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Concerts/Live ShowsNo. 237

#996 Dance Archive Project in Tokyo 2017 「たしかな心と眼」ウィリアム・クライン×大野慶人×アノーニ

 

2017年12月15日(金)〜 12月23日(土)
寺田倉庫G1ビル・5階

text by 安藤誠
photos by 谷口雅彦、松本和幸

今回天王洲の寺田倉庫で開催された「Dance Archive Project in Tokyo 2017」は、大野一雄舞踏研究所を母体とするダンスアーカイヴ構想が、貴重な資料やVR等の実験的な展示およびライブパフォーマンスを通じて、過去と未来をクロスさせながら舞踊の新たな可能性を照射するという意欲的な試み。「ダンスアーカイヴの未来」と題する展示では、3Dスキャン人体計測と身体運動のモーションキャプチャーを活用した「大野慶人 Digital 3D in Motion」、写真家ウィリアム・クラインが1961年に銀座と新橋の路上で撮影した土方巽、大野一雄、大野慶人のパフォーマンス画像の全貌を世界初公開する「ウィリアム・クライン TOKYO 1961 アーカイヴ ムーヴィー&VR」を中心に、さまざまなアーティストの作品や書籍・写真集などの資料展示で構成。これらに加え15日から22日まで、内外のアーティストを招聘したライブパフォーマンスが8日間連続で行なわれた。“Crab Dancer’s Parade – Work in Progress”と題した16日から20日の公演はいずれも川口隆夫が演出し、ジョアンナ・コンスタンティンが音楽を担当、各日異なるゲストパフォーマーが出演するという形で行なわれた。本稿では、筆者が体験できた17、18、21日の公演にフォーカスしてレポートする。

●12月17日 Crab Dancer’s Parade – Work in Progress
川口隆夫とジョアンナ・コンスタンティン&ゲスト(横浜光ボクシングジム現役ボクサー+松岡大+岡登志子)

©︎松本和幸

17日のライブは日曜ということもありマチネの公演。振付家やフェミニズムアクティビストといった多様な顔を持つジョアンナがラップトップで生成する重層的な音響が響き渡る中、スクリーンにクラインによる歴史的なパフォーマンス写真が投影される。デジタル・アーカイブ化された600点以上にのぼる未公開作品のスライドに挿入されるのは、現代の銀座で撮影されたオマージュフォト。そしてさらに会場近くの路上でパフォーマンスする様子がリアルタイムで被さるようにカットインしてくる。パフォーマーの一団が外から会場に入り込むその一部始終をカメラが追い、その様子自体が映し出されるスクリーンの前では、一人のボクサーがシャドーボクシングを開始。一方、後方の展示スペースでは何本もの鉄パイプがクラッシュする不穏な音が聴こえてくる。

ここに至ってオーディエンスは、会場全体がパフォーマンスの舞台であることを知るのだが、“踊らないダンス”を実践するダンサーたちはその後も寄り添ったり離れたりを繰り返し、見るものの予測を裏切り続ける。アンサンブル・ゾネ主宰で振付家としても活動する岡登志子、山海塾舞踏手の松岡大、そして現役のボクサーという異なるフィールドに属する表現者たちが絡み合い、身体による異形の交響曲を奏でる時間。虚と実、陰と陽、静寂と喧騒、現実とバーチャル…さまざまな対立的要素が交錯し、観終わった後には得体の知れない揺らぎの中に放り込まれたような感覚が残された。

 

●12月18日 Crab Dancer’s Parade – Work in Progress
川口隆夫とジョアンナ・コンスタンティン&ゲスト(ソケリッサ!+砂山典子)

©︎谷口雅彦

かわって18日は夜19時半からのスタート。冬の柔らかな陽射しが差し込み、ダンサー達とのコントラストを描いていた17日とは対照的に、倉庫内の空間は暗闇に侵食され、重厚なムードに包まれている。ゲストも入れ替わり、この日はダンサー/振付家のアオキ裕キが立ち上げた「新人Hソケリッサ!」と、ダムタイプの一員としても活動する砂山典子が出演。「路上生活経験の記憶を持つ身体から何が生まれるのか?」を主題として活動を行うソケリッサのメンバーたちが、過去のアーカイヴとの共存という課題をどのように自らの表現に落とし込もうとするのか興味深く見守ったが、否応なく感じられる彼らの身体そのものの存在感を至近距離で目の当たりにするたび、かえって虚構性が増幅していくような奇妙さに囚われることになった。

2013年に初演した「大野一雄について」でも高い評価を受けた川口隆夫が長年追求してきた主題を軸に置きつつ、今ここに現存する生身の身体と、過去から召喚された光と陰だけからなる身体を融合/対比させるという試みを現実化した両日の公演。いずれも、観られなかった残り3回の公演への勝手な妄想をかきたててくれる刺激的なパフォーマンスだった。Work in Progressと併記されているとおり、現在進行形と思われるこの試み。今後も何らかの形で継続されていくことを期待したい。

 

●12月21日 アノーニ×大野慶人「たしかな心と眼」

©︎松本和幸

ルー・リードやビヨークとの共演でも知られるアノーニ(旧名アントニー・ヘガティ)は、アントニー・アンド・ザ・ジョンソンズ等を経てソロ活動に軸足を移し、近作“Hopelessness”も高い評価を得たトランスジェンダー・アーティスト。2009年リリースの“The Crying Light”では大野一雄をジャケットのアートワークに使用し、2010年には大野慶人とも共演を果たすなど、彼らへの傾倒を折りに触れ表明してきたのはファンにはよく知られるところ。そんな経緯もあり、今回このDance Archive Project in Tokyo 2017での共演が実現した。

開演時間が訪れ、しばし舞台袖で座していた大野慶人が立ち上がり、アノーニ、アノーニと2度ほど呟き舞い始める。「水を打ったような静けさ」「固唾を呑んで見守る」という常套句がこれほど似つかわしい場面もないのでは、と思わせるほどの濃密な静寂が場内を覆う。やがて現れたアノーニの、そのピアノの一音が立ち上がる瞬間に、満場のオーディエンス(この日と翌日のチケットは早くにソールドアウトになった)全員が神経を集中しているのがわかる。どんなジャンルの、どんな大御所のライブでも滅多に体験できない、まさに一回性のスリリングな瞬間だ。

タッチを極力抑えたピアノをバックに、歌詞の中でも最もシンプルな言葉(「ありがとう」「ごめんね」「幸せよ」)の部分を執拗に繰り返すアノーニ。しかしその言葉は、歌われるたび違った意味合いを伴って聴こえてくるよう。多くの先鋭的なアーティストを魅了したファルセットヴォイスの艶やかさも、要素を最小限に抑えたステージでは一層際立つ。そして白いスーツに白塗り姿の大野。踊っているさなかは勿論のこと、しばし腰掛け休息を取るその姿ですら崇高さを感じさせる、そんな域に到達しているのが実感できる。

緊張感に満ちた二人の時間が終幕を迎え、カーテンコールの後に一雄のパペットを手に現れた慶人。スクリーンに映るその眼は少し潤んでいるようにも見えた。バックではアノーニが、エルヴィス・プレスリーのカヴァー“Can’t Help Falling In Love”を歌う。そのなんの飾り立てもない率直な歌唱に、大野親子への限りないリスペクトが込められているのを感じたのは筆者だけではないだろう。アノーニの慈愛に満ちた眼差しは、慕い続けてきた大野だけでなく、何故か聴衆にもずっと注がれていた。それはまさしく本公演のタイトルそのままに、その場にいたもの全ての心を確かめるかのようだった。

Set List / 21 December 2017
1. I Am the Enemy of the Earth
2. Swanlights
3. Her Eyes Are Underneath the Ground
4. Cripple and the Starfish
5. You Are My Sister
6. Epilepsy Is Dancing
7. Sing For Me
8. River of Sorrow
9. Another World
10. You Are My Enemy
11. Hope There’s Someone
Enc. Can’t Help Falling In Love

安藤誠

あんどう・まこと 街を回遊しながらダンスと音楽の即興セッションを楽しむイベント『LAND FES』ディレクター。

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