#1059 月見ル君想フpresents 編む言葉—触れる・揺れる・震える—
Text by 剛田武 Takeshi Goda
Photos by 船木和倖 Kazuyuki Funaki
2019年1月17日(木)青山 月見ル君想フ
月見ル君想フpresents 編む言葉—触れる・揺れる・震える—
<出演>
灰野敬二/サクライケンタ/コショージメグミ(Maison book girl)/Taigen Kawabe(BO NINGEN)
Set list
1. 教室
2. 不思議な風船
3. 14days
4. empty
5. 雨の向こう側で
6. a-shi-ta
7. water
8. opening
月光の下に現出した詩と音楽の慈しみの海
青山にあるライヴハウス、月見ル君想フでは3年前から毎年1月に灰野敬二と他のミュージシャンとのコラボレーション・ライヴが開催されている。2017年のTHE NOVEMBERS、2018年のBO NINGENに続き、3回目となる今年は、女性アイドル・グループ、Maison book girl(以下、通称ブクガ)のメンバー、コショージメグミ(vo)と、そのプロデューサーであるサクライケンタ(g.key)、昨年コラボしたロックバンド、BO NINGENのTaigen Kawabe(vo,b)と灰野による異色の組み合わせ。現代音楽やミニマルミュージックとアイドルポップスを融合した“ニューエイジポップ”で異彩を放つブクガも定期的にこの会場でライヴを行っている。グループ名に「book」とあるのに相応しく、彼らのレパートリーにはコショージの書いた詩にサクライが音楽をつけたポエトリーリーディング・ナンバーがある。その詩のもとに灰野が解体・再構成することでお面白い化学反応が起こるだろう、と考えた月見ルの企画担当者がコラボレーションを発案したという。両者と共演経験のあるTaigenの参加は、演奏面はもちろん、ある意味で潤滑油的な役割を期待されたのかもしれない。
灰野は資料として送られた原曲を聴かずに共演に臨んだという。ストーリー性の豊かな詩のイメージを膨らませる為に白紙のままで挑んだのだろう。共演に際しては、一過性のセッションにありがちな音の鬩ぎあいでなく、音楽・物語を一緒に作り上げることを提案したという。その姿勢はこれまでのTHE NOVEMBERS、BO NIGENとのコラボレーションと同じであるが、既存のグループに灰野が加わる両者とは異なり、これまで存在しない新たな顔ぶれによる今回のコラボに於いてこの共通認識はより重要性を持つ。
しかし実際にステージ上に4人が並んだ図は灰野ファン、ブクガファン、BO NINGENファンいずれにとってもシュールな光景だった。コショージはブクガのデビュー当時の衣装を着用。まだオリジナル曲が少なくて、演奏時間を埋める為に詩の朗読を披露した当時を思い出したのだろう。静まり返った中、サクライのボサノバ風のギターで「教室」が始まる。原曲のフレーズを活かしたプレイだが、Taigenがコーラスで加わり灰野の深いリバーヴのギターが入ると溶けるような陶酔感を誘う。淡々としたテンポのベースに導かれた「不思議な風船」では、タイトル通り浮遊感のある二本のギターが絡み合う。原曲はピアノと環境音による実験映画のサントラのような「14days」は、灰野とサクライの轟音ギターとTaigenのヴォイスで、ブクガ・ヴァージョンでは語られない伏せ字部分をかき消そうとするが、聞こえてしまったその言葉はちょっとショッキングだった。完全即興による「empty」はサクライのキーボード、Taigenのエレクトロニクス、灰野のギターが交差し合うアトランダムな音の粒子が言葉をホップさせた。
前半が終わってMCタイム。普段のアイドルライヴとは全く違う息を詰めるような雰囲気に「静かですね」と語りかけるコショージ。幾分遠慮がちのメンバー紹介に笑いも漏れるMCに、演者も観客も緊張感が解れたに違いない。後半はメンバー同士の交流がより広がっていく。「雨の向こう側」の朗読はコショージと灰野で分け合う。落ち着いた口調の灰野の深い声は、サクライのノスタルジックなピアノと相まって、父親の昔語りを聞くような安心感に満たされる。「灰色」という言葉がよく出てくるのは意図したのであろうか。続く「a-shi-ta」は、元の詩の単語を4人がランダムに口にする前衛演劇のようなパフォーマンス。普段は歌うことがないサクライを含め、それぞれが自らのヴォイスで表現することで、4人の信頼関係が結ばれていくかのようであった。「water」はTaigenがメインで朗読する。エフェクトをかけたエモーショナルなTaigenの語りに触発されたのか、普段はクールなコショージが、まるでオノヨーコかニコを彷彿させるシャウトを聴かせる。彼女の中で表現衝動の新たな扉が開かれたように感じた。ラスト・ナンバー「opening」は老人と猫をテーマにした詩。この日最大ヴォリュームの轟音演奏のイントロが一転して、静かに物語が始まる。灰野が元の詩にはない自分の言葉を交えて、コショージの言葉に寄り添う。途中で感極まってコショージは涙を流しながら語り始めた。バックの三人の演奏も死にゆく猫を葬送するような濡れたサウンドを奏で、70分に亘るステージを終焉に導いた。
ブクガでは4人のメンバーが分担して詩を朗読するスタイルだが、この日はすべて作者であるコショージ自身が語った。作者とパフォーマーの両方を兼ねることで、「死」と「不在」をテーマに書き上げたストーリーに内在する思想と感情の新たな局面を露わにした。4人の演奏はエモーションの振幅を拡張し、孤独な魂の内観を、次元の異なる集団的無意識の地平へと解放する行為だった。ポエトリーリーディングは歌とは違い、言葉は音楽に寄り添いはしない。しかしこの日のポエトリーは単なる「言葉」ではなく、4人が共有する「感情」として「音楽」と触れ合い、揺れ合い、震え合い、ひとつになって豊潤な物語を紡ぎ出した。単なる異種格闘技とは次元の異なる、慈愛と共感に満ちた真の創造の場の現出であった。(2019年2月2日記 剛田武)