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Jazz and Far Beyond

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Concerts/Live ShowsNo. 239

#1003 Kurt Elling(カート・エリング)

text by Masahiko Yuh 悠 雅彦
photo by Takuo Sato 佐藤拓央

2018年1月20日 Blue Note Tokyo

カート・エリング  vocal
スチュ・ミンダーマン piano
ジョン・マクリーン guitar
クラーク・ソマーズ bass
クリスチャン・ユーマン drums

1.Speak No Evil
2.A Happy Thought
3.I Have Dreamed
4.Samurai Cowboy
5.Do You Call Her Today ?
6.Skylark
7.Lawns
8.Nature Boy
(Encore)Solo Improvisation

 

3日間にわたって行われたカート・エリング・ショーの2日目を聴いた。

いわゆるヒット曲に恵まれているわけでもない彼が、今や全米きっての現代を代表するジャズ歌手として並ぶ者のない第一人者となり、2009年にはついにグラミー賞の栄誉に輝いた実力の一端を、最上のパフォーマンスとして日本のファンに披露した。今回は2年振りのブルーノート東京への出演。エリングの歌を聴きながら、もう半世紀以上も前にフランク・シナトラやトニー・ベネットに熱中し、ビリー・ホリデイと出会い、以後エラ、サラ、カーメンを経てベティ・カーター、さらにはジョー・ウィリアムス、エディ・ジェファーソンやジョン・ヘンドリックス、ジョニー・ハートマンらのジャズ・ヴォーカルに血道を上げた青春賦の一端がふと甦ったかのような快感を味わった。こんな体験はそれ以後はほとんどなかったということは、あの時代がいかにポピュラーとの境を超えたジャズ・ヴォーカルの黄金時代だったかを思わずにはいられない。

分けても特筆すべきは、まさに並ぶ者のない彼のスキャット技法だ。ヴォーカリストだから敢えてスキャット唱法と注釈をつけて表記するが、実際には声を駆使してジャズの器楽奏者並みの、ときにはそれ以上のアドリブ(インプロヴィゼーション、即興演奏)を展開して、聴く者を唖然たらしめ、ときには煙に巻くのだ。つまり、彼はときに、このスキャット技法を最良の武器にし、聴衆を圧倒し、魅了する。その最良のサンプルとでもいうべき例を全8曲、真摯かつ情熱的に歌い終えとあと、満場の拍手に応えて披露した言葉をいっさい用いない「ソロ・インプロヴィゼーション」に聴いた。振り返れば、ジョン・ヘンドリックス(ランバート・ロス&ヘンドリックスで名高い)など何人かは器楽奏者にヒケを取らぬヴォーカルによるアドリブの達人だったが、それを表看板にして受けを狙う挙に出たことはなかった。時代がそれを認めなかったからだろう。しかし今日に立ち返って、現代がそうした試みをアーティストに要請する時代になったとまでは言えないにしても、そうした表現力が自由に試される時代になったことだけは間違いない。その一端を、さらに言えばその最良の例を、私たちはカート・エリングに見出したことになる。

その「Solo Improvisation」。何と彼はたった1人で舞台に再登場し、そのうえ驚いたことにマイクロフォンなしで、つまり生の声でスキャット、いやソロ・ヴォーカル・アドリブを溌剌と披露したのだ。その間、観客の話し声も拍手もなく、人々はひたすらエリングの声の妙技に聴き入った。思わず膝を乗り出した私も夢中で聴いた。おかげで一体どのくらいの時間を費やしたのか、いつもの私なら時計を見て確かめるのに、それさえも忘れるほど興奮したらしい。恐らくは3分ぐらいだったかもしれないが、私には5分にも、いやそれ以上にも感じられるほどだった。何を下敷きにしたかはすぐ分かった。スイング時代にベニー・グッドマンやトミー・ドーシーらのバンドで活躍し、トランペットの名手と謳われながら僅か34歳で夭折した伝説的名手バニー・ベリガン(1908~1942/1975年に名声の殿堂入り)の一世一代の大ヒット曲で、ジョージ・ガーシュウィンの兄アイラの詞にヴァーノン・デュークが作曲したスタンダードの名曲「 I Can’t Get Started 言い出しかねて」。ビリー・ホリデイがレスター・ヤングと吹込んだ名唱が忘れられないが、ノラ・ジョーンズも手がけるなどまさに永遠の名歌といってよい。1936年生まれのこの曲をエリングは、あたかもテナーを吹く恰好をしながら(レスター・ヤングを意識していたか?)、実に軽妙にヴォーカル・アドリブの名技を披露したのだ。たった数分間だったかもしれないが、50歳を超えて到達したエリングの現在の至高の境地を示した1曲だったことと、加えて少なくともこの瞬間に立ち会えた私自身の喜びがないまぜになった感動で、胸が異常なまでに高まるのをしばし抑えられないほどだった。

アンコールの前にステージのラスト・ナンバーとして歌った「ネイチャー・ボーイ」も実に素晴らしかったが、余りに「アイ・キャント・ゲット・スターテッド」の驚きが大きかったために、後回しになってしまった。創唱したナット・コールはむろんブランフォード・マルサリスがソプラノで聴く者の胸を打った過去の名演に仲間入りをさせたい見事なスキャットで、エリングはここでもヴォイス・プレイヤーとしての第一人者ぶりを発揮した。ソロをとったギターのジョン・マクリーン、ピアノのスチュ・ミンダーマンのオルガン・ソロも聴きごたえがあった。ソロをとる機会は余りなかったものの、ベースのクラーク・ソマーズとドラムスのクリスチャン・ユーマンの切れのいいプレイも溌剌としていて申し分なかった。

先述したように、エリングがグラミー賞に輝いた『Dedicated to You』には、「Kurt Elling Sings the Music of Coltrane And Hartman」というサブタイトルがついている。すなわち、ジョン・コルトレーンがジョニー・ハートマンを口説いてインパルスに吹き込んだ、約50年前の歴史が、エリングの手で再現されたと改めて思うとき、もしかすると歴史を再評価する新しい時代が到来しつつあるのかもしれない、との思いが脳裏をよぎった。この夜、彼が口火を切ったウェイン・ショーターの「スピーク・ノー・イーヴル」は切れのいいモダンな、いかにも新しい時代の装いを感じさせるスウィンギーなフォアビートだったが、新曲の「ア・ハッピー・ソウト」以下のナンバーでは、むしろ新時代の大人のヴォーカルといった溌剌とした若々しさを表に押し出した唱法と構成を印象づけるものだった。そうした中ではビリー・エクスタインの十八番だったホーギー・カーマイケルの「スカイラーク」を、持前の深いバリトン・ヴォイスで唱法で歌い上げた唱法が印象深かった。ファルセットとは思わせぬ高いヴォイスで、恐らくは4オクターヴにも及ぶ声域を駆使するエリングのスキャット技法は、今後日本でも格別な注目を集めるのではあるまいか。

悠雅彦

悠 雅彦:1937年、神奈川県生まれ。早大文学部卒。ジャズ・シンガーを経てジャズ評論家に。現在、洗足学園音大講師。朝日新聞などに寄稿する他、「トーキン・ナップ・ジャズ」(ミュージックバード)のDJを務める。共著「ジャズCDの名鑑」(文春新書)、「モダン・ジャズの群像」「ぼくのジャズ・アメリカ」(共に音楽の友社)他。

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