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Concerts/Live Shows~No. 201

#525 ラチャ・アヴァネシアン ヴァイオリン・リサイタル

2013年4月24日(水) トッパンホール
Reported by伏谷佳代(Kayo Fushiya)
Photos by林喜代種(Kiyotane Hayashi)

ラチャ・アヴァネシアン(Hrachya Avanesyan;ヴァイオリン)
リリー・マイスキー(Lily Maisky;ピアノ)

<プログラム>
ブラームス;ヴァイオリン・ソナタ第3番ニ短調op.108
ドビュッシー;ヴァイオリン・ソナタト短調
<休憩>
ファリャ/クライスラー編;歌劇『はかなき人生』より「スペイン舞曲」第1番
サン=サーンス;歌劇『サムソンとデリラ』より「カンタービレ」
チャイコフスキー/アウアー編;歌劇『エフゲニー・オネーギン』より「レンスキーのアリア」
R.シュトラウス/ミッシャ・マイスキー編;モルゲン
ワックスマン;カルメン幻想曲

*アンコール
久石譲/寺西千秋編;おくりびと~on record~
ブラームス/ヨアヒム編;ハンガリアン舞曲第1番
コミタス;アルメニア民謡

あたかも俳優のような総合パフォーマンス力

アヴァネシアンとマイスキー。27歳と26歳といううら若きふたりながら、ステージから発散する成熟した、匂いたつようなオーラは一体どうしたものだろう。例えば、リリー・マイスキーのお辞儀のしかたひとつとってみても、どこか劇中の女優のしぐさのような、できあがったエレガンスがある。この日のプログラムは、歌劇からの編曲もの、あるいはパッションをストレートにぶつけるのにうってつけの選曲がなされていたが、視覚的な要素もふくめ、あたかもステージを丸ごとストーリーとして飲み込んだような陶酔を覚える。端的にのべてしまえば、これこそが「雰囲気がある」ということであり、大陸の舞台芸術の歴史の厚みに他ならない。国際的に通用する演奏家はおおく輩出しても、まだまだ一部のファンを除いてはクラシック音楽が生活に根づいているとは言いがたいわが国にあって、聴衆が舞台芸術を育む歴史というものに思いを巡らさずにはおれない。

さて、演奏はどうであったか。ラチャの音色は太い。しかと空間を抑え込む吸着力。容易には途切れぬ高い集中力に裏打ちされた濃厚な歌ごころは、例えば重音のところでは音色が2分割されるのではなく、文字通り2倍の威力を発揮する。リリー・マイスキーのピアノは、開演後しばらくは音のフォーカスがいまいち絞りきらない印象を受けたものの、徐々に安定していった。冒頭のブラームスでは、テンションがミクロまで隙なく張り巡らされたラチャに比べ、少々優等 生的というか、情緒面で据わりが良すぎるような気がしたものの、つづくドビュッシーで解決をみた思い。ラチャと完全にイーヴンな立ち居地での、発止としたリズムの斬りこみ・細分化が素晴らしい。ふたりとも、リズムの止めのセンスなどに若者らしいアグレッシヴでスポーティなセンスを感じさせ、クラシック音楽 という枠組みを不問に付すような普遍的魅力を放つ瞬間が多々あった。第2楽章は、ラチャの指弾きや同音打弦など響きのコントロールの練達ぶりはもはやヴェテラン顔負けの域。さすがオーギュスタン・デュメイの薫陶を受けているだけはある。ひとつひとつのフレージングの息の長さと持久力も特筆ものだ。マイスキーのピアノは一見、音色のパレットに乏しく感じられるが、外向的なラチャの音色により一層のふくらみを持たせるベクトルを意識してのものだろう。第2部の小品群は、いかにも若いふたりの奏者のテンペラメントを浮き立たせる、少々できすぎた選曲のような気もしたが・・・。もともと派手なパフォーマンス力をもつアーティストなのだから、あえて渋好みの曲のほうがその真価が露わになったとおもう。そんななか、リリーの父であるミッシャが編曲したヨハン・シュトラウスの「モルゲン」は、ゆたかな叙情性のみがシンプルなメロディラインにのって躍り出る、凪のようなうつくしさであった。トリに奏された、ワックスマンの「カルメン」は、有名すぎるほどのテーマの部分より、その繋ぎであるところの外堀が充実している。鉄壁の構成力のなかで、縦横の糸がディメンション豊かにたわみつつ、細部が塗りこめられてゆく。いきなり核心を衝くのではなく、脇から粛々(しゅくしゅく)とムードを高めるリリー・マイス キーの室内楽ピアニストとしての充実ぶりに、やはり並々ならぬ家庭環境をその背後に垣間見る。偉大な親を持ってしまった2世音楽家のなかにあって、もっとも個性ゆたかで傑出した存在のひとりであろう。とにかく、スター性抜群のデュオであった(*文中敬称略。4月25日記。Kayo Fushiya)。

©Kiyotane Hayashi
©Kiyotane Hayashi
©Kiyotane Hayashi
©Kiyotane Hayashi

伏谷佳代

伏谷佳代 (Kayo Fushiya) 1975年仙台市出身。早稲田大学卒業。欧州に長期居住し(ポルトガル・ドイツ・イタリア)各地の音楽シーンに通暁。欧州ジャズとクラシックを中心にジャンルを超えて新譜・コンサート/ライヴ評(月刊誌/Web媒体)、演奏会プログラムやライナーノーツの執筆・翻訳など多数。

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