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Concerts/Live ShowsNo. 284

#1188 John Zorn’s Cobra 東京作戦 坂口光央部隊@JAZZ ART せんがわ 2021

Text by Narushi Hosoda 細田成嗣

Photos by Masaaki Ikeda 池田まさあき

2021年9月18日(土) 調布市せんがわ劇場

Masayasu Tzboguchi 坪口昌恭 (piano)
Tatsuhisa Yamamoto 山本達久 (drums)
Shinobu Kawai かわいしのぶ (bass)
Masahiro Tobita 飛田雅弘 (guitar)
Naoki Nomoto 野本直輝 (modular synthesizer)
Shu Akimoto 秋元修 (drums)
Kei Matsumaru 松丸契(alto sax)
okachiho 岡千穂 (computer)
Takumi Matsumura 松村拓海 (flute)
Aoi Tagami 田上碧 (voice)
Mitsuhisa Sakaguchi 坂口光央 (keyboard synthesizer, organizer)
Koichi Makigami 巻上公一 (prompter)


今年で14年目を迎えた即興音楽とアートの祭典「JAZZ ART せんがわ 2021」で、3年ぶりとなる「John Zorn’s Cobra(以下、コブラ)」のコンサートが、キーボード奏者・坂口光央によるオーガナイズのもと「John Zorn’s Cobra 東京作戦 坂口光央部隊」として実施された。計12名の参加メンバーの顔ぶれは本稿上部をご参照いただきたいが、こうした機会でもなければ揃うことのないバラエティに富んだラインナップとなっており、「背景を異にするミュージシャンたちが、背景を異にしたまま共同で即興的なセッションを行う」という「コブラ」ならではのコンセプトを、パフォーマンスとして実現することができたとひとまずは言えるだろう。

John Zorn's Cobra 東京作戦 坂口光央部隊@JAZZ ART せんがわ 2021
手前にプロンプター(指揮者)が立ち、奥のステージ上に演奏者が半円形に並ぶ

「コブラ」の概要、および他のコンダクト・ミュージックとの比較

当日の模様をレポートする前に、まずは「コブラ」について簡単に触れておきたい*。「コブラ」はアメリカの音楽家ジョン・ゾーンが1984年に発表したゲーム・ピースで、集団での即興演奏をシステマティックなルールにもとづいて行うための作品である。タイトルは戦争を題材とした同名ボードゲームからインスピレーションを得ているという。通常の作曲作品のように譜面やテキストは公開されておらず、口承伝承を重視するゾーンの意向によって、その詳しい内容は秘匿とされている。ただし、1987年の2枚組アルバム『Cobra』には「コブラ」で使用するカードやハンドサインの種類および指示内容について簡潔に記載されたテキストが収録されている。とはいえあくまでも一部であり、このテキストからルールの全貌を把握することは難しい。また、インターネット上で検索するとより詳細に解説が加えられた非公式のテキストを見つけることもできるものの、その内容が実際にゾーンが手がけた作品とどこまで一致しているのかは確認することができない。

アルバムに収録されたテキストと実際のパフォーマンスから「コブラ」の概要をごく大まかに説明すると次のようになる。パフォーマンスの場では、参加メンバーのうちの一人が指揮者に相当するプロンプターという役割を担う。プロンプターの目の前には記号が書かれたカードが多数置かれており、プロンプターはこのカードとハンドサイン等を用いて腕を振り下ろすことで演奏者に指示を出す。演奏者はプロンプターと向かい合って半円形に並び、指示に応じて即興的に演奏を行う。だが演奏者は指示を受けるだけでなく、自らハンドサインで意思表示をすることができ、時には「ゲリラ」というシステムを通じて演奏者が一時的に独立したポジションをキープし、他の演奏者に対して指示を出すこともできる。ゲリラ・システムは複雑にルール化されているが、演奏者がヘッドバンドを装着し、プロンプターが帽子を被ることで、ゲリラが発生していること自体は観客にもわかるようになっている。こうした「コブラ」の特徴とより具体的なプロンプターの指示内容について、ジョン・ゾーンを特集した『ユリイカ』1997年1月号に掲載されたテキストが要点を簡潔にまとめているので、重複する箇所もあるが引用しよう。

「コブラ」とは、ジョン・ゾーンが作った複数のミュージシャンのための曲であり、ゲーム形式の即興演奏システムである。参加人数は10名前後が望ましいとされる。演奏は、プロンプターがカードを示して、開始、停止といった単純なものから、デュオの設定、曲想や音量の変化、演奏のメモリーなどの複雑なものに至る演奏形態を指示し、また逆にミュージシャン側も目や鼻、耳と指を使ってプロンプターに意思表示をすることで進行する。この曲の大きな特徴は、ゲリラ・システムを内包していることで、これによってミュージシャン側もタクティクスを使うなどして独自に演奏を展開することができる。(『ユリイカ』1997年1月号、青土社、88ページ)

なんの取り決めもなしに集団即興を行う場合、演奏内容はそれぞれの演奏家の自発性に委ねられることになる。そのため、演奏者同士の関係性が強く前面に出てくるのだが、他方では、緩やかに盛り上がりのカーヴを描くようなパターンに陥ることも多く、演奏内容のマンネリ化と紙一重でもある。「コブラ」は独自の複雑なルールにもとづいて集団即興を構造化することで、こうした意味でのマンネリ化を回避し、さらには出自の異なる演奏者同士が共にセッションを行うことを可能にしたという点で、画期的な作品だったと言えるだろう。とはいえ、指揮を取り入れて集団即興を構造化するという試み自体は、ゾーンが初めて手をつけたわけではない。ジャズと関連する分野の録音作品に限っても、例えばサン・ラーは1965年録音の『The Magic City』ですでに指揮を取り入れており、1976年に録音されたアンソニー・ブラクストンの『Creative Orchestra Music 1976』でも大半の楽曲でレオ・スミスまたはムハール・リチャード・エイブラムスが指揮者を務めている。ゾーンが「コブラ」を初演した1980年代には、ブッチ・モリスがまた別の文脈から「コンダクション」という指揮を取り入れた独自のシステムを開発していた。

そうした他のコンダクト・ミュージックと比べるならば、「コブラ」の大きな特徴はやはり、第一にはプロンプター(指揮者)と演奏者が双方向的な関係性を取り結んでいる点にあると言うことができるだろう。例えばブッチ・モリスの「コンダクション」が、あくまでも指揮者であるモリスが参加メンバーの演奏をコントロールすることに力点が置かれていたのに対し、「コブラ」ではむしろコントロールの失敗が多々見られるような、互いの(ディス)コミュニケーションをゲームのように楽しむことに特徴がある。そのため第二の特徴として、一貫して音楽的な流れを生み出すことが目指された「コンダクション」やその他のコンダクト・ミュージックに対し、「コブラ」では唐突に演奏が途切れたり始動したりする切断と接続のめまぐるしいダイナミズムが要点となっており、全体で一つの流れを作るという以上に、必ずしも脈絡があるわけではない個々の場面を矢継ぎ早に提出していくところが聴きどころとなっているのである。

John Zorn's Cobra 東京作戦 坂口光央部隊@JAZZ ART せんがわ 2021
プロンプター(指揮者)はカードやハンドサイン等を用いて演奏者に指示を出す

「JAZZ ART せんがわ」における「コブラ」の立ち位置

「コブラ」は、ここ日本では1985年に初演され、1990年代以降はゾーンから直接「コブラ」演奏の許可を得た巻上公一がイベントを企画することによって広く知られるようになっていった。とりわけ渋谷のライヴハウス・La.mamaを拠点に1993年から2000年代半ば頃まで「JOHN ZORN’S COBRA 東京作戦」として継続的に開催されてきたシリーズの意義は大きく、「コブラ」を日本に定着させただけでなく、様々な背景を持つミュージシャンの交流の場としても機能したことだろう**。「東京作戦」とあるのは、すでに述べたように「コブラ」がもともと戦争ゲームを一つのモチーフとしていたことによる。巻上が総合プロデューサーを務める「JAZZ ART せんがわ」でも、2008年にスタートしてから数年間は、「コブラ」はメイン・イベントの一つとして開催されてきた。2008年の第1回から今年にかけての「コブラ」の開催年と参加メンバーの一覧を、やや長くなるが振り返っておきたい。

2008年7月20日(日)
John Zorn’s Cobra Tokyo Sengawa operation 林正樹部隊
林正樹 (p)
鬼怒無月 (g)
佐藤芳明 (acc)
喜多直毅 (vl)
鳥越啓介 (b)
吉見征樹 (tabla)
さがゆき (vo)
蜂谷真紀 (vo)
大多和正樹 (wadaiko)
田中邦和 (sax)
大島輝之 (g)
大谷能生 (sax)
植村昌弘 (ds)
巻上公一 (prompter)

2009年6月14日(日)
John Zorn’s Cobra Tokyo Sengawa operation 内橋和久部隊
青木タイセイ (tb)
イクエ・モリ (electronics)
石橋英子 (key, vo, etc)
内橋和久 (g)
ジム・オルーク (g)
シルヴィー・クルボアジェ (p)
千住宗臣 (ds)
七尾旅人 (vo)
ナスノミツル (b)
山本達久 (ds)
横川理彦 (vl)
渡邊琢磨 (p)
巻上公一 (prompter)

2010年7月11日(日)
John Zorn’s COBRA 東京せんがわ作戦 大友良英部隊
Haco (vo, electronics)
吉田アミ (vo)
やくしまるえつこ (vo)
スネオヘアー (vo, g)
高田漣 (steel guitar, etc)
石川高 (shō)
四家卯大 (cello)
Sachiko M (sinewaves)
AYA (b)
OLAibi (perc)
山本達久 (ds, perc)
大友良英 (prompter, g)
巻上公一 (prompter, vo, theremin)

2011年9月11日(日)
John Zorn’s COBRA 東京せんがわ作戦 神田佳子部隊
有馬純寿 (computer)
大石将紀 (sax)
神田佳子 (perc)
木ノ脇道元 (fl)
坂本弘道 (vc)
佐藤允彦 (p)
しばてつ (melodica)
田中悠美子 (gidayū, futozao-jamisen)
中村仁美 (hichiriki)
橋本晋哉 (tuba)
藤原清登 (b)
松平敬 (br)
本田珠也 (ds)
巻上公一 (prompter)

2012年7月22日(日)
John Zorn’s COBRA 坂本弘道部隊
エミ・エレオノーラ (acc, vo, etc)
後藤まりこ (vo, etc)
川口義之 (sax, recorder, etc)
坂本弘道 (cello)
中島さち子 (p)
竹久圏 (g)
田中邦和 (sax)
PIKA☆ (ds, vo)
藤掛正隆 (ds)
吉野弘志 (b)
山川冬樹 (xoomei, etc)
U-zhaan (tabla)
巻上公一 (prompter)

2013年7月21日(日)
John Zorn’s COBRA ジム・オルーク部隊
ジム・オルーク (g)
波多野敦子 (cello)
須藤俊明 (b)
山本達久 (ds)
石橋英子 (key)
トンチ (steelpan)
U-zhaan (tabla)
五木田智央
千葉広樹 (b)
坂口光央 (p)
巻上公一 (prompter)

2017年9月15日(金)
John Zorn’s COBRA
山本達久 (ds)
ジョー・タリア (ds)
坂口光央 (key)
吉田隆一 (bs)
藤原大輔 (ts)
太田恵資 (vl)
大隅健司 (voice)
諏訪創 (dolçaina)
纐纈雅代 (as)
柳家小春 (shamisen)
熊坂路得子 (acc)
後藤篤 (tb)
パール・アレキサンダー (b)
巻上公一 (prompter)

2018年9月14日(金)
John Zorn’s COBRA
大熊ワタル (cl)
小埜涼子 (sax)
北陽一郎 (tp)
坂出雅海 (b)
柴田奈穂 (vl)
ジョニー大蔵大臣 (voice)
ヨシダダイキチ (sitar)
ルネ・リュシエ (g, daxophone)
ルジオ・アルトベッリ (acc)
ジュリー・ウル (tuba)
マートン・マデルスパック (ds)
ロビー・キュスター (ds)
巻上公一 (prompter)

2021年9月18日(土)
John Zorn’s Cobra 東京作戦 坂口光央部隊
坪口昌恭 (p)
山本達久 (ds)
かわいしのぶ (b)
飛田雅弘 (g)
野本直輝 (syn)
秋元修 (ds)
松丸契(as)
okachiho (computer)
松村拓海 (fl)
田上碧 (voice)
坂口光央 (key)
巻上公一 (prompter)

 2008年から2013年にかけて、「JAZZ ART せんがわ」では毎年「コブラ」が開催されていた。全て日曜日となっていることからも窺えるように、この時期の「コブラ」はフェスティバルの最終日に、最後の演目としていわば大トリを飾っていたのである。すなわち「コブラ」は「JAZZ ART せんがわ」を象徴する催しの一つだった。その後、2014年から2016年にかけて3年間の空白を経て、フェスティバル内の一つのイベントという位置づけで2017年と2018年に再び開催されることとなる。ただし、3年間の空白期間に国内で「コブラ」が全く開催されなかったわけではなく、フェスティバル以外の場所に目を向けると、巻上公一がプロンプターを務めたイベントが2014年から2016年にかけてたびたび開催されている。

John Zorn's Cobra 東京作戦 坂口光央部隊@JAZZ ART せんがわ 2021
「コブラ」を日本に定着させた功労者、巻上公一

3年ぶりに開催された「コブラ」の模様

2018年を最後に調布市の主催を離れたことも影響しているのだろうか、再び空白期間を経て、今年、「コブラ」が「JAZZ ART せんがわ」で久しぶりに上演されることとなったのである。フェスティバル3日目となる9月18日に行われた「コブラ」では、前半で10分以内のパフォーマンスが4セット、休憩を挟んだ後半では30秒~10分以上とセットごとに長さが大きく異なるパフォーマンスが4セット行われた後、メンバー紹介を経て、最後にアンコールを兼ねた短いセットが披露された。総じて前半は探り合うような緊張感があり、後半は各メンバーがリラックスしつつより柔軟な演奏を聴かせてくれたように思う。その中でもとりわけ、最も長い時間(約12分半)演奏された後半2セット目がハイライトだったと言えるのではないか。

わずか30秒で終了した後半1セット目に続いて行われた2セット目では、冒頭で緩やかに全体がクレッシェンドしていき、不協和なアンサンブルを支えるようにドラムスの山本達久とベースのかわいしのぶがグルーヴィーなリズムを形成するところから始まった。プロンプター・巻上公一の指示でシーンを切り替えていくほか、フルートの松村拓海やサックスの松丸契らが積極的にハンドサインで意思表示を送る。短いフレーズを多人数でキャッチボールするように投げ合う点描的なセッションのあと、いくつかのシーンの切り替えを経て、それまで主に即興的なヴォイス・パフォーマンスを聴かせていた田上碧が突如として童謡「朧月夜」の独唱を始めた。すると他の演奏者全員が挙手して意思表示し、田上が4人を指名。タイミングを見計らって合奏が始まったのだが、野本直輝のモジュラーシンセがギィギィとノイズを出しつつ、かわいしのぶのベース、坪口昌恭のピアノ、坂口光央のキーボードが惚けたようにズレた音を添え、なんとも奇妙な音楽となっていた。

こうしたユーモアは「コブラ」の一つの醍醐味とも言えるのかもしれない。ユーモアということで言えば、2セット目ではその後、坂口がキーボードの上に短いシールドケーブルをガサゴソと擦りつけるシーンがあり、この音を模してドラムスの秋元修と山本達久が微かな響きをパーカッシヴに立てる一方、コンピュータのokachihoは目元を擦るような仕草で対応。他の場面でokachihoは、サンプリングしたアニメーションのセリフを絶妙なタイミングで流して笑いを誘うこともあった。だがユーモアだけが続くわけでもなく、2セット目の終盤では、この日最も激しかっただろう全員でのノイジーな合奏へと突入し、さらには各メンバーがプロンプターの素早い指示に従って矢継ぎ早に短いフレーズを交代しながら繰り出していくスリリングなシーンへと展開していった。2セット目の最後は山本と秋元がドラムロール合戦のような演奏を行ったあと、巻上公一がゲリラ・システムを受けて着用していたキャップを不意に落とし、会場が笑いに包まれ拍手で締め括られた。

John Zorn's Cobra 東京作戦 坂口光央部隊@JAZZ ART せんがわ 2021
ステージ上ではなんども笑いが巻き起こっていた

パフォーマンスから振り返る「コブラ」の魅力、あるいは観客はいかにして楽しむことができるのか

すでに指摘したところだが「コブラ」のユニークな点の一つは、唐突に演奏が中断/開始されるストップ・アンド・ゴーの快楽にある。グルーヴィーで音楽的な演奏が続いたかと思えば、突如として中断されノイズが轟き、その後、なにごともなかったかのようにグルーヴィーで音楽的な演奏が再びスタートする。こうした展開は、通常の自由な集団即興ではほとんど起こらないと言っていい。大音量での演奏へと急激に突入することも、指揮によるその場でのディレクションがあればこそ生じる。グラデーションを描くように徐々に音量が増加していくのではなく、突如としてノイジーな展開が到来するシーンは、聴き手に驚きと爽快感をもたらすのではないだろうか。また、矢継ぎ早に演奏者が交代するスリリングさも、通常の自由な即興演奏ではあまり見られないものだ。まるで次々にシーンが切り替わっていく映像作品の劇伴、とりわけ展開が激しいカートゥーン・ミュージックを聴いているかのようでもある。言うまでもなくそれが可能なのは、各演奏者が卓越した技能を持ち合わせているからに他ならない。反対に言うと、楽器の扱いに長けていないと「コブラ」に参加することは難しい——むろんここで必要とされる「技術」は、必ずしも教科書的な意味での既存の音楽技術である必要はない。加えてユーモアという点も重要だ。この日のパフォーマンスでは、演奏中にステージ上でなんども笑いが起こっていた。これもまた、アスリートにも比せられる演奏者の技量があればこそ、(ディス)コミュニケーションを通じて笑いが生じていたのではないだろうか。

休憩時間には、ステージ裏で出演者たちが前半の演奏内容について興奮気味に会話し、盛り上がる様子は客席にまで聞こえてきていた。さながら多人数で参加するゲームを遊び終えたあとのようでもある。ただし、もしもゲームのルールを全く知らない観客がその場に居合わせていたのだとすれば、一体なぜ盛り上がっていたのか理解できなかったのではないだろうか。それはまるでルールを知らずにスポーツを観戦するようなものである。もちろん、スポーツであっても秘密裏に出される指示、例えば野球においてベンチにいる監督がランナーやバッターに向けて出すサインまで把握する必要はない。だが野球それ自体のルールを把握しておかなければ競技として楽しむことはできないだろう。同じように「コブラ」においてもルールの全貌を把握することはできないにせよ、プロンプターの役割や大まかな指示内容、演奏者がヘッドバンドを装着することの意味など、ある程度の知識を持ち合わせていないとゲームとしてパフォーマンスを楽しむことは難しい。反対に、事前にある程度のルールを把握しておけば、演奏者同士がステージ上で慌てふためく姿も一つの見どころとなることだろう。むろん音響の推移だけに耳を傾けてもよいのだが、「コブラ」はある種の演劇的な要素を含んだ即興パフォーマンスとしてコミュニケーション全体をスポーツ観戦さながらに楽しむこともできる作品なのである。

秘密裏のルールにもとづいてセッションを行うということからは、草創期のビバップを彷彿させるところもある。現在ではコード・プログレッションとアドリブの演奏方法がある程度ルールとして明文化されているため、セッション時になにが行われているのか観客もその気になればそれなりに理解することができるようになっている。だが草創期には、一体なぜアドリブがあのように進行しているのか、全くわからずに聴いていた観客も多くいたのではないだろうか。ただし、ビバップではビバップの音楽のルールが共有されているものの、「コブラ」では一つの音楽の言語を共有しているわけではなく、あくまでもゲーム・システムが共有されているに過ぎない。そこでどのような演奏がされるのか、どんな音を出すのかは演奏家に委ねられており、そのため、決して同じ音楽の言語を共有していなくとも、セッションを成立させることができてしまう。先にも記したように、それが成立するのは、ソロとしても音楽を成り立たせることができるような卓越した即興演奏家であることがまずは大前提としてある。

そう考えると「コブラ」のシステムを最大限に活用するのであれば、できる限り異なる背景を持つミュージシャンたちが集った方が、演奏内容に広がりが出てきて面白いと言える。反対に、同じ楽器あるいは同じ領域で活動するミュージシャンばかりが集まってしまうと、音楽の幅が狭くなり面白味を欠く可能性が高くなる。とはいえ、つねにそれが悪い方向に向かうわけでもなく、例えば1992年に録音されたアルバム『John Zorn’s Cobra: Live at the Knitting Factory』に収録されている一部楽曲で聴かれるように、ヴォイスのみのアンサンブルが功を奏することもある——インドネシア・ジョグジャカルタのヴォイス・パフォーマー、ルリー・シャバラは、ゾーンの「コブラ」を一つのインスピレーション源として、独自のシステム「ラウン・ジャガッ」を編み出した。こうした観点から今回のイベントに関して付言すると、様々な背景を持つミュージシャンたちが集ったが、全員が初対面というわけではなく、それぞれになんども共演歴のあるミュージシャン同士も含まれており、そのように参加メンバーの関係性が緩やかに重なり合っているというところも、コンサートを成功へと導いた一つの要因だと言えるのではないだろうか。


*「コブラ」の概要については寺内大輔「ジョン・ゾーン《コブラ》はどのような〈ゲーム〉なのか」を参照した。
**La.mamaを中心に行われた「JOHN ZORN’S COBRA 東京作戦」のシリーズは、巻上公一のホームページで1993年9月から2007年5月までのイベントの日程と参加メンバーの記録が公開されている。

細田成嗣

細田成嗣 Narushi Hosoda 1989年生まれ。ライター/音楽批評。2013年より執筆活動を開始。編著に『AA 五十年後のアルバート・アイラー』(カンパニー社、2021年)、主な論考に「即興音楽の新しい波──触れてみるための、あるいは考えはじめるためのディスク・ガイド」、「来たるべき「非在の音」に向けて──特殊音楽考、アジアン・ミーティング・フェスティバルでの体験から」など。2018年より「ポスト・インプロヴィゼーションの地平を探る」と題したイベント・シリーズを企画/開催。

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