#1396 Colin Vallon(p) Trio@南青山”BAROOM”
text & photos by Toshio Tsunemi 常見登志夫
11月27日(木)東京・南青山“BAROOM”
■Personel
Colin Vallon(p)
Patrice Moret(b)
Julian Sartorius(ds)

スイス在住のピアニスト、コリン・ヴァロンが自己のトリオ、Colin Vallon Trioで7年ぶりの来日公演を行った(パトリス・モレPatrice Moret(b)、ジュリアン・サトリウス Julian Sartorius(ds))。パトリス・モレは2005年に、ジュリアン・サトリウスは2012年にトリオに参加している。
今回のツアーは、中国3ヶ所(20日・ブルーノート北京、22日・西安コンサートホール、23日・ブルーノート上海)での公演を経て、日本(25日・神戸100BANホール、26&27日・東京Baroom、28日・岡山・蔭凉寺、29・大阪・堺環濠ジャズ2025)を縦断した。
中国のツアーもかなり盛況だったと聞いた。特に西安でのコンサート(西安コンサートホールは、クラシックコンサートでも使用される、音響のいいホールだったようである)は、チケットが3日でソールドアウトしたそうだ。中国も含め約2週間のツアー中、毎日違うセットリストを組み、Baroomでの2公演もプログラムを少し変えていたとのこと。2日間通しで通った熱心なファンもいたことへの配慮なのかもしれない。
取材した11月27日(木)は、26日(水)に続く東京・南青山にある円形状のイベントホール、Baroom(バルーム)での公演2日目。BaroomにはBarスペースがあり、数千枚ものLPレコードが整然と棚に並んでいる。店内で流れる音楽もレコードのようだ。この日はマイルス・デイビスが流れていた。音も良く、とても雰囲気のいい空間で、ステージの前後にこのBarでくつろぐ客も多いようだ。
ホールはこぢんまりとしているが、客席(100人収容くらいだろうか)が円形状になっており、ステージを見下ろせるようになっていて、演奏するアーチストをとても身近に感じられる。音の反響が少ないように思われたが、トリオの演奏が始まるとまったく気にならず、彼らの音に集中できた。客席もほとんど埋まっている状態だったが、前日の26日(水)は満席だったらしい。かなり若い世代が目立ったのは、25歳以下の観客に向けた格安なチケットも用意されるなどの配慮もあったことがあげられる。
コリンは2024年秋にECMから4枚目(上記のメンバーとしては3枚目)のアルバム『Samares』をリリースしており、当初は2025年初頭に来日ツアーを予定していた。
コリン~パトリス~ジュリアンのトリオによる3作(『Le Vent』『Danse』『Samares』)をコリンは「3部作」と呼んでいる。『Samares』では、エレクトロニクス(シンセ)を多用したり、プリペアード・ピアノをより一層推し進めたりと変容は明らかだが、彼らの音楽の繊細さと静謐なグルーブは一貫している。
エージェントによると、『Samares』はコロナ禍を経て長い制作期間(7年をかけている)で出来上がったアルバムで、曲名や選曲が変わったり試行錯誤を繰り返した。〈Timo〉や〈Lou〉という、コリンの子供の名前を付けた曲もあり、子育てや身近で大切なものが、アルバム・タイトルの『Samares』(サマラ。フランス語で種と葉の中間のような形をした実)のように、翼のような実が羽ばたくような瞑想的な音世界がいっぱいに広がっている。アンコールで演奏した新曲〈Souffle〉も『Samares』には収録されなかったが、こうした試行錯誤の末に出来上がった作品だということだ。
Baroomのホームページでもアルバム『Samares』のリリース・ツアーであることを謳っていたが、この日のプログラムは、セットリストを見ても分かるように、その3作からまんべんなく取り上げられていた。
■Setlist
①Fades(『Le Vent』収録) ②Ronce(『Samares』収録) ③Mars(『Samares』収録)
④Tinguely(『Danse』収録) ⑤Off ⑥Danse(『Danse』収録) ⑦Brin(『Samares』収録)
⑧Juuichi(『Le Vent』収録) ⑨Souffle(Encore)
このピアノトリオのサウンドはとても独特で、特にプリペアード・ピアノで様々な細工で音響を工夫していることもあり、演奏の前にピアノの中を覗かせてもらった。演奏中にはサトリウス(ds)が通常のスティックやブラシだけでなく、菜箸のような細いスティックやマレット、手帚様のものまで使用し、シンバルには布を被せたり多様なサウンドを創出していた。パトリスもアルミホイルをベースのブリッジ付近に挟み、金属的な音響を作り出す様子が見て取れる。
オープニングの〈Fades〉が始まると、コリンがピアノの中に手を入れ、何か機械を操作している(写真に写っている青いボックスはシンセサイザーとのこと。楽器そのものというより、エフェクター的な使い方をしていると思う)。メロディは特になく、電気で増幅されたピアノの単音の反響音が鳴り響く。サトリウスが小さく細かなシンバルでハーモニーを付ける。コリンは右手で細かく弾き始め、同時にピアノの中にも手を入れ、直接ピアノ線を弾(はじ)いているようだ。サトリウスがシンバルをスティックで擦り、その反響音が空間に何度もこだまする。鈴や鐘状のものをいくつも鳴らしながら、エフェクターをかけたピアノの音と重なり増幅していった。
スネアで軽快に一定のリズムを刻み始めると、そのまま〈Ronce〉に移っていった。「荊(いばら)」とかの意味のようだが、大河の流れのような大きな世界を感じる。アップテンポの、大きなリズムの中にうねるようなピアノのフレーズが幾度も重なり、テンポは変わらないが、ボリュームがどんどん膨らんでいき、トリオは終盤に向けて一気に駆け上がっていく。この間、ドラムスは様々なスティックを使いまわしながらスネアの色彩を変え、ピアノは速いフレーズを頻出する(左手で弦を抑えているのだろうか、かなりデッドな音がする)。凄まじいほどの展開と盛り上がりで、演奏が終わると客席のあちらこちらから大きな歓声が上がり、拍手が沸きおこった。
リリカルなピアノのフレーズで始まった〈Mars〉は、甘美なメロディが続いた。陶酔感でいっぱいだ。決して静かな曲ではなく、ベース、パーカッション(ドラム)の響きはむしろ激しい。他の観客の様子を伺うと(円形なのでよく見えるのである)、曲をかみしめているのだろうか、目をつぶり恍惚とした様子も。感極まって甲高い声も聴こえてきた。
曲はコリンの作曲が多いが、〈Tinguely〉はベースのパトリスのペンによるもの。疾走するベースに、サトリウス(ds)は布や様々な小道具(木の箱や金属製の打楽器だろうか)をスネアに並べ、かなり細いスティックで細かく速いリズムを刻んだ。コリンもピアノの弦に何かをいくつも挟みながら鍵盤を弾いている。音自体は特殊な音がするが、ドラムとベースが一定のリズムを刻み始めるともの凄い速さでピアノを弾き始めた。
コリンがMCで宮古島での思い出を語った〈Brin〉は、もう本当に涙が出るほど優しく、美しかった。演奏後は、大きな歓声は控えられ、じわじわと波のような拍手が沸き起こった。私の周囲でも小さな声で「きれい」とささやく声が聞こえた。
この曲には解説がある。〈Brin〉は沖縄・宮古島のばんがむりBangamuri(子守唄)を原曲にコリンが作曲。当初のプログラムではコリンの子供の名前を冠した〈Lou〉を予定していたが、ばんがむりをコリンに教えた歌手・與那城美和さんがこの日のためにわざわざ宮古島から来ることが分かり、急遽〈Brin〉に差し替えた、とのこと。〈Brin〉は、2022年にコリンがLabel Suisseというフェスで音大生のアンサンブルと消滅危機言語を集め、その言葉の音楽を集めアレンジしたコンサートのために作られた楽曲。宮古島のミャークフツ(宮古口、宮古語)はユネスコによって消滅危機言語に分類されている、という説明も受けた。
パトリス(b)作曲の〈Juuichi〉は日本語の「11」。彼はレディオヘッドから影響を受けて書いた、と語っている。11拍子から付けたのかと思うが、このトリオは深いグルーブを感じさせるものの、リズミカルなメロディもなく、時おり付けるピアノのアクセントも意識してずらしているように思えた。ふつうの拍に乗っていないので、体が自然と動くこともない。不思議な緊張感に包まれた、エモーショナルな曲で、妙に心地いいのである。淡々とつま弾くベースに、ブラシや何種類ものスティックを使い分け、トリオはどんどん昇華していった。後半、エフェクターを通したピアノがそれに乗って鮮やかな世界を作り上げていった。
アンコールは〈Souffle〉。コリンが左手でテーマを弾き始めるとすぐにベース、ドラムスが加わる。サトリウス(ds)がスネアの上に木片(?)を乗せリズムを刻み始めた。スティックで叩く木のアタック音と、スネアのヘッドをマレットで刻む音が反響する。ベースとドラムのリズムの上で、ピアノのメロディが少しずつ変化し繰り返されていく。スフレはお菓子のことではなく、「儚い」とか「淡く膨らんだ」という意味とのこと。とても耳に残る旋律で、いつかアルバムに収録されるかもしれない、とのことだ。
プリペアード・ピアノやドラム(パーカッション)に使われた各種小道具にも興味はあったが、彼らの演奏の本質とはあまり関係がないと思い、詳しく尋ねることはしなかった。
会場には多くのミュージシャンの顔もあった。パトリスは東京公演で日本のベーシスト・須川崇志が所有するベースを借りることができたそうだ。ベース奏者にとって、海外のツアー中、程度の良いベースを手配できるかどうかは重要な要素であり、パフォーマンスを左右する。須川からベースを借りられたことはとてもありがたかった、と述べていた。
エージェントの方からは、『Samares』の制作背景や中国でのツアーの様子など、ライブ取材後にも多くを解説いただいた。文中に反映させていただいたことを付記する。
*追記
本稿を入稿後、コリンに投げかけていた私からの質問に対する回答が届いた。とてもていねいで真摯な内容であり、編集部の了解を得たので、以下に追記させていただくことにした。エージェントからの説明と重なるところもあるが、コリンやトリオの音楽に対する純粋な姿勢が垣間見えると思う。
「私はプリペアド・ピアノにたくさんの技術を注いでいます。(ピアノの中にあった、箸のようなものやマレット、粘土を練ったもの、小さくカラフルなゴムボール、白いロープなどの)小道具は全部自分で見つけてきたものです。この20年間、ずっと追究を続けています。
具体的に言うと、木製のパーツを使ってピッチを変えたり、クォータートーン(四分音)のような効果をシミュレーターで再現したりしています。ジョン・ケージの伝統(プリペアード・ピアノはジョン・ケージが始めた)に倣って、ピアノからパーカッシブな音を出すために他の小道具を使うこともあります。(箸にみえた)木製のスティックを弓代わりに使って、チェロのような音色を出すこともあります。
青い箱はスピーカーを内蔵したシンセサイザーです。ピアノと組み合わせて音に干渉(振幅)効果を加えています。PAで増幅するのではなく、小さなスピーカーから音だけを出しているので、よりアコースティックな効果が得られるのです。
中国ツアーですが、北京と上海のブルーノート公演はとても素晴らしい演奏ができました。主催者はとてもプロフェッショナルでした。西安ではクラシック音楽用の会場で音響も素晴らしく、プロモーターもとても親切でフレンドリーでした。
おっしゃるように、私たちの演奏に集中して聴いてくれる日本の聴衆は最高です。とても情熱的で、音楽を分かち合えるのが本当に素晴らしい。特に良かったのは東京と岡山のコンサートでした。岡山は仏教寺院(蔭凉寺)で、雰囲気も本当に特別でした。
当初、今年の春に来日ツアーを予定していたのですが、すでにヨーロッパでコンサート・ツアーを組んでおり、この11月まで延びてしまいました。日本に来られて本当にうれしかった。また来たいです。
またすぐにお会いできるのを楽しみにしています!」
コリン・ヴァロン, Danse, パトリス・モレ, ジュリアン・サトリウス, Samares, 南青山“BAROOM”, Le Vent









