#813 ブロッツマン・ジャパン・ツアー2015 BRÖTZMANN JAPAN TOUR 2015
2015年4月19日 新宿ピットイン、21日 恵比寿Live Gate、24日六本木 SuperDeluxe
Reported by 剛田 武(Takeshi Goda)
Photos by Takshi Goda, *Mark E. Rappaport and **上原基章 Moto Uehara
4月19日(日)新宿Pit Inn
ペーター・ブロッツマン+豊住芳三郎+佐藤允彦
4月21日(火) 恵比寿Live Gate
近藤等則+ペーター・ブロッツマン+中原昌也
4月24日(金)六本木SuperDeluxe
ペーター・ブロッツマン+ジム・オルーク+灰野敬二
ドイツ即興音楽界の重鎮ペーター・ブロッツマンは大の親日家として知られる。筆者が足繁く通い始めたのは2008年からだが、それ以前からほぼ毎年のように来日し、各地で日本の音楽家とセッションを繰り広げている。しかもいつもほぼ満員御礼。古参の筋金入りフリージャズ/即興ファンもいるが、毎回若い客層が多いことに気付かされる。ソニック・ユースやジム・オルークなどノイズロック/ポストロック人脈からリスペクトされているとはいえ、具体的なオルタナ/ポストロック/ノイズ等との共演やコラボは殆どない。ある意味でフレキシブルなデレク・ベイリーやエヴァン・パーカーに比べ、相当ハードコアな即興演奏家と言える。コア中のコアとも呼べる鉄人の来日公演に毎回新しいファンが訪れることに、即興音楽の底知れぬ魅惑の感染力と中毒性を思い知らされる。
サックスのヘラクレスと呼ばれるブロッツマンを初めて観たのは、1982年のミシャ・メンゲルベルク&ICPオーケストラの初来日ツアーだった。正確に言えば、5月8日日本教育会館一ツ橋ホールでのICPオーケストラ公演に先だって開催された、5月1日法政大学学生会館大ホールの『今ゼロを越えてゆく』というイベントでブロッツマン+近藤等則(tp)+豊住芳三郎(ds)のトリオを観たのが最初である。ブロッツマンは40歳前後だったが、トレードマークの巨体と濃い髭には、百戦錬磨の即興戦士のオーラが漂っていた。
それから30年以上経った現在も、当時と全く変わらぬ激烈な演奏を繰り広げるブロッツマン。約2週間で9公演という精力的な今年の来日ツアー・スケジュールの中で、筆者が参戦した3公演は、それぞれ共演相手が違うだけではなく、ライヴ表現の在り方も現場の表情も全く異なる興味深い体験だった。
2015年4月19日(日) 新宿Pit Inn
新宿 PIT INN 50th Anniversary ブロッツ&サブ 2デイズ
出演:
ペーター・ブロッツマン (ts,他)
豊住芳三郎 (ds,他)
ゲスト: 佐藤允彦 (p)
2015年最初のブロッツマン体験。SABUこと豊住芳三郎とのピットイン50周年企画2デイズの二日目は佐藤允彦をゲストに開催された。(初日のゲストは近藤等則)。
ブロッツマンと佐藤が同い年で73歳、SABUが71歳。3人あわせて217歳トリオである。もし来年同じトリオが実現したなら220歳になるので、現時点で“史上最高齢トリオ”などと喧伝するのは時期尚早であろう。SABUは相変わらず世界中を演奏旅行しているようで、直近ではトルコやチリに行ったという。50年来の付き合いの佐藤とも、もっぱら海外のフェスで会うばかりで国内での共演は久々らしい。
この三人のトリオ演奏は初めてという訳ではなかろうが、昨年は、SABUと佐藤それぞれ別日程でブロッツマンと共演するニアミス状態だったので、筆者的にはやはり「待望の」という枕詞をつけたくなる。座席はほぼ満員で、開演時間までに立見客も増える。ミュージシャン仲間らしき姿も多く、所々で歓声があがる。
「フリージャズという言葉は好きじゃない。様々な誤解の原因になるから。フリーダム(自由)と聞くと何でも好き勝手にやっていいと思われるが、勿論そうじゃ無い。一緒にステージに上がったら一緒に何かを作り上げなければならない。時には他の2人が居なければ自分では出来ないこともある。常に学習であり経験を深める過程が好きなんだ」
——-ペーター・ブロッツマン/ハンガリーTVドキュメンタリー番組『Free The Jazz』(2014)より
その言葉通り、ベテラン三人の演奏は、リラックス感と刺激が交錯し、地図の無い音楽の旅程を一緒に学び、経験する歓びを存分に発散していた。ブロッツマンの咆哮とSABUのパワフルなストロール、佐藤の指から流れる伸びやかなフレージング。一音一音が新たな道を切り開く。誰か独りでも欠けたら表情はまったく変わってしまうに違いない。「一期一会」とは、この夜のピットインでの2時間の経験を表現するためにある言葉かもしれない。
個人的には2ndセット前半のターロガトーのエキゾチックな調べとトルコ風ピアノが徐々に怒濤のドラムソロへ変幻する様子が圧巻だった。
4月21日(火) 恵比寿Live Gate
「響命」シリーズ第四弾 at LIVE GATE TOKYO~Blow your Mind~
出演:
近藤等則 ( el-tp )
ペーター・ブロッツマン ( sax )
中原昌也 ( synthe & effects )
今回の来日ツアーの中でも、一際目を惹いた(浮いてる)ラインナップがこの日。小説家としても知られるノイズ演奏家の中原昌也(Hair Stylistics)とアコースティック即興演奏の鉄人ペーター・ブロッツマンとは、想像を超えた顔合わせだが、どちらも中毒的に愛好する筆者にとっては、「神ライヴ」と言うしかない。
日曜日のピットインが素晴らしすぎて、熱に浮かれた状態で、恵比寿Live Gateへ向かう。初めて訪れるこの会場は、広さも音響も理想的なライヴハウスだが、不幸にも今月末で閉店するという。人生最初で最後の場所で体験する異種交歓に不思議な気分がする。30席余りの椅子は満席。コアな年配ジャズ&即興ファンが多かったピットイン公演に比べて、いまどきの若者中心の客層には女性客の姿も目立つ。
ブロッツマンと近藤は30年以上の長い付き合いで、お互い手の内を知り尽くしている筈だが、中原の電子音が加わった途端に、様相がガラッと変化する。客席で聴く限りでは、左と右のPAスピーカーとステージ上のアンプから、中原のソリッドな電子ノイズと、近藤の浮遊するエレクトリック・トランペットが飛び交うエレクトロの嵐の中で、ブロッツマンが独り屹立する勇猛な風景を幻視したが、ステージ上ではもっと混然一体のアトモスフェアが生まれていたのではなかろうか。それは対峙とか共感とか友愛とか交歓という言葉では表現しえない『未知の創造の場』の現出ではなかったか。
「まずはじめに、音楽をどのように聴かせるか、楽器をどのように鳴らすべきか、他のミュージシャンとどのように共働すべきか、自分のヴィジョンを持つことが必要だ。大切なのは唯ひとつ、自分がするべきことをすること。躍起になって極端な右や左を目指す必要は無い。ただ自分自身の音楽のアイデアに従いながら、徐々に端へ近づくようにすればいい。私にとって音楽とは、境界に近づくことに他ならない。時には境界を少しだけ広げることができる。逆に言えば、境界は近づくたびに常に離れて行くともいえる。それはとても時間がかかるプロセスであり、私は一生かけて追い求めているのだ」
——-ペーター・ブロッツマン/ハンガリーTVドキュメンタリー番組『Free The Jazz』(2014)より
その言葉通り、この夜の三人はそれぞれに自分のやるべきことをやりながら、右と左/上と下/前と後ろの境界へと近づき、少しずつ押し広げ、観客の心を巻き込みながら、未知の創造を追い求めたといえるだろう。他のミュージシャンとの共演との違いを、演奏家自身が果たして何処まで意識したかは知り得ないが、少なくとも筆者を含む観客の一部にとっては、これまでにない経験であり学習であり冒険であったことは間違いない。この組み合わせを立案・企画・実現した近藤等則の慧眼に敬意を表したい。
4月24日(金)六本木SuperDeluxe
Peter Brötzmann with Strings
出演:
ペーター・ブロッツマン (sax, cl)
ジム・オルーク (g)
灰野敬二 (g, vo)
ゲスト:
八木美知依(エレクトリック21弦箏、17弦ベース箏、エレクトロニックス、歌)
「ウィズ・ストリングス」といえば、多くのジャズ演奏家、特にホーン奏者にとっての夢に違いない。ゴージャズな弦楽オーケストラの伴奏で思う存分楽器を吹き鳴らす快感は、リズムセクション+αの通常のジャズコンボ編成では決して味わえない。また、それほどの贅沢が許されるほどのステイタスを勝ち得たことの証でもある。一方で、膨大な制作費を費やすからには売れなければならないので、大抵人気スタンダード曲中心のレパートリーを、万人に聴き易いアレンジと演奏で吹き込むことが多くなる。今年のブロッツマン来日ツアーで一回だけのスーパーデラックス公演の企画タイトルに「ウィズ・ストリングス」と名付けた意図は、皮肉混じりの洒落っ気に過ぎないかもしれないが、深読みすれば、極端音楽に於ける「弦楽同伴(with strings)」は、商業音楽と違って低予算で可能であり、売上の為に万人に迎合する必要は無い、というオルタナ宣言とも解釈できる。
・ペーター・ブロッツマン+ジム・オルーク+灰野敬二 1st Set
この三者の初共演は2010年11月23日(火)に新宿Pit Innで行われた。“轟音の競演ではなく、静と動を使い分けたメリハリのあるストーリー性のある即興演奏”(筆者の当時のブログより)だったそのライヴ音源が、今年2月にイタリアのTrost Recordsから『Two City Blues 1』および『同2』として、それぞれLPとCDに分けてリリースされた。それから4年半後の今回の共演は、期せずしてレコード発売記念公演になった。
1stセットは「ウィズ・ストリングス」のタイトル通り、オルークと灰野はギター演奏に専念。当然ながらスコアは存在しない完全即興だが、二本のギターは微音にせよ轟音にせよ常に同質のニュアンスを維持し、ブロッツマンの骨太のブロウと対峙して、弦楽二重奏アンサンブルを形成する。重厚な短調のメロディーが支配して、45分間終末的なドラマ性を帯びたバラード演奏を展開した。
八木美知依ソロ
メインステージの下手にセットされた2台の箏でゲストの八木のソロ演奏。これまで八木のプレイは何度も観たが、完全ソロのロング・セットは初めて。極めて日本的なこの楽器から紡ぎ出す自由度の高い即興演奏は、よりグローバルなテイストの音響発生装置となり、ハッキリした八木の朗詠と共に、イマジネーションを刺激する独自の世界を生み出した。ブロッツマン・トリオの強烈な存在感に勝るとも劣らぬ美知依ワールドの創出は、この夜この場所の陶酔感を拡張し、聴き手の意識の解放を促した。残念ながら今回は見逃したが、本田珠也とのデュオ『道場』で挑んだ翌日のブロッツマンとの共演も未知なる音世界の創造への旅路となったことだろう。
・ペーター・ブロッツマン+ジム・オルーク+灰野敬二 2nd Set
2ndセットは完全インストだった1stとは打って変わって灰野のヴォーカルでスタート。オルークのミニマルなギターと言葉のハッキリした灰野の歌がリリカルに絡み合う。そこにブロッツマンの、サム・テイラー張りに咽び泣くテナーが加わり、予想だにしなかった演歌的なムードが会場を包む。まるで異星人のキャバレー・ミュージックのような甘いムードに身を任せていると、シーンは一転、灰野の獣のような咆哮が大地を揺るがし、サックスとギターが阿鼻叫喚の怒声に変わる。天国と地獄の間を瞬時に行き交う精神ワープに玩ばれるまま、未知への創造の旅路へ誘(いざな)われた。
三公演三様のライヴ現場を経験してみて、ペーター・ブロッツマンとは、世界各地のミュージシャンおよびリスナーに新たな刺激を与え、新たな表現への扉を開かせるために、即興の神から遣わされたキューピッドなのではなかろうか、という思いを強くした。巨体と髭面の屈強な戦士の後ろには、万人を幸せにする天使の微笑が隠れているのである。