#1156 山田貴子 & 類家心平 first tour
text by Hiroaki Ichinose 市之瀬 浩盟
photo: courtesy of Takako Yamada
山田貴子 & 類家心平 first tour
2020年12月13 日 at Storyhouse Cafe & Bar 松本市
山田 貴子(p)
類家 心平(tp)
[1st set]
1. Someday My Prince Will Come
2. Blue Midnight (Paul Motian)
3. Luisa (Tom Jobin)
4. December (Takako Yamada *『My Story』 収録曲)
5. Spiral Dance (Keith Jarrett)
[2nd set]
1. Alone Together
2. Born Under The Lucky Star (Takako Yamada *『Tryphonic/Fiction』 収録曲)
3. I Love You Porgy
4. Shenandoah (*『Remembarnce-記憶-』 収録曲)
[Encore]
1. Autumn Leaves
2. Over The Rainbow
もともと今年の4月に同会場で演奏されるはずだったこのデュオ・ライブ。世界中を襲った未曾有の禍事で今日に延期になっていた。予約を入れておいたのだが、はたして行われるのか?行っていいものやら?正直、当日まで自問自答を繰り返していた。
我が家から開場までは徒歩1分。開場の30分前にはまだ誰も並んでいないお店の前で独り佇んでいた。音合わせの音が聴こえてくる…。
…済んだようだ。メンバーやお店のスタッフの安心した声が飛び交う。店の一番奥においてあるピアノから楽屋に戻ろうとする山田とマスク越しではあったがまだ閉ざされた戸口のガラスを通して目があった。腰の辺で小さく手を振ってみた。気づいてくれて手を振ってくれる。自然とこちらの手は大きく振っている。覚えていてくれた!!1年ちょっと振りの再会。
* * *
開場一番乗りだったので最前席に陣取る。山田のピアノと類家のトランペットの筒先に当たる場所である。この日までずっと気になっており「あるいはまさか…」とも想っていたが、類家の足元にはやはりエフェクターの類は一切ない。生と生の真剣勝負である。
ボブ・ディランの”風に吹かれて” 、“転がる石のように” 、はたまた誰やらが歌うデヴィッド・ボウイの”ジギー・スターダスト” などがBGMで流れる会場でじっとその瞬間を待った…。
やっぱり来てよかった。一曲目”サムデイ・マイ・プリンス・ウィル・カム” …冒頭のピアノの導入部の音色に格別の懐かしさを感じる。類家は身体をよじらせながらテーマを奏でるそのギリギリの瞬間の間を測って研ぎ澄まされた音を入れてきた。最初の一音で目頭が熱くなった。一切の水分が枯渇し、ひび割れた大地に点々と立ち残る枯木のそのずっと先から一筋の閃光を携えて木々の間をすり抜けながらその一音は私の身体を貫いて行った。
コロナ禍でのライブという事で生演奏では当たり前のお約束事となっている 「イエィ!」とか 「ィヤッ!」や 「どっちもどっちも!」などといった合いの手はなかなかあげにくい感じが会場内に漂っていたが、演奏が始まってしまえばなかなか我慢できなくなる。拍手をする両の掌は早くも充血し、身体は両者から繰り出される音に前後左右に翻弄される。前半最後のキース・ジャレットの名曲 “Spiral Dance” でその動きは最骨頂に達した。
J.ガルバレク・P.ダニエルソン・J.クリステンセンからなるいわゆるキースのヨーロピアン・クァルテットの不滅の名作 『Belonging』(ECM1050)の一曲目にガツンとぶつけてきたあの名曲である。
山田の「最も敬愛するジャズ・ピアニスト、彼の音に出逢っていなかったらジャズの道に進んでなかった」「トランペットとのデュオではこの曲はなかなか演らないのでは」とのMCで「なるほど」と独り溜飲を下げ、期待は益々昂まる。山田のピアノのバッキングに踵、つま先、膝と腰が、テーマを自在に音色を変えながら奏でる類家のペットに肩、顎、そして頭が反応し、ソロパートに突入していく頃には自然と私の全身は二人による操り人形と化してゆく。エンディング・テーマをビシッと決めた瞬間、私の頭がガクンと落ち、私をはじめ少なからぬ観客が “イェッ‼︎” と同時に応えた。達成感に満ち溢れた二人の笑顔に満場の喝采が浴びせられた。
左の頬を丸く膨らませ、全身を縦横無尽に折り曲げ上下左右にペットを操り多彩な音色を放つ類家。筒先が私の正面に向いたならばそこから繰り出される音は他の誰よりも先にこの身を貫き、ある時は床で跳ね返り突き刺さり、またある時は天井から降りかかる。
そのソロに山田はいつも最初は少なめの音で控えめにやがて気がつけばいつもの情熱的で力強い音で支えそして応戦する。自分のソロパートでもじわりじわりと盛り上げていくあの”劇場型ピアノソロ”である。小柄な身体の何処にあのパワーを隠し持っているのか、互いにぐいぐいと吹き込み、弾き込み、そして引き込まれていく。
二人とも自身の作品でさえ共演者が多岐にわたっている。そしてそのそれぞれが自身の音色を保ちつつ全く別のアプローチを仕掛けてくる。実に「引き出しの多い」奏者である。多いばかりではない。幅の広い引き出し、中でたくさん仕切られている引き出し、何処までも深い引き出し、狭くて奥行きのある引き出し、歪な引き出し、後ろ向きに開く引き出し、共演者に握りしめられし鍵付きの引き出し…しかしそんな様々な引き出しが整然と一つのキャビネットに隙間なく収まりブレずにそして倒れる事なく大地にしっかりと根を張り起立している。
そんな2人の音が「混ぜるなキケン」な張り詰めた緊張感の中でお互いの音を跳ね飛ばし、包み合い、昇り詰め、やがては息を潜め合い消えゆかんとする最後の音を我々聴衆と一緒に見送っていく。
後は二曲のアンコールまでそんな一瞬たりとも気を抜かぬ二人の演奏に心底痺れ、夢中で拍手をし、両の瞳は涙で霞んだ…。
* * *
公演開催の大英断を下していただいたお二人と、消毒、検温、連絡先名簿作成をはじめ感染対策に尽力された関係各位に心から感謝する次第である。
前日に京都で行われる予定だったライブ・レコーディング演奏はキャンセルとなった。松本にだけ来て下さった。客席は間引くのを余儀なくされ、30人程だけのこの極上のデュオ。是非ともレコーディング、CD化を実現してもらい、全世界のジャズファンに届けていただきたいと切に願いつつ徒歩1分の家路へとついた。