー〜フリージャズ&フリーミュージック 1981~2000』、『高木元輝~フリージャズサックスのパイオニア』など。『JazzTokyo』、『ele-king』、『Voyage』、『New York City Jazz Records』、『Jazz Right Now』、『Taiwan Beats』、『オフショア』、『Jaz.in』、『ミュージック・マガジン』などに寄稿。ブログ http://blog.goo.ne.jp/sightsong

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