#910 15th TOKYO JAZZ FESTIVAL「JAZZ IS HERE」
2016年9月4日(日)Open 16:30 / Start 17:30 東京国際フォーラム HALL A
Reported by 剛田 武 Takeshi Goda
Photo:©15th TOKYO JAZZ FESTIVAL
©中嶌英雄/©Hideo Nakajima(*) ©岡 利恵子/©Rieko Oka(**)
2002年の第1回東京ジャズは、東京スタジアム(現・味の素スタジアム)で開催された。屋根の無いアリーナ席に灼熱の太陽が照りつけ、値段の高い特別シートの客が全員日陰に避難していた。フューチャージャズのニルス・ペッター・モルヴェルやクラブ系のU.F.O.や小林径が出演し、ウィエン・ショーターがコルトレーンに捧げるスピリチュアルな演奏をしたのを覚えている。それ以降は上原ひろみが出る時だけ単発で行く程度。ICPオーケストラが出た2014年は画期的だったが行きそびれた。同じ時期にJazz Artせんがわが開催され、そちらを優先することも多かった。今年は上原ひろみが出演するので2年ぶりに参戦。当初は上原ひろみ ザ・トリオプロジェクトでの出演予定していたが、アンソニー・ジャクソンとサイモン・フィリップスの健康上の理由により、ミシェル・カミロと上原ひろみの出演に変更となった。彼らが出演する「JAZZ IS HERE」とは「ジャズの伝統と歴史を受け継ぐ、次世代のアーティストたちが集合」(東京ジャズ公式サイトより)するプログラムである。
●fox capture plan
岸本亮(p)、カワイヒデヒロ(b)、井上司(ds)
タワーレコードなどCDショップで話題になり気になっていた日本男性ピアノトリオ。30代前半の3人のプレイはひたすらエネルギッシュ。特にドラムの竹を割るように切れ味のある叩きっぷりが小気味いい。時にエフェクトを使うベース、大胆に鍵盤の上を走り回るピアノのスピード感は、ポストロックやクラブミュージックの要素が色濃く、ロックフェスで人気を博する理由がよくわかる。というかロックフェスの方が彼らの主戦場と言えるのではないだろうか。スローテンポのナンバーになると普通のピアノトリオに聴こえるのが個人的には惜しいが、若い世代のジャズの伝道師として期待したい。
●ケニー・バロン・トリオ with special guest グレッチェン・パーラト
ケニー・バロン(p)、グレッチェン・パーラト(vo)、北川潔(b)、ジョナサン・ブレイク(ds)
今年で73歳のケニー・バロンの何処が次世代だ、と早とちりして目くじらを立てないで、少し我慢して演奏に集中してみよう。年輪の刻まれたピアノタッチは若い者には真似出来ないし、ベースの渋いながらも派手さのあるフレーズはジャズる心が無ければ不可能。それにしても巨漢のドラマーが凄すぎる。飄々とした表情で適当に腕を振り回しているように見えながら、出てくるリズムの非常識なまでの逸脱感はメインストリームをアンダーグラウンドに転化していまいそうな異形性を発揮する。40歳のジョナサン・ブレイクのプレイを感じていると、ジャズの主役はドラムだという信念に火をつけようかという気持ちになっている。クールな美形シンガー、グレッチェン・バーラトのクリスタルな歌声をフィーチャーした演奏は、オーソドックスながら心が洗われる体験だった。
●ミシェル・カミロ × 上原ひろみ
ミシェル・カミロ(p)、上原ひろみ(p)
2008年の東京JAZZに於ける上原とカミロのそれぞれのグループでの対バンを観て、両者の凄まじさに舌を巻いた。ふたりがデュオで出演した2014年の13th 東京JAZZは観なかったので、今年メンバーの不調で急遽再共演することになったのは筆者にとってはラッキーだった。長年の友人でありライバルであるふたりの緊張感と安心感が同居するステージは、客席を巻き込み会場全体をワープさせるトリオの演奏とは異なり、観客を意識しない二人だけの空間を創造する独特の時間軸に支配されている。オーディエンスは恰もガラス張りの部屋で繰り広げられる秘事を覗く証人としてこの場に存在する。悦楽の表情の睦み合いが激しい愛撫に変わり、瞳孔が開きっぱなしの絶頂に導かれるにつれて覗きの興奮も高まる。果てた後の熱狂は溜りに溜ったリビドーの解放に他ならない。こうしてトラウマを克服した観客は自己統一性を取り戻し、それぞれ生きる希望を胸に社会生活に戻って行くのである。サイコセラピーならぬ「カミロセラピー」「ひろみセラピー」の神髄であった。
(剛田武 2016年9月6日記)