#1275 “FUJIN / RAIJIN” 神田綾子 Ayako Kanda & sara(. es)による即興デュオ
ギャラリー・ノマルの挑戦・「Utsunomia MIX」シリーズ制作の現場から
text and photo by Ring Okazaki 岡崎凛
sara(.es) × 神田綾子デュオ FUJIN / RAIJIN
会場:Gallery Nomart (ギャラリーノマル、大阪市城東区永田3-5-22)
2023年10月7日
Open 19:00 / Start 19:15
出演:sara (.es), piano / perc
神田綾子 Ayako Kanda, voice
10/7 sara(.es) × 神田綾子デュオ FUJIN / RAIJIN @大阪Gallery Nomart
https://jazztokyo.org/news/post-92836/
公演フライヤーより:
吹きとばせ!打ちはらえ!光あれ!
2023年9月25日よりギャラリーノマルで約一ヶ月間開催のグループ展「B4 (ビーフォー) 」。5名の作家によるテーマ自由のカオスな展覧会場で、豊かな声帯に恵まれた神田綾子 (from東京) とsara (.es) が初のデュオ演奏を繰り広げます。身体を震わせ多彩な声を操る神田が風の神なら、ピアノと打楽器のポテンシャルを増殖させ独自のリズムで打ち鳴らすsaraは雷の神か?エネルギーあふれる二人の音楽家による即興演奏、観客も交えた祝福の時空へいざ!
新たな「Utsunomia MIX」シリーズに向けて
出演者の2人はこの日の夕方、初めて顔を合わせたが、時間をかけたリハーサルを行うことはなかった。開演の1時間半ぐらい前に神田綾子が会場に入り、発声を始め、場内での響きを確認していた。その近くでは、レコーディング・ライヴとなる本公演のために、宇都宮泰氏が収音マイク「BAROm1」を設置して準備をすすめている。
宇都宮氏はギャラリー・ノマルから最近リリースされた5作品(この日の時点では4作品)のミキシングを担当し、これらは彼の名前にちなんで「Utsunomia MIX」シリーズと名づけられている。シリーズ2作目から宇都宮氏が録音も担当し、彼が開発した「BAROm1」が成果を上げていく過程と、このシリーズは密接にリンクしている。ライヴ作品を通して、アーティストとリスナーが録音の在り方を問い直し、現場で体験できるものとの差異に目を向けていく点でも、このシリーズは意義深いものだと思う。
今回のライヴ・レコーディングに至るまでの、sara (.es)や神田綾子の活動に関する記事はJazzTokyoのあちこちで読むことができる。記事の最後にリンクの一部をまとめたい。
開演時刻が近づき、展示作品が壁面に並ぶギャラリーの広いスペースは、アップライトピアノと丸椅子の置かれたライヴ会場へと姿を変えていく。準備中の会場から外へ出て公演を待ちながら、このプロジェクトに関する膨大な情報が脳内に渦巻く…と言いたいところだが、実はまだまだ知らなことだらけの状態で、自分は会場に来ていた。
開場前に、出口付近にいたギャラリー・ノマルのディレクター林聡氏(「Utsunomia MIX」シリーズをリリースするNormart Editionsのプロデューサーも務める)に、「この建物は、こうしたライヴのために設計されたのでしょうか?」と尋ねると、「いや、全然」という返事が即座に返ってきた。広い展示スペースにピアノを持ち込み、演奏を行うという発想は当初なかったのだという。まずはこの素晴らしい音響環境が偶然の産物だということに驚かされた。
やがて開場時間となり、ギャラリーの扉が開き、続々と聴衆が集まっていく。収音マイク設置が完了し、会場受付付近の物販コーナーには「Utsunomia MIX」シリーズのCDが4作並んでいた(このうち最初の3作はセット販売もされている)。開催中のグループ展「B4(ビーフォー)」 の作品を眺めながら開演を待った。
まず林聡氏が登場し、グループ展「B4」のとこの日の公演について語った。ライヴ録音が行われ、それは「Utsunomia MIX」シリーズの一作として、何らかの形(おそらくCD)でこの日のリスナーに届けられる予定だと語った。
胸をときめかせて始まりを待っていたライヴは、客電を落とすことなく、いつも通りのギャラリーの照明の下で始まった。誰も何が起きるか分からないままに、2人は会場に現れた。
風神の叫び、雷神の怒号
カツカツという足音の次に聴こえてきたのはsara (.es)が鳴らす鈴の音。それに続いて神田綾子が「Shhhh」と摩擦音を響かせた。口蓋と舌を駆使して、かすれた激しい音を立てる神田に、しばらく鈴の音や鐘の音が対応していたが、神田が繰り出す「音」が徐々に声に近づき、言葉を語るようなリズムを持ち始めると、アップライトピアノの内部から低い音が流れ出した。
音と声の変わり目を過ぎると、神田の中の「生き物」が叫び、鳴く。ときには言葉のないオペラのように、ときには嗚咽のように、吠えるように、唸るように、怒るように、その声は果てしなく変化を続ける。彼女のパフォーマンスが激しさマックスに達した後には、sara (.es)がスピード感あふれる即興を弾き、2人の勢いは止まらない。そんな彼女たちに、ふと穏やかな瞬間が訪れる。まるで雲の間が切れ夜空に月が現われるような、光を湛えた時間。だがまた混沌へと戻っていく。
神田は身体の奥底から風を送り出す。今回の企画で「風神」と例えられる所以である。
一方で雷神に例えられるsara (.es)は、パーカッションとピアノで雷(いかづち)を表現するようなシーンもあるが、そのプレイは激しくも繊細だ。表情を変え続ける神田のヴォイス・パフォーマンスに鋭く切り込んだり、ピアノの低音をじわじわと響かせたりと、多彩な音を繰り出し、刺激と反応の磁場を作り出す。
演劇性に富んだ舞台から異世界へ誘われることを予想していたが、実際はそうではなかった。2人が何らかの具体的なテーマを練り上げる感じもなかった。それぞれの内的世界の表出に互いが反応し、両者の感覚が揺さぶられ、次々とスリリングな展開が生まれてくる。フリー・インプロヴィゼーションという言葉が決して形骸化することなく、まるで血流を宿らせるように、怒涛のようなやりとりを繰り返していた。
明るい照明の中で、暗雲に包まれた世界が、時には猛スピードで描かれる。猛り狂うものが神田の口から飛び出しては駆け抜けていく。彼女の声の生々しさに立ちはだかるようにピアノの音が猛然と迫る。二人の繰り広げるバトルに慄然としながら、心を奪われた。
両者はアンテナを張り巡らしてベストな反応をしながら、妥協のかけらもなくそれぞれの表現を続けるが、やがて何かを共有し始める。この「共有」が確かなものに感じられたのは、セカンドステージの終わりごろにsara (.es)が声を上げ、ヴォイス・デュオが始まったときだ。林聡氏が「最もプリミティブなもの」と表現したヴォイスにsara (.es)も参入する。全てが始まる初源的な段階に、演者たちが立ち返るようなひと時が生まれていた。
2人は初のプロジェクトに取り組みながらも、たんなる手探りという過程はほとんどなく、ごく自然に互いの即興を高め合っていたが、ついには両方がヴォイスで呼応するという段階に突入したことに、素直に感激した。おそらくこの流れは、誰も予想していなかったことだろう。
ファーストステージ、セカンドステージ、アンコールまで、一続きの自然な流れがあり、休憩を挟んでも二人のテンションは一貫していた。
林聡氏がライヴ前のトークで、今回のライヴ・レコーディングについて語った内容(実際の言葉を編集し書き直したもの)を載せておきたい。
「[ギャラリー・ノマルが]録音とマスタリングを依頼している宇都宮泰氏のマイクは、従来のものとかなり異なり、形も違います。このマイクを使い、実際にCDになったものを聴くと、ぎゅっと空間が詰まった感じがあり、聴くたびに違う音との出会いがあります。聴き手がフォーカスするものが変わると、別の音が聴こえてくるのです。今回のライヴは録音され、何らかの形で、(リスナーの)皆さんに送る予定です。おそらくCDとなるでしょう。録音されたものを聴くと、会場とは全く違う楽しみがあります」
これは今回の“FUJIN/RAIJIN”と題された企画の中でとりわけ重要な取り組みである。リスナーが会場で聴いたものと「Utsunomia Mix」作品となったものとを聴き比べて、その違いを確かめることに、大きな意義がある。実際の音楽家のパフォーマンスに触れる体験に加えて、宇都宮泰氏の録音とミキシングから生まれるものも体験し、その違いを検証していくのだ。そして、林聡氏が語ったような楽しみを味わうことだろう。
終演後の和やかなひと時。
<リンク ①>
・ギャラリー・ノマルの公式ページ:https://www.nomart.co.jp/
・神田綾子について:http://www.otooto.jp/ayako-kanda
<リンク②(JazzTokyo関連)>
・Interview #267 sara (.es) :https://jazztokyo.org/interviews/interview-267-sara-es/
・今回のライヴ告知:https://jazztokyo.org/news/post-92836/
・『sara (.es) , Toshiji Mikawa, K2 (Kimihide Kusafuka), Wamei, Seiichi Yamamoto / Utsunomia MIX』
『サラ(ドットエス)、美川俊治、K2(草深公秀)、ワメイ、山本精一 / ウツノミア・ミックス』https://jazztokyo.org/reviews/cd-dvd-review/post-87736/
・『sara (.es) & tatsuya nakatani / CREATURE IN A FOREST』
『サラ(ドットエス)&ナカタニタツヤ / 森の創造物』:https://jazztokyo.org/reviews/cd-dvd-review/post-92324/
・上記以外にも神田綾子、ギャラリー・ノマル、sara (.es)など、本稿に関連する多数の記事あり。JazzTokyoのサイト内で検索して頂ければと思う。
・宇都宮泰氏の近況などはX(旧ツイッター)の投稿参照:https://twitter.com/utsunomiaa_com
<最後に>
今回、急な取材依頼に協力頂いたギャラリー・ノマルの各位に感謝したい。取材で得た知識の全てに触れることはできなかったが、本稿を書くうえで非常に参考になった。取材と公演を通して、このギャラリーの歴史に触れることができたのも嬉しかった。
一方、レビューについては、ライヴ会場にやってきたリスナーの1人として、率直に体験を語るという姿勢を心がけた。あまり予備知識なく会場に向かったので、いい意味での素人目線がキープできたかもしれない。
(掲載写真は手持ちのスマホを使用。演奏時にはシャッター音の出ないカメラアプリを使用し、そのために解像度が低くなってしまったことを書き添えます)